始まりのkiss
今日、久保ちゃんにキスされた。しかも学校の帰り道で。
キスって言っても頬に軽く触れただけなんだけど・・
初めて触れた久保ちゃんの唇は思いのほか温かくて、そのぬくもりで自分の体が冷えていたことに気づいた。
そして同時に、触れた右頬を手で押さえると、なんだか体中がカーッと温かくなって、・・・熱くなって・・・。右頬だけじゃなく、左頬も、耳も、だんだん火照っていって・・・
俺はそのまま、久保ちゃんを置いて、わけも分からないまま走りだしていた。
そして気がつくと、やみくもに走っていたのか、知らない風景に見たことのない公園。
一瞬帰り道が分からなくて、やべっと思ったけどすぐに帰る気にもなれなくて、夕方だったせいか子供の姿もないその公園に足を踏み入れた。俺は何をするでもなくベンチに腰を掛ける。日が落ちる前とはいえ冬の気温にさらされ冷えたベンチの冷たさに身震いをした。
それでも未だ引かない熱く火照った頬に、冷たい空気が少し心地よくも感じていた。
―――俺、なんでこんなにドキドキしてんだ?
落ち着いて座っているとそんな疑問が押し寄せる。
そもそも、なんで走って逃げてきたんだろう。数分前の訳のわからない自分の行動に怒りすら覚える。
たかが、キスじゃねーか。しかもほっぺに。
そりゃ初めてだったけど、相手は女でもなく、、あの久保ちゃんだ。
相方だし、ましてや男だし、俺が気にする必要も、ドキドキする必要も全くねぇじゃねーかっ。
っつーか、なんでキスされたんだっけ?
そんな自問自答しながら、久保ちゃんとのやりとりを思い出していた。
『ねぇ時任、キスしたことある?』
そうだ、事はそんな久保ちゃんの一言から始まったんだ。
「はぁ?何言ってんだ?久保ちゃん」
らしくもない質問、唐突な久保ちゃんの質問に、何か変なモンでも食ったのかと本気で今日の昼食の内容を考え始めるほどだった。
「・・キスって、あのキス、だよな?」
「そう」
質問はなにやら色っぽいものらしいのに、久保ちゃんはまるでいつもの夕飯の希望を聞くかのように、のほほんと聞いてくる。そのギャップにも少なからず戸惑っていた。
俺らは一緒に住んでて、かれこれ2年は家でも学校でも常に一緒だった。けれどそーゆう女の話とか、恐らく普通の男友達同士ならあるだろう(?)色っぽい話なんて本当にしたことなかったんだ。
そして俺の中で出た答えは至極、妥当だったと思う。
「そんなことできる女、こんなに年中久保ちゃんと一緒にいるのに、できるわけねぇだろ?まぁ、俺様とキスしたいっつー女は山ほどいるだろーけどなっ」
いつもと違う久保ちゃんに少し不思議に思いながらも、いつもの調子でそう答えた。
「・・ふーん、オンナ、ねぇ?」
「・・?なんだよ?」
メガネが反射しているせいか、表情は見えないながらも、久保ちゃんの腑に落ちないといったような相槌に、俺はさらに顔をしかめることになった。
「キスっつったろ?だったら女以外ありえねーじゃんかっ。俺はホモじゃね〜し」
本当に今日の久保ちゃんはわけがわからない。けれど問題はその後だった。
「女は良くて男がダメなら・・じゃあ、オレは?」
――――・・・は?
俺は質問の意味がさらに分からなかった。しかめていた顔を緩め、ただ目を丸くして、多分まぬけ面をしていたと思う。
一体何を言ってんだと、右側にいる久保ちゃんを振り返るとそれより一瞬早く、久保ちゃんの右手が俺の右腕を引っ張った。
「わっ・・」
あまりに素早いことで足がもつれそうになった俺の腰に久保ちゃんの左手が添えられ、なんとか転びそうになるのを支えらる。そして、今までないほど密着することになって・・、そして、、俺の頬に久保ちゃんの唇が・・・触れた。
限りなく口に近い頬に感じた久保ちゃんのぬくもり―。
「!」
触れた唇は一瞬で、すぐ離れていったけど、握られた手、腰にまわされた手はそのままに、今度は久保ちゃんの唇が耳元に寄せられた。
「オレとのキスは、カウントされないってコト?」
そう囁くように言われ、なぜか俺の体がドクンと大きく鼓動を打った。そして急速に早まっていく鼓動と、締め付ける胸の苦しさに耐えきれず、頭が真っ白になっていた。
「やめろっ」
思わず口をついて出た言葉に自分で驚きながらも、久保ちゃんの腕をふりほどき、俺は一目散にその場を逃げ出した。
公園の冷たいベンチに自分のぬくもりで慣れてきたころ、久保ちゃんのぬくもりと言葉を思い出した俺は、またドキドキと鼓動が速くなっていくのを感じる。
「何、やってんだ俺・・」
ぽつりとこぼれた独り言は、自分の中の変化を理解できず、一向に落ち着かない自分を情けなくも困惑させるだけだった。
――久保ちゃんは大事だ。
たぶん、一番大事な人。相方で、いつも一緒にいる親友で・・・。久保ちゃんの横は、俺が一番、俺らしくいられる場所だと思う。
だけど、さっきの久保ちゃんの手も、声も、唇も、何もかも・・、逃げたくなるほど恥ずかしくて、くすぐったくて・・。照れくさくて、胸がドキドキして、まるで、まるで・・、よく言う恋するオンナみた・・、
そこまで考えを巡らせて出た結果に、思わず発狂しそうになりながら、それを振り払うかのようにブンブンと首を大きく振る。
「そそそ、そんなワケあるかよっ」
そんなわけ、ない―。
一体俺はどうなっちまったんだろ・・。
たかが、ホッペのキスに何をこんなに悩むことがあるんだろうか。
あたりが徐々に暗闇に包まれ始めると、公園の灯りがパチリパチリと次々に点きだした。すっかり冷えてきた身体をブルルと震わせていると、突然、ベンチ前の茂みがガサガサと音をたてた。
「?!」
突然の物音に思わず身構えるが、聞こえてきたのは女の子の高い声だった。
「ニャーコ!待って!!」
「わっ!」
突然何かが茂みから自分めがけて飛び出してくるのが見える。咄嗟にその飛んできたフサフサの物をシッカリと捕らえると、ようやくその正体を理解し目を丸くした。
ベンチに腰かけたまま膝に飛び乗ってきたのは思いのほか温かくて、小さなふわふわしたものだった。
「・・ネコ、か」
身構えていた小さな緊張感もほどけると、猫の後を追ってきたらしい少女が慌てて自分に駆け寄ってきた。よほど必死に追ってきたのだろう。ベンチまで走りよるとハァハァと息を整えている。
「ニャーコ、よかったぁ!」
少女は嬉しそうに涙を浮かべて笑った。
「このネコ、お前の?」
頷く少女の腕に、落とさないようにそっと猫を返してやると少女は嬉しそうに猫に頬ずりをした。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
少女は礼を言うと、今日初めて子猫を散歩に連れ出したこと、車の音に驚いた猫が急に逃げ出して必死にそのあとを追ってきたということを俺に話した。
「そっか、大変だったんだな。まぁ、驚いて逃げ出したコイツのキモチ分かんねーでもねぇけどな」
俺はベンチに腰かけた少女の膝に丸まる子猫を見ながらそう言と、
「でもこうやって帰ってきてくれて、良かった」
と少女は嬉しそうに目を輝かせた。俺は少女のあまりに子供らしい綺麗な瞳に一瞬見とれてたが、すぐにその笑顔が移ったように俺も笑った。
そうして公園に母親が迎えにくるまで少女とたわいのない話をして時間を過ごすと、なんだかまるで自分の心まで洗われてきたように、すがすがしい気分になった気がした。
母親が迎えに来ると、少女は行儀よく俺にペコリと頭を下げた。
「ありがとうね、お兄ちゃん」
「ああ、もう逃がさねえようにしろよ」
「うん!」
少女は元気よく返事をすると一度背を向けて走り出す。が、再びこちらを振り向き自分に駆け寄ってきた。
「どうした?」
「お兄ちゃん、これ、お礼ね!」
少女はベンチに座る俺の腕を軽く引っ張ると
((ちゅ・・))
・・と俺の左頬にキス、をした。そしてニッコリと微笑むと母親の元へと帰って行ったのだった。
「・・・」
ボーゼンとその小さな姿後を見送りながらも無意識に左頬を手で押さえている。
今日久保ちゃんにキスされた頬とは逆の頬に・・、小さな温かさを感じながら。
「・・・マセてるなぁ、最近のコドモって」
そう不意に聞こえた言葉は、俺の思考が口をついて出たわけじゃない。背後から聞こえたその良く知る声に俺は思わず立ち上がった。
振り返る間でもなく誰だか分かっている。それでも糸をひかれるかのように、ゆっくりと振り返ると・・、そこにはやはり思った通りの人がいた。
「久保ちゃん・・」
久保ちゃんは制服を着たまま突っ立っている。
鞄を持っていないところを見ると、一度家をのぞいて俺が帰っていなことを確認して探しにきてくれたのだろう。
俺が逃げ出してからどのくらい経ったのか。すっかり日も傾き辺りを暗闇が包みだしていた。
「何で、ここ・・わかった?」
「さぁ?なんとなく・・かな」
久保ちゃんはそう言いながら一歩一歩俺に近づいてくる。
どんなカオしていいか分からず、俺は俯きがきに視線を泳がせていた。
「迎えに来たんだけど、一緒に帰ってくれない?」
そう言いながらゆっくりと俺に手を伸ばす。その手は大きく俺の背中を包み込み、・・引き寄せた。
二人の距離がゼロになる。久保ちゃんの鼓動が耳から直に聞こえてきて、ああ、抱きしめられたんだと知る。
俺は驚きに目を開いたまま、けれど決してその腕を振り払おうとは思わなかった。
それどころか、冷えた体を包む久保ちゃんの体が温かく心地よくて、心から満たされる気がした。
――逃げたのは俺なのに・・胸に染みわたるキモチは、安心感と充足感。
だけどやっぱり胸のドキドキは止まる事は無くて、大きく聞こえる久保ちゃんの鼓動と俺の鼓動が一つに重なり合うようにドクドクと聞こえた。
今、何やってんだろう・・俺ら。
俺にわかる事は・・、こんな抱き締め方、親友にはしないってこと。
そして俺のこの感情も、親友に対するものじゃない―ってこと、だ。
右頬に落とされた久保ちゃんのキス、そして左頬には少女のお礼のキス。
同じものなのに、右頬に感じた熱だけはいつまでも胸を熱くしていた。
そっか、そういうことだったんだ。
俺はふーっと息を吐くと抱きしめられたまま顔をあげて久保ちゃんの瞳を見上げる。
「久保ちゃん。俺は、女じゃねぇぞ」
「うん、・・知ってる」
俺の一言に久保ちゃんが真剣な瞳で見返す。
「久保ちゃん・・さっきの質問の答え、な」
「うん・・・」
『オレとのキスは、カウントされないってコト?』そう言った久保ちゃんの腕をふりほどいて逃げた俺。
今度は逃げるわけにはいかないと思った。だから俺は真剣に伝える。
「カウント・・されるわけねぇよ」
「・・うん」
俺の言葉に久保ちゃんは何を思ったのか、少し伏し目がちになる。
「いや、そうじゃなくてさ、なんつーか・・、ほっぺなんてさ、キスに入んねぇだろ?
・・だ、だから、・・だからキスったらちゃんとクチにっ・・」
俺の真剣な想いは最後まで口にすることができずに、久保ちゃんの唇に塞がれた。
頬を久保ちゃんの節ばった大きな手が包み、温かい唇が覆いかぶさるように降りてきたんだ。
「んっ・・」
顔が・・熱い、、
だって、さっきのほっぺどころの騒ぎじゃねぇ。
けれどそう望んだのは俺で・・。
恥ずかしくて、照れくさくて、ドキドキが止まらなくて、逃げだしたいくらいなのに・・・。
「好きだよ、時任」
ようやく少し離れた隙間から久保ちゃんの甘い囁きが漏れる。その言葉につむっていた瞳をハッと見開く。
そうなんだよな。そういうことだったんだ。
あの時、たかがホッペのキスに、いたたまれなくなって逃げ出した俺は、たぶん自分の気付きそうだった想いから逃げようとしていたんだ。
「久保ちゃん、知ってたのか?俺の気持ち」
「うん?」
「だ、だから、俺も久保ちゃんが好きってこと、知ってて気づかせようとしたのかよってこと!」
久保ちゃんがわずかに目を開いて俺をじっと見つめるから、自分で言ってしまってシマッタというように、あまりの恥ずかしさに顔が火照るのを感じる。
「いや、だ、だからっ」
「うん・・知ってたよ」
「っ・・久保ちゃん・・」
そう言った久保ちゃんは目じりを下げて、すごく嬉しそうに、それでいて、らしくなく照れたように微笑った。
俺の胸はさらにドキドキを増して、代わりに逃げたくなるような不安が少しずつ消えていくのを感じた。
あの女の子のキスで気づくなんて、我ながら情けねぇなあって思うけど、おかげで俺は大事なことに気づくことができたらしい。
男とか女とか、関係ねぇんだな。
俺は久保ちゃんが、好きだ。
今まで見たことないくらい嬉しそうな久保ちゃんのカオに自然と笑顔がこぼれる。
俺は一日で、ほっぺのキスから大人のキスまで経験しちまったんだと思うとさらに今更ながら恥ずかしくて火照った顔を隠すように俯いた。
そんな俺の顔を久保ちゃんは逃がさないとばかりに上を向かせると、俺はその瞳に引き寄せられるまま、もう一度・・、大人のキスをした。
またまたくっつくまでのお話になっちゃいました♪
完全に庵の趣味です;
時任の初々しさに自己満萌えデス(汗)
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