雨上がりの光

 


 

「時任、出かけるよ」

その日、バイトが休みだった久保ちゃんは、唐突にそう言って俺を連れ出した。

「どこ行くんだ?」

「ん〜着いてからのお楽しみってコトで」

季節はまだ梅雨入り前だったけど、その日は朝から雨が降っていたから、雨の日に久保ちゃんが自分から出かけたいなんて珍しいなって思いながら、連れて行かれるまま電車に乗った。

電車を乗り継いで、小一時間。降りた駅は小さな駅。

久保ちゃんは駅にある地図を見ながら、場所を確認しているようだった。

やっぱ久保ちゃんも初めての町らしい。

やがて日が暮れるころには小雨もあがって、むしむしとした湿気はあるものの、ぢょうどいい気温だった。

・・にしても一体どこにいくんだろ?

俺は内心わくわくしながら、周囲を見渡した。

そこは緑がいっぱいで、広い田んぼや山につづく川があって、なんつーか、のどかな町だった。

しばらく川沿いを歩くと、辺りはすっかり真っ暗になって、川の流れる音を聞きながら、二人で黙って手をつないで歩いた。

小さなあぜ道を歩いているせいか、車一台も通らない。

まるでこの世に二人だけしかいないような錯覚を覚えるほど、都会の日常にはない時間だと思った。

 「時任、着いたよ」

「・・・?」

 久保ちゃんがぎゅっと握る手に力を込めて、俺は顔を上げた。どうやら目的地に着いたらしい。

 「・・あっ!?」

 突然目の前に現れた、ほのかな光に俺は目を丸くした。

川の方から目の前を横切るようにその光はたどたどしく移動し、俺は川の方に気づいて、目を凝らす。

 「な、んだあれ!光ってるっ!!」

 真っ暗な川をよく見ると、小さな光がそこらじゅうに広がり、それは星空のように光り輝いていた。

そして光ったと思えば一斉に消え、そしてまた大きく光る、ゆるやかな点滅のように、小さな星達が真っ暗な川を覆い尽くしていた。

 「蛍だよ」

久保ちゃんがそう教えてくれた。

「蛍・・、あれが虫なのか?」

「そう、ここらじゃだいたい”源氏蛍”って言って、この時期に交尾する相手を見つけるために光るらしい。ほらあの2匹」

 久保ちゃんがそういって見上げた先に、2つの光があった。

 「ああやってお互い光って、パートナーを見つけるんだよ。よく動いてるのがオスで、待ってるように見えるのがメスかな?」

 なるほど、よく動いてる方はメスの周りををちょろちょろ回ってる。ああやって相手を探すのか。

川の暗闇もよく見れば田んぼの方にまで、数え切れないほどの光がシンクロして光ってた。

 「すげぇな、久保ちゃん、よくこんなの知ってたな」

「うん、葛西さんが、たまには子供らしいデートをしろって。穴場を教えてくれたのよ」

 なるほど。

葛西のおっちゃんがそんな柄じゃないこと考えると、多分署内の婦警さんにでも聞いたんだろうと久保ちゃんは笑ってた。

 「・・デートじゃねぇけど、おもしろいな」

「それはよかった」

 俺も笑ってそう言うと、久保ちゃんは嬉しそうな顔をする。

あ、俺の好きな顔だ、とドキリとしたけど、幸い真っ暗だったから、顔の色までは見られずに済んだようだった。

 「すげぇ綺麗だし。一匹くらい持って帰りてぇな」

 すぐ傍に飛んできた光を、傷つけないように優しく手に取ってみると、それは掌の中でも一生懸命光った。

 「うーん、でも蛍は寿命短いからなぁ」

「そうなのか?どんくらい?」

「多分一週間。つれて帰っちゃうと、交尾もできずすぐに死んじゃうからね」

 そんなに短い命なのか、お前。なんて蛍を見つめながら、早々と放してやる。

 「じゃあやめとく。可哀想だ」

「うん」

 俺の言葉に久保ちゃんは微笑んだ。

そして会話は途切れて、俺達は二人で手をつないだまま、生きている星達をずっと見つめていた。

俺たちのような鑑賞客が、ちらほらいるようだったけど、俺は周りが暗いこともあってか、久保ちゃんの手をはずす気にはなれなかった。

蛍の光が儚すぎて、珍しく素直な気持ちになったからかもしれない。

だからかな。

 「また来年、来ような」

 って口をついて出てたのも、それを聞いた久保ちゃんのキスを受け入れたのも。

まぁ、今日はデートらしいからな。

雨上がりの湿気たっぷりな日の方がたくさん蛍を見れるから、今日にしたんだ、と久保ちゃんが言った。

雨上がりにこそよく見れるなんてさ、それじゃあ雨の日も悪くねぇな。

何にせよ、久保ちゃんの嫌いな雨の日に、久保ちゃんが外に出ようとしたってことが、俺もなんだか嬉しくて。

綺麗な蛍に感謝だなって思った。



 

(おまけ)

「時任、やっぱ持って帰らなくてよかったかもね。蛍って、昼間見るとさ・・」

「?」

「ゴキブリみたいだよ?」

「げ・・」

 

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