「あぁあ!!」
放課後の一室に、可憐な乙女の絶叫が響く。
「どうしたの桂木ちゃん?」
何事かと窓際で読書にふけっていた久保田が顔をあげると、桂木は手にしていた帳簿を翳してさらに奇声をあげた。
「どうもこうもないわよ!!今期まだ始まったばかりだっていうのにっ、昨日の時点で部費の予算が既に赤字なのよ!!」
「あら―」
「あ―あ」
久保田と時任が帳簿をのぞき込むとそこには見事に赤い文字がびっしり。
「あ―あじゃないわよ時任!!一昨日アンタが壊したロッカ―の損害が思いの外大きかったんだから!!」
「しょうが―ねぇだろ!公務なんだから」
「あぁもう、赤字だらけなんて不吉だわ!不吉よ!!」
おいおいと嘆く桂木に時任が眉を寄せていると、バタバタと部室へ飛び込んできた人物が今度はなにやら泣き声をあげた。
「最悪だぁ!!見てくれよ、これ!俺の愛用PC!壊れちまったのか、電源つかないんだよ!」
相浦である。
話を聞けば、通学中に人とぶつかって落としてしまい、その衝撃で破損してしまったらしい。
中には個人的なものから、執行部での業務に関するものまであったらしく、嘆いていた桂木も驚きの声をあげていた。
「ちょっと!どうするのよ!」
「バックアップもとってないしなぁ、どうしよ」
「ああっ、やっぱり不吉だわっ!!」
おいおいと鳴き声のハ―モニ―を奏でる二人に、久保田と時任が呆れ顔で見遣るなか。
はたまた今度は、部屋の隅で手合わせをしていた松原と室田が「わあ!」と声をあげた。
「なになに、今度はどうしたの?」
久保田が尋ねると、振り返った松原が持っていた竹刀が。
「・・わぁ、パックリ」
「折れちゃったんデス!!」
「俺のも、割れた・・・」
「わぁ、大丈夫デスか!?室田」
折れていたのは松原の竹刀。そして、室田の顔に張り付いている黒いグラサンが、なんと眉間から半分に割れていた。
しかも割れているのになお顔に張り付いている。
どうやら二人手合わせをしているときに、白刃取りに失敗したのか、思い切り室田を叩いてしまったらしい。
竹刀が折れてしまうとはどんだけ強く叩いたのか。とにかく結果としてお互い大事なものを壊してしまったというわけだ。
「ふ、不吉だわ・・、ここまで不幸が続くなんて、もしかして執行部、呪われてるんじゃないの・・・」
不安げな桂木の声に、シンとする一同。
そしてこの中でまだ何も起こっていない人物にその目は向けられる。
「久保田君!今日何か不吉なことはなかった!?」
「不吉?」
「夜中の4時44分に目が覚めたとか」
「下駄の鼻緒が切れたとかデスね!」
「黒猫に横切られたとかか?」
そして久保田の答えは。
「・・・う―ん、夜中には起きなかったし、下駄も履かないからなぁ。・・・ああでも黒猫なら横切るというかいつも隣にいるけど・・」
という全く話題とは関係のないハナシ。
(((・・・・)))
一斉にみんなの視線を受けていた約1名が「ん、なんだ?」と首を傾げているが、誰もそれ以上はつっこみたくはなかった。
「もういいわ、じゃあ時任は?何かなかったの?」
「なんもねぇよ。今日は別に」
矛先を時任に変えた途端、再び騒がしい足音が執行部を襲撃した。
「くぅぼぉた先輩ぁぁい!!今日お暇ならぁ、よかったら僕とでぇぇとしませんかぁあ!?僕ぅ、先輩と観に行きたい映画があるんですぅぅ!!」
まさにこの男。
時任にとって、間違いなく。
「出たな!この不吉野郎!!」
である。
「な、なんですか失礼ですね!僕のどこが不吉なんです!?」
「全部だよ!一人でホラ―映画でも観てろ!!」
「残念でしたぁ!僕の観たいのは甘々のラブスト―リ―ですぅぅ!」
「きっしょくわりぃんだよ!」
といつもの不毛な言い合いに発展したところ、面々はふむふむと納得していた。
「なるほど、時任の不吉は藤原というわけか」
「でもそれじゃあ、いつものことじゃない」
「まぁそうだな」
「じゃあ藤原の不吉は?」
「藤原は補欠だから関係ないでしょ」
という一刀両断。そして。
「あれ、じゃあ久保田君は?」
という問いには
「俺?いやだから強いて言えば黒猫かな。ああでも、俺にとっては幸運の象徴だけどね」
というまた無限ル―プに陥りそうなこの回答。
いやだからそんなこと聞いてないから。
そんなこんなで慌ただしく時間が過ぎていく。
気づけば時任は相浦とゲ―ムに没頭し、室田と松原はガムテ―プで補強したそれぞれのアイテムで手合いを開始。
桂木は、赤い数字から早々に現実逃避し、藤原はここぞとばかりに久保田の周りをちょこまか。
すっかりいつも通りの光景である。
「あ、PC電源入った!」
「お、よかったじゃん」
「ラッキ―♪」
「この帳簿も全部黒色にならないかしら」
「あ、桂木ちゃん。ここ数字一桁間違ってる」
「え!?ああっ!本当だわ!」
「お、なんだみんなツイてきてるじゃんか」
「じゃあ俺も」
「・・・なんだよ久保ちゃん」
「俺の前を横切っちゃだめなんだって。だから今日は時任俺の半歩後ろを歩いてね」
「なんだよそれ?」
「後ろにいてくれたら横切られなくてすむでしょ」
「意味わかんね―し、なんで俺が後ろ歩かなきゃなんねぇんだよ」
「夫の後ろを歩く。まるで大和撫子だな」
「ohまさに古き良き時代の女性デス!」
「だからなんで女なんだって!」
「女じゃなくて黒猫だって」
いやそれも違うから。
「そうですよぉ、時任先輩は久保田先輩の半歩と言わず100歩くらい後ろを歩いてればいいんですよ!」
「ぬぁんだとこの補欠!お前は久保ちゃんの1万歩後ろ歩いてろ!」
「イヤですよ!僕は久保田先輩の隣がいいんです!時任先輩なんて100万歩・・」
以下エンドレス。
やはりいつも通りの賑やかなご一行。
元々お祭り騒ぎの面々には吉凶なんて関係ないのです。
「さて、帰るか」
「同感」
「あれ?何の話してたっけ?」
「さぁ?時任が俺の愛猫ってこと?」
――いや、だから違うから。