酔った、と思った。胸の中がぐちゃぐちゃとしていて気持ちが悪い。酒に酔ったとは少し違った吐き気が襲ってくる。”船酔い”か。そう思ってふと不思議に感じた。俺は船なんて乗ったことねぇし、なんで船酔いなんて思ったのか。
俺はどこにいるのか・・、確かめようと重い瞼をゆっくりと開くと、そこは暗い部屋だった。たぶんただの部屋じゃないと思ったのは、地の底から一体化したような緩慢な揺れのせい。そのせいで、やはり腹の中は不快なものがこみあげている。横になったまま見上げる天井と部屋の扉。俺はなぜか重りがついたように動くこともできずにいた。
そして男は突然現れた。
「目が覚めたかい、さぁおいで」
ゾクリと背筋に冷たいモノが走った。男の影も声も俺の胸をザワリと不快に騒がせる。薄暗いせいで顔は見えないが、男はかがみこんで俺に手を伸ばしてきた。
俺はこの男を知っている、と思った。考えても考えても名前も顔も思い出せないけれど、この影を俺は知っている。
「早く戻っておいで・・」
誰だ、誰だこいつ・・?
低い声が頭に響き、暗い男のシルエットが徐々に近づいてくる。同時に背中を汗が流れるような恐怖と不安に高鳴る鼓動。
いやだ、いやだ、いやだっ・・!
「ヤメロっ!」
ようやく振り絞った声がでたとき、顔が見えないはずの男の口元が動き、ゆるりと笑った、気がした。
「ーーーーミノル。」
「ーっ!!!」
そうだ、俺はこの男を知っている。
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「・・・・あ・・」
「おはよ、時任」
見慣れた天井に、見慣れた顔がのぞき込んでいて、俺は呆然とその眼鏡の男を見上げた。
「・・俺、寝てたのか」
「うん。」
久保ちゃんの膝を枕にしたまま、ソファで横になっていてどうやらそのまま眠っていたらしい。
何か夢を見ていたらしいけど、覚えていない。けれどイイ夢じゃないことは確かだった。
もう秋口だというのに、体中が汗でじっとりと濡れている。暑くてベトベトして早く風呂で汗を流したいところだったけれど、俺はそこから動けずにいた。
久保ちゃんは何か読んでいたらしい雑誌を片手に、じっと俺の顔をのぞきこんでいる。俺はそんな久保ちゃんすら夢なのではないかと、そっとその頬に手を伸ばした。
指先に感じる少し冷たい久保ちゃんの頬、だけど柔らかい、――――現実だ。
「久保ちゃんのほっぺ、つめてぇぞ」
「そう?体温低いからねぇ。・・だけど」
ぎゅっと久保ちゃんは俺の手を握りしめて口元へ持っていく。ぬるりと温かい濡れた感触が俺の指先を包んだ。
「温かいっしょ?」
そう微笑って、久保ちゃんは俺の指を丁寧に舐めた。
温かい、久保ちゃんの体温。
――ーそれだけで十分だった。