煌びやかなネオンが輝く、娯楽に耽る人々と金が交差する夜の街。
その賑やかな通りから少しばかり離れた裏通り―――表には顔を見せることのない血生臭い影がひしめく路地裏に、耳をつんざくような女性の悲鳴が響きわたる。
それは、至って日常のことだった。
たとえか弱い女性が、屈強な男達に今まさに組み敷かれているとしても。
彼女が死に物狂いで、泣き叫んでいたとしても。
住人達はそれを生活音の一つとして目をやりもしない。
明日の朝、そこに死体が転がることになったとしても、それは特に珍しくもない、よくある光景なのだ。
「誰かっ助けてぇっ!!」
「へへ、諦めな嬢ちゃん。このスラムに迷いこんじまったのが運の尽きだぜ。俺たちがたっぷり可愛いがってやるって」
「いやぁぁ――!!」
ビリビリと服を裂く音に、彼女は青ざめ震えながら叫んだ。
男等は彼女の口を塞ごうとはしない。
悲痛に顔を歪め泣き叫ぶ様子を楽しむかのように、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。
殺しも強姦も、じりじりと追いつめなぶることを好んでいるのだ。
「ほら咥えろ、噛みやがったらぶっ殺すからな」
ナイフでピタピタと頬をたたく男に、彼女はひっと息を呑む。
薄暗い街の一角で、彼女はまさに絶体絶命の状況だった。
と、そこに。
その緊迫感とはかけ離れた、二人の男が姿を現した。
「ったく。世知辛い世の中だよな。誰も彼も見て見ぬふりかよ」
一人の若い男は、呆れたように顔を歪めて言った。
まだ少年と呼べるような華奢な体であるものの、しなやかな体躯。すらりと長い手足に、きりりと整った顔立ちをしている。細身の黒い衣装と防具を纏い、右腕にはシルバーの鉄型腕章をはめていた。
少年は、相づちを求めるように隣のもう一人の男へと目をやる。
「まぁしょうがないんじゃない。誰でも自分が一番可愛いってもんでしょ?」
そう答えた男は少年よりもひょろりと背が高く、細身であるものの、適度な筋肉を持った理想的な体躯。少年と呼ぶには些か落ち着き過ぎた大人びた顔立ち。分厚い眼鏡をかけているせいか細く見えるたれ目を、さらに穏やかに細めている。少年と同じような黒い衣装と装具を纏い、右腕にはこれも同じくシルバーの腕章がはめられていた。
「・・なんだ、てめぇら?」
ナイフを手にした男が、二人に気づいて低く唸った。
女性の体を弄っていた男達も突然現れた邪魔者に剣呑な目を向けた。
男等はここらでは有名な、強盗殺人の常習犯だった。その目は異様に血走り狂気染みている。
普通であればそれを目にしただけでも縮みあがってしまうだろうが、二人の少年の様子は普通のそれとは明らかに違っていた。
「いやぁ、名乗るほどのものじゃないんで、おかまいなく〜」
「でも久保ちゃん、名乗られねぇとダメだって、上に言われてんだろ?」
「そうだっけ?んじゃあ仕方ないね」
「おい、悪党!よく聞きやがれ。俺たちは正義の味方!ビューティー時任と」
「ラブリー久保田でーす。以後お見知り置きを」
この場には明らかに異質な空気感。
にっと笑みを浮かべる威勢のいい強気な少年と、のんびりと穏やかな優男。
確かに彼らの上層部は、任務に当たる際には名乗れと義務づけている。しかし決して個人の名前を名乗れというわけでなく、その部隊の名と任務についてひとこと言及しろと言っているのだ。
しかし彼らにはその意図は全く理解していないらしく、なんとも間抜けな自己紹介となったのだった。
驚きに目を開いたのは男達だった。
畏怖も侮蔑もなにもない、これまでに向けられたことのない挑戦的な二人に、驚きに見開いていた眼はすぐに怒りへと変貌を遂げる。
「てめぇら、死にたいらしいなぁ!?」
怒鳴り声をあげながら、男はナイフを手に襲いかかった。
刃は威勢のいい少年の方へと目掛けて振りかざされる。
屈強な男と、それより遙かに華奢な少年。素手での攻撃であってもその差から勝敗は明らかだろうと思われるが、ナイフが少年の肌を突き刺すことは、ついぞなかった。
ビィンという金属がはじかれる音と重い塊が地に落ちる音。
すべては一瞬だった。
「たわいもねぇ、図体デカイだけじゃねぇか、なぁ久保ちゃん」
「そうねぇ」
時任の目の前には白目を剥いた男が口から泡を吹いて倒れている。
女に群がっていた数人の男達が驚愕に目を開いていると、空から飛んできたナイフが男等の近くに突き刺さるように落ちた。
あの一瞬で時任はナイフを蹴り上げ、男の腹に一発で沈むような重い拳を食らわせていたのだ。
それに気づいた男達の動きは速かった。一斉に懐へと手を伸ばす。
「っ・・!!」
それぞれが黒い鈍色の殺傷兵器を少年達へと向けた瞬間、男達は次々と血を吹き出し倒れ込んだ。
久保田の手に握られていた銃口から硝煙があがっている。
リボルバーに込められた6発の弾は、1発も外すことなく、瞬時に6人の男をその場に沈めたのだった。
「なんていうか、まぁ。血の気の多い人達だぁね」
「ランクCとあって、下品なやつらだけどな」
ふっと銃口の煙を吹き消す久保田に、時任は腕時計を操作し始める。正確には腕時計ではない、国中の悪党共の情報が入力されてあるホストコンピューターと繋がる小型機器なのだ。
倒れている面々との照合を数秒で済ませると、また元通りに腕時計へ戻す。
「よし、完了っと」
久保田はその操作を時任に任せて愛飲のタバコをくわえる。そしてようやっと気づいたといわんばかりに、その場に蹲っていた女性に声をかけた。
「えーっと、お嬢さん、大丈夫?」
「ひっ・・」
「あーあ、怯えてんじゃん、久保ちゃんのせいだぞ。ほらお前、怪我ないかよ?起きれるか?」
「あ・・、は、はい・・」
恐る恐る手を差し出すと、彼女より少しだけ大きく力強い手に引き起こされる。
彼女が震える手で乱れた服を整えると、久保田は手にしていた衣服を肩にかけてやった。
「お嬢さん、あそこの大通りからこっちの北側には入っちゃだめって知らなかったのかな?表とは別
世界だから輪姦されて体バラバラにされて売られても文句言えないよ。気をつけなくちゃね」
にっこりと微笑むと、物騒な言葉を投げられたというのに、彼女はいつの間にか震えを止め、ほんのりと頬を赤らめる。
その様子を見て苦々しく息を吐いた時任が、彼女の手を引いて歩きだした。
「ほら、表の役所まで送ってやるから立てよ」
「あ、あの、・・あなた方は?」
彼女はおずおずと尋ねた。目の前の二人の少年はおそらく彼女よりは年下だろうと思う。
けれど明らかに普通の少年とはかけ離れている。
「まぁ、こういうものです」
久保田はそう言うと自分の右腕を指さした。その先にあるものに目をやって、彼女は口に手をあてて「あっ」と小さく声をあげた。
「もしかして、この腕章・・国の特殊機密執行部・・・!?」
彼女も噂に聞いたことがあった。この治安も秩序もないに等しい国家に、王家より直属の命にでのみ動く特殊部隊。その活動は様々で、保護活動から暗殺まで手広くこなす。その行動は何人たりとも制限することはできず、この国で唯一治外法権が認められる特権を持つという、特殊な部隊。
街での噂は聞くものの、実際にその目にした者は少ない。
まさかこんな若い少年達だったとはと、彼女は驚きに呆然とした。
「ただの害虫駆除隊みたいなもんよ」
久保田は再び笑ってのんびりと言う。
「なんだよそりゃ、俺たちシロアリでも駆除してんのか」
「似たようなもんじゃない」
「もっと格好よくだなぁ、国家の御庭番とか、特殊急襲部隊とかさぁ」
時任はそう言って口を尖らせた。
特殊急襲部隊はいいとして、御庭番とはいつの時代だろうと彼女は首を傾げるが、口には出せなかった。
「まぁ、ただの執行部隊だけどねぇ。俺らなんて上にこき使われてるだけだし」
「まぁ、そうだな」
「こうやってパトロールみてぇな真似してんのも退屈なんだよなぁ」
のんびりとした会話。生と死に触れ、自身も常に死と隣り合わせに生きているはずであった。
それを退屈だと一蹴できる彼はやはり、非凡であるに違いなかった。
「まぁそういわず。か弱い女性を守るためなんでしょ?」
「ああそうだ!俺は全国のか弱い女性のヒーローだからな」
「東に悲鳴があれば駆けつけ、西から泣き声がすれば飛んでいく!美少年ヒーローと言ったらこの時任様のことだ!」
「はいはい。ま、そういうわけだから、次からは気をつけてね」
まるでコントのような掛け合いに、彼女は恐怖も忘れプッと吹き出す。
「おもしろい人ね、あなたたちって・・」
「まぁね。だけどこうも任務外の仕事ばかりこなしてると、大佐に怒られるんだけどなぁ・・」
「仕方ねぇだろ。女の悲鳴を無視してほかの仕事なんかできっかよ」
ぷっと頬を膨らます時任は少年らしく愛らしい。
その幼げな表情にしばし見とれていると、二人の耳に新たな任務の知らせが届いた。
キャ―――――ッ
「あ。」
「また、お呼びみたいね」
「行くぞ久保ちゃん!仕事だ!!」
「ほいほいっと」
時任は目を輝かせ意気揚々と駆け出す。久保田はそれに続きながら
「また松本大佐にしかられるなぁ・・」
小さく零すと、口元を緩ませながら後を追うのだった。