はじまりの合図【番外編おまけ】―――相浦君の入部―――

 



俺の名前は相浦正一、趣味はゲーム、得意分野はPCいじり。だからといって根暗なわけでもオタクというわけでもなく。高校に入ったからには可愛い彼女でも欲しいなぁと誰もが持っているだろう願望に夢を膨らませている、至って普通の高校一年生だ。

 

そんな俺が生徒会執行部の一員にと指名された時には、マジで?何で俺が!?と驚いた。
何せ執行部員の選定は、生徒だけでなく教師すら一目置いている生徒会会長と副会長、この二人によるものだからだ。

自由な校風故変わり者の多いこの荒磯高校の中で、俺はどちらかといえば地味な方で、群を抜いて目立つ生徒会のコンビとは真逆の位置にあると言ってもいい。
全く接点のない俺が、一体何をどう選定されてしまったのか・・・いくら考えても分からない。けれどこの奇跡の指名は、俺にとって願ってもないチャンスだということは確かだった。
七不思議ばりに色々と噂される”生徒会の特権”。授業免除や一部の試験免除。その上間違いなく内申書にも絶大な威力を発揮するとなれば、俺じゃなくともやる気になるだろう。
なによりも俺にとって一番魅力的なのは、何かと機密事項を握っているという本部と関わることができれば・・、上手くすれば今度こそ学校のメインコンピューターをハッキングできるかもしれないということだった。

実のところ俺は何度か密かに学校のメインコンピューターにアクセスしようと潜り込んだことがある。まぁ、ハッキングっていってもそんな大げさなものじゃないんだけど。
ゲーム好きが高じてというべきか、難攻不落な壁があるとどうしても登りたいと思うのがゲーマーというもので、あくまでその課程を楽しんでいるだけ。
だいたいそれ以外に俺には何のメリットもないしな。テスト問題を手に入れて不良に高値で売る、なんてそんな悪さができるタイプでもないし、第一俺は小心者 だ。内申書に響くような真似はしたくない。だから潜り込んだ足跡は毎回綺麗に消してるし、そのあたりには余念がないのだ。

 にしても荒磯のセキュリティは本当に凄いんだ。たかが学校と侮ること無かれ、パスワードの解読はこれまで潜り込んだどのタイプよりも複雑で難しく、一度も成功したことはなかった。
俺なりに色々勉強して挑戦してきたけれど、暗号解読の壁はかなり高いものだった。
そしてクリア出来ないゲームにそろそろ諦めかけていたそんな頃、降って沸いてきた今回の執行部の辞令。これこそ神のお導きというやつだろう。
生徒会の一員に身をおけば、何かヒントにありつけるかもしれない。

〜〜というわけで、俺はそんな都合のいい期待をしながら有り難く辞令を頂戴したのである。

 

 

 

放課後、俺は早速執行部へと向かった。
やはり何事も初日というのは緊張するもんだな、と部室の扉を開ける前に軽く深呼吸してみる。
どうやら執行部メンバーはまだ二名しかいないらしい。先月始動したばかりなのに、ここ最近校内での治安がかなり良くなっているというから、二人ともやり手なのだろう。
俺は体力もないし武道ができるわけでもないから事務要員だろうけど、それでもこれから仲間になるわけだから、どんな奴らであれうまくやっていかなきゃだ。

そうだ、まずは初めが肝心。
せめてナメられないようにと、俺は気を引き締めて扉を開いた。

 

のだが―――。

 

「ちわー、今日からお世話になります、相浦で・・す・・」

 そこで俺は思いもよらないものを目にしてしまった。

 いたって普通の部室内。その窓際の一角。こちらに背を向けていた長身の男が振り返って、「・・あ」と、ぼんやり声をあげた。

 この男は知っている。同じ一年の久保田誠人だ。俺じゃなくてもたぶん誰でも知っているはずだ。一年ながら学校イチのモテ男と呼び名も高く、女教師からも狙われているのだとか。
未成年じゃとても近寄れないような場所で夜な夜なヤバいことをやっているだとか、バックにすごい組織がついているとかないとか・・。とにかく何かと噂の絶えない男だ。
まぁ確かにどう見ても自分と同い年には見えない。整った顔立ちの割にやけに落ち着いているし、噂通りだとしても納得できる雰囲気を持っている。

・・・いや、今はそんなことはどうでもいい。
俺は最悪のタイミングで邪魔してしまったらしいと気づいた。
久保田の向こう側には誰かがいて、限りなく二人は寄り添っていた。どうやら密会現場に遭遇してしまったようだ。っていうかこんなとこでイチャついてんなよという文句よりも、至って健全な男子高校生である俺にとっては人のラブシーンを見てしまったという衝撃は大きい。

 「あっ、し、し、失礼しましたっ・・、」

 慌てて回れ右をしようとして脚をもたつかせていると、久保田の後ろからひょっこり顔を出しきた”男”とばっちり目が合って・・・

 ――――――って、・・・”男”?

 

「え、ええっ!?」

 
驚きのあまり二度見して凝視してしまうが、そいつはどこからどう見ても男。
いやいや!でもさっき二人は、キスでもしようというような距離で見つめ合っていたような・・え、ええ?・・・・俺の見間違いか?

 「あ?なんだお前」

食い入るように見る俺を怪訝な顔で睨み返してくるのはよく見れば知った顔で。これもまた荒磯では有名な人物だった。
時任稔。どちらかというと小柄な部類にはいるが喧嘩は滅法強い。強気な目が印象的で決して地味な容姿ではなく、どことなく目を引くタイプだ。
何事にもストレートだけど嫌味のない性格で誰からも好かれる奴だと思う。
そういえば、全く別タイプのこの二人が最近よくつるんでいると風の噂で聞いたが、まさか執行部員だったとは。

 「ホラ。言ったっしょ。今日からメンバー増えるって」

 呆然として言葉の出てこない俺の代わりに、久保田がそう言って窓に寄りかかり煙草に火をつけている。
って、おいおい。生徒会の部室で堂々と喫煙ってどういうことだよ!?
・・突っ込む勇気なんて俺にはないけれど。

「あっ、そうか!お前名前は?」
「あ、相浦・・」

弾んだ声にようやく我に返って名乗ると、ぱっと時任が目の前に飛び出してきた。いきなりの至近距離にドキリとする俺に、時任は満面の笑みで勢いよく右手を差し出してくる。

「相浦か。俺時任、よろしくなっ」
「あ、ああ」

 さっきまで仏頂面かと思えばこの無邪気な笑顔。ころころと表情のよく変わる奴だ。時任は何を考えているか分かりやすいな。初対面でもそう思うからきっとそうなのだろう。
対して久保田は「よろしくー」とぼんやりと呟いて軽く手を挙げただけ。・・うん。こっちは分かりづらそうだ。

「うー、やっぱごろごろする」

時任は握手をした手をぶんぶんと振っていたかと思うと、突然眉を寄せて唸った。

「あー・・まだ取れない?ほら、目こすんないの、もっかい見せてみ?」
「ん」

時任の顔をのぞき込む久保田を見て、ああ、そっかと肩から力が抜けた。
どうやら時任は目にゴミが入ったらしく、それを久保田が見てやっていたのだ。俺は偶然その現場を見かけて男同士のラブシーンだと勘違いしたらしい。
そっかそっか。謎が解けて心底ほっとした。

「んー、ほこりかなぁ、・・痛い?」
「痛い・・、なんとかして、久保ちゃん」

 ・・・うん?

そ、それにしてもなんかちょっと二人の距離が近すぎないか・・?
時任がぎゅっと久保田の制服の裾を握りしめて、久保田の手が時任の肩を抱く。
・・いや、だから近すぎだって。男同士の距離じゃないって。
目が痛いのかうるうると瞳を潤ませた時任が何かをねだるように久保田を見上げて、久保田もまた時任の細い顎を掴み、二人の唇が徐々に近づ・・・・・。

わ―――っ、やめろぉぉぉっ!!

 

怪しい雰囲気に思わず叫び出しそうになっている俺の目の前で、久保田がふっと時任の目に息を吹きかけた。
びくりと肩を震わせた時任はポロポロと涙を零す。
・・・なんか絵になる。ぼんやりそんなことを思っていると時任は数度瞬いてから、ぱっと笑顔を見せた。

「あ、取れた!」
「そ、よかったね」
「ん!ありがとな、久保ちゃん」

先ほどまでの怪しい空気から一転、太陽のように明るい笑顔の時任になぜかドキリとしつつ、俺はほーっと安堵の息を吐いた。どうやらまた早とちりしてしまったらしい。
・・なんだか心臓に悪い二人だ。

「おおっ、相浦パソコン持参なのか、すげーな!」
「え?ああ、俺は事務とか会計係って聞いてるから。あ、この席使っていいか?」
「いーんでない。俺ら席とか使ってないしねえ?」
「おう、俺らは見回り専門だからな」
「じゃあ、失礼して・・」

いそいそとパソコンの接続をはじめながら、俺はまだ収まらない動悸を持て余しつつ、ちらちらと目の前の二人を気にかける。
どうやら久保田の喫煙は普通のことらしく、灰皿も用意してあった。時任はその隣で物珍しそうに俺のパソコンをのぞき込みながら、笑顔で久保田と会話をしている。

「やっぱ人数多いといいよな、まだ増えるんだろ?」
「うん、松本があと二人来るみたいなこと言ってたっけね」
「へぇ、そっか。じゃあさ、そいつら来たら歓迎会しようぜっ、レクレーションとかしてさ」

わくわくとそんな提案をする時任は本当に楽しそうだ。まるで小学生みたいだなと微笑ましく思いながら見ていると時任が俺をのぞき込んできた。

「バスケやろうぜ!相浦、お前得意?」
「え、いや俺運動はあんま・・」
「やろうぜ、俺体なまってるしさっ、な?」
「・・まあ、別にいいけど」

なんていうか、ガキ大将みたいなやつだ。でも楽しそうに誘われると無碍には断れない。
シュートの練習をするみたいに室内で飛んだり跳ねたりする時任を見ていると、仲良くなるために苦手なスポーツで汗を流すのもいいかなとそんな風に思えた。
けれど。

「あいたっ・・!」

大きく跳ねた時任が突然座り込み、驚いた俺よりも早く久保田がその背を支える。

「あーあ、大丈夫?まだ運動は控えた方がいいんじゃないの」
「う、うるせーよっ」

勢いよくそう応えた時任を見れば大丈夫そうだけれど、・・・なんで顔が真っ赤なんだろう。

「昨日の今日だし、もう少し大人しくしときなって」
「それはお前がっ・・」
「ん?俺が、なに?」
「っ・・」

――――!?

もわっと唐突に漂ってきた空気はピンク色。―――ああ、ピンク色だ。
恥ずかしそうに頬を染めて久保田を睨みあげる時任と、細目の目尻をこれでもかというくらい下げて微笑む久保田。

「・・久保ちゃんのせーだ」
「うん。―――ごめんね?」

・・・・久保田のせいって、なにがだっ?!
っていうかなんでこんなピンク色なんだっっ。

「今日はゆっくりしてな。ほら、痛いとこ揉んだげるから」

宥めるように優しい声で久保田が時任を椅子に座らせる。口を尖らせていた時任だが、おとなしくそれに従って机にうつ伏せになった。

「・・ん、腰だるい」
「はいはい、・・・ここ?」
「あ、・・ンっ」

ブ―――ッ、と牛乳でも飲んでいたら噴出していたことだろう。
代わりに唾を気管にいれたらしく俺は盛大にせき込んだ。ゲホゲホむせて涙目になりながら、鼻血を押さえるように鼻をぎゅむと摘む。
・・ああよかった。血は出ていない。

――――って、いやいやそうじゃなくて!
ちょっと待てちょっと待ってくれっ。
い、今すっごく悩ましげな声が聞こえたぞ。
鼻を押さえたまま完璧固まる俺をよそに、二人は完璧にピンク色の世界にいる。

・・・や、やっぱりこいつら、マジでデ、デ、デキて・・

「やっ、久保ちゃんっ、へ、へんなもみ方すんな・・っ」
「そ?・・ほら、ここキモチいいでしょ?」
「んん・・っ、そ、こじゃな・・っ」
「・・・もっと下かな?」

もっ、もうやめてくれ―――っっ!!

その直後、たらり、と鼻血を垂らした俺に時任が驚きの悲鳴をあげ、久保田に「あらら」と痛ましげな顔をされ、俺は早くも執行部に入部したことを後悔することになるのだった。

そんなこんなで二人とは衝撃的な初対面だったんだけれど、こんなピンク色は狙っているわけでもなんでもなく日常的なことなのだということを、この後嫌というほど知ることになる。
それからまもなく入部した室田と松原、それから桂木という女帝を得て、このメンバーとは深く長い付き合いになるのだが・・・、それはもう少し先の話。

そして。

下心を持って入部した俺が問題児達にあてられて四苦八苦している頃。
同じ校内の主要部では俺の知ることのない会話が交わされていたのである。

 

「橘、相浦という生徒を執行部に入れたらしいな。例の生徒だろう?学校のメインに不正アクセスしようとした」
「ええ、足跡はきっちり消したようですが、復元すればすぐに分かりましたよ」
「おそらくゲーム感覚だろうが、放っておいてよかったのか?・・まぁ、お前の作ったものが破られるはずもないだろうが」
「ええ、彼では無理でしょうね。しかし監視するには手元におくのが一番でしょう?・・それに、あの二人のお目付役にはうってつけの人物のようですし」
「ふ、まぁそうだな」

 
俺の魂胆などすっかり見破られていた挙げ句、それを逆手に利用されていたことに気づくのも、もう少し先のことだった。


 

 




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