8月24日(後編)
風呂上がりの久保ちゃんが濡れた髪を乾かしながら戻ってきたころ、タイムリミットまであと数分といったところだった。
俺はちょっと迷ったけど、もう考えてるヒマなんてない。
「久保ちゃん」
「んー?」
眼鏡をはずしていた久保ちゃんは、俺が見えないのか、振り返って目を細める。
「俺、・・・俺は俺だし、何もない俺だけどさ・・・、」
「・・・?」
「俺も葛西のおっちゃんみたく、久保ちゃんに”誕生日のお祝い”してやりてぇんだ」
「・・・うん」
「遅くなっちまったけど、――誕生日おめでとう。久保ちゃん」
多分あんまり俺の顔が見えていない久保ちゃんのために、俺は近寄って、その細い目をのぞき込むように笑顔を向ける。
すると久保ちゃんは目尻を下げて嬉しそうに笑った。
「うん。ありがとう」
「・・へへ。久保ちゃんそれでさ、プレゼントなんだけど・・」
「うん?」
「―――俺でいいか?」
「・・・・・・・」
そのとたん、見てわかるほど久保ちゃんが固まった。
あれ?やっぱ俺なんかおかしなこといったのか?
自分でもよく分からず口にしたけど、ずっと久保ちゃんといたいと思ってたから、自然と言葉にできたんだけど・・。
「久保ちゃん?」
「・・あの、誰に、入れ知恵されたのかな?」
う・・・!なんで分かんだ!?
「え・・と、・・滝さん」
「やっぱり・・。それで、時任をあげればいいって?」
「・・久保ちゃん、喜ぶって」
そう答えながら、久保ちゃんがそんなに喜んでないことに気づく。やっぱ失敗だったか・・・。
ちょっとしゅんとなった俺の頭に久保ちゃんは手を伸ばして優しく撫でながら小さく息をはいた。
「そうねぇ。それはかなり嬉しいけど・・」
「ほんとかっ?」
「うん。・・だけど時任。ほんとにイミわかってる?」
「え?イミって、なんの?」
「・・・・・(ふぅ)」
「あ、久保ちゃん今ため息ついたな!なんだよっ」
「ぬか喜びだって思っただけ。・・でもまぁ、せっかく時任がくれたんだし、少しはもらっちゃってもいいかな?」
「あ?だからやるって言って・・」
俺の言葉はそこで遮られた。
久保ちゃんの髪から落ちた滴が、俺の肩を伝う。
ふんわりとせっけんの香りがして、触れた久保ちゃんの腕はいつもよりも少しだけ体温が高かった。
引き寄せられた体が一気に熱を持ったように、かーっとなって。久保ちゃんに口をふさがれたまま、俺の頭は真っ白になった。
―――キス、されてる・・・?
ようやくその事実に気づいたとき、触れていた唇から温かなものがぬるりと現れ、俺の口を割った。
「んっ・・・!」
驚きの声も言葉にならず、歯の裏や口腔内をゆっくりと舌先でなぞられ、なぜかぞくりと身体が震えた。そして俺の舌を捕らえたそれは何度も何度もそれを絡める。
な・・んだ、コレ。キモチイイ―――・・。
「ふっ・・・んん・・はっ・・ぁっ・・」
俺は息をするのも忘れたように、浅く呼吸を繰り返しながら、その舌に翻弄された。
どのくらい経ったのか。ようやく離れていく唇が、赤く濡れていることを視界にとらえて、俺の顔はさらに熱くなった。
酸欠のせいか、目に涙が浮かんで息も荒い。
足ががくがくと震え立ってられないことに気づいた久保ちゃんが、俺の身体を支えたまま一緒にソファに座らせる。
時計はすでに0時を回っていた。
少なくとも5分はあの状態だったということだ。
・・・あれって、・・き、キス、、だよな?
ようやく回り始めた頭で考えながら、手が自然と痺れた唇をなぞる。
「く、久保ちゃ・・」
困惑しながら、目の前の久保ちゃんを見上げると、思ったよりも至近距離にその端正な顔立ちがあって息をのんだ。
しかも見とれるほどキレイな笑顔で・・・。
「ありがとうね、時任。祝ってくれて」
「え?う、・・うん。」
何を言っていいのか分からないまま、久保ちゃんの”ありがとう”に頷く俺。
だーっ!違うだろ!今のは何だったのか聞かねーとっっ!
だけど・・、久保ちゃんの”ありがとう”と言った顔が、すごく嬉しそうで・・・、優しくて。そんな表情を間近に見た俺の胸がドキドキと高鳴って・・。
顔を熱くするのは、多分、恥ずかしさ。・・少なくともイヤだからじゃ、ない。
俺はどうしちまったんだろう。
久保ちゃんの嬉しそうな顔見てると、俺もなんだかすごく嬉しくなってくる。
久保ちゃんがすごく穏やかにほほえむから、俺はそれ以上何もいえなくて、ただ、そっと腕を回してくる久保ちゃんに黙って身体を預けていた。
―――その夜、”俺をあげる”というイミを身を持って知ることになった俺は、翌日、絶対にタキさんに文句の電話をかけようと心に決めた。
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翌日、いつまでもベッドを抜けられない俺につきあって、久保ちゃんと二人昼過ぎまでごろごろしていると唐突に久保ちゃんが口を開いた。
「ね、俺も時任の誕生日祝いたいんだけど。いいかな?」
「え?」
そんなこといわれても、久保ちゃんも知ってる通り俺は自分の誕生日なんて知らない。
そう伝えると、久保ちゃんはいたずらっぽく笑った。
「うん。だからさ、決めちゃおうよ。時任のタンジョービ」
「へ?」
「来週、いや、再来週にしよっか。うーん、そうなると・・・、ちょうど休みだし・・・、うん。9月8日に決定」
「なんだよそれ。勝手にきめんなよ。だいたいなんで俺様の方が久保ちゃんより後なんだ?」
「そりゃもう俺の誕生日はすぎちゃったわけだし。しょうがないでしょ」
「じゃあせめて同じ月にしろよ。明日でいいよ」
「それじゃあ間に合わないよ」
「なにが?」
「旅行の予約。せっかくだから二人でゆっくりしようよ?」
「りょ、こう?って、どっか泊まんのか?」
「そ。見たことない景色見たり、おいしいご飯食べたり」
「・・・俺、カニ食いたい」
「それはちょっと遠いかも・・」
「んじゃなんでもいいや!9月8日・・旅行なっ!絶対だぞ、久保ちゃん」
「うん」
こうして俺の誕生日は9月8日に決まった。
俺は自分の名前だけでなく、誕生日も久保ちゃんに名付けてもらったというわけだ。
「時任、毎年俺に祝わせてよ。お前の存在を”ありがとう”って言いたいからさ」
ごろりと俺に覆い被さって見下ろす久保ちゃんの目が、意外なほど真剣で、その目に吸い込まれそうになる。
「・・おう。そりゃ・・、お互いさまだな」
俺はまだまだ慣れない気恥ずかしさをガマンして、久保ちゃんの頬を両手で包むと、
―――ぐっと引き寄せた。
完結です♪初めての久保誕生モノでした^^久保ちゃんおめでとう☆☆☆
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