いつかの朝(後編)
目が覚めると、隣にはぬくもりがあった
俺の一部でもある愛しいぬくもり
時任・・・声に出せば消えてしまいそうな幸せな夢
俺はなぜ、ここにいるのだろう
一体、なにを期待してるのだろう
けれど確かに、この温もりは真実だ
1年前のあの日、俺たちは二人でクリスマスを過ごした
『来年もこうやって過ごそうなっ』
眩しい程の笑顔がまぶたに焼き付いている
ただただ、キラキラと輝いた記憶
その光は、俺の足元を照らすように俺を導いた
再びまたそのぬくもりを感じれるように
ねえ時任、眠れなかったんだ、ずっと
だけど・・・今は眠りたくない
こうやってずっとお前を見ていたいのに、なんでかな
あまりにも温かくて、瞼が重くなってくる
久しぶりに感じる、眠り―
時任−
どうか、目が覚めても、消えないで・・・
まつ毛に深い影を落としていた瞳がゆっくりと開くとすぐに、その目は何かを探す
すぐ側に時任の姿を確認すると、久保田は安心したように優しく微笑んだ
「・・時任、おはよう」
「おはよ・・・、久保ちゃん」
「・・・・・時任・・」
そっと温かい手が頬に触れて、時任は初めて自分が泣いていることに気づいた
温かな手に導かれるまま久保田の胸に顔をうずめると、自分がよく知る久保田よりも痩せた体に、ぎゅっと抱きしめられた
「久保ちゃん・・・」
久保ちゃん、俺は、気づいちまった
ここは1年後の世界、
そしてここには―
・・もう俺はいないのだろう
それに気付いた途端、すべてがやけに、リアルに感じた
久保ちゃんの、やつれた頬、骨ばった体―
昨日だって、ほとんど食ってなかった
ろくに眠りもせず、煙草ばっか吸って・・・
・・おそらくここは、・・・俺のいない世界なんだ
ごめん、ごめんな
久保ちゃん、
久保ちゃん、久保ちゃん―
・・ごめんっ・・
胸をぎゅと締め付ける苦しさを吐き出すように、後から後から涙が溢れ、久保田の服を濡らした
言葉にならないほどの胸の痛みは、小さな嗚咽のように低く時任の喉を震わせた
はじめは夢だと思っていた。ここにいる自分が夢なのだと。しかし例えそうだとしても、このリアルすぎる夢の中に「今の時任」はいないのだ
できれば見たくもなかった夢―、だがそれは同時に、心のどこかで一番恐れていたことなのかもしれなかった。だからこそ、その事実に時任が気付かないわけがないのだ
1年後の自分は存在せず、久保田もその事実を理解している
自分を失った久保田がどんな思いで過ごしていたのかと考えると、胸が引き裂かれるように、たまらなく苦しくて仕方なかった
自分が存在しないという事実よりも、何よりも今の久保田の悲しみが、時任にとっては一番の恐怖だった
じっと久保田の胸に埋められていた時任の顔をあげさせたのは
「・・・時任、今日、何の日か知ってる?」
そんな穏やかな声だった
驚いたように目を張った時任の顔は、涙まみれの、文字通り間抜け面だったのだろう
久保田はふっと優しく微笑むと、愛しげに髪を撫でながら答えを促す
「・・・・・・・クリスマス」
久保田は、呟くように言った時任の頬に両手を添え、その顔を覗きこむと、涙に濡れたその大きな瞳をじっと見つめて言った
「そうだよ。クリスマスパーティ、しよっか?」
「・・え・・?」
「約束・・だもんね?」
今度は、どこか悪戯っぽく笑みを含みながら言う
「久保ちゃん・・・」
時任はまた緩みそうになった目頭を必死に堪えると、ゴシゴシと顔を拭い、久保田の瞳をまっすぐに見つめ返した
「・・ああ!約束だっ!ケーキもチキンも買うんだかんなっ!!」
「もちろん」
そう言う久保田の顔に悲しみは見えなかった。潤みがかった時任の瞳が淡い光に照らされ、きらきらと輝き、久保田はただ、そんな時任の笑顔を、何よりもまぶしそうに見つめていた
俺にとっては今年2度目のクリスマス
久保ちゃんにとっては・・・
時任はそんなことを考えながら並べられた料理を頬張り、久保田もおいしい、と食べた
何を話すわけでもなく、たわいもない会話を続けながら、いつものように二人で過ごす時間
それは二人にとって、至極日常で、何よりも幸せな時間だった
そして、どちらかというでもなくベッドへと向かい、愛し合った
時計がそろそろ0時を回るというころ、二人は抱き合ったままその鼓動を聞いていた
二人のぬくもりと、静かな鼓動だけの世界
そこにポツリと久保田の声が響く
「時任、今年も一緒に過ごしてくれて・・ありがとね」
「・・久保ちゃん」
その響きが時任の鼓動を震わせる
「きっと一緒に過ごせると、思ってた」
「・・・っ・・」
「だから、ありがとね」
その言葉に、時任の顔がくしゃりと歪む。「ありがとう」がまるで、別れの言葉のように聞こえたのだ
しかし苦しそうに歪められた瞳が濡れることはなく、時任は少し怒ったように久保田の瞳をとらえていた
「っ礼なんていらねぇよ!!当たり前だろっ!!・・来年もっ・・、
来年も再来年もその次もっ・・ずっと一緒に過ごすんだから!!!」
「時任・・・」
絞るように投げつけられた時任の言葉は、時任自身に言い聞かせるかのようでもあった
俺は、酷なことを言ってるんだろうか・・
だって、そうじゃねぇか
俺は諦めねぇ。諦めたら・・なにもかも終わりなんだ
―ずっと一緒に・・・、
その言葉は、まるで一筋の希望の光のようだった。たとえその光が小さくとも、掴み取れると信じたかったのだ
時任はなぜ自分が「ここ」にいるのか、考えても分からないことであり、やつれた久保田に会い何をすべきだったのかも分からなかった
しかしそれは逆に自分に”まだ、あきらめるな”と誰かが言ってくれてるようでもあった。・・・たとえそれが都合の良い願いであっても、それを叶えられると信じられるほどの、それは眩しく、強い希望の光だったのかもしれない
「おやすみ、久保ちゃん、また、明日だ」
まっすぐに久保田を見つめる時任の瞳に、もう迷いはなかった
そんな姿に、久保田は大きく目を開いたが、すぐに優しく穏やかな笑みへと変わった
「うん・・、うん、そうだね、時任。
おやすみ、また明日ね」
「久保ちゃん・・・」
二人は、その一言に強い想いをかけて、強く強く抱きしめながら寄り添い、
目を閉じたのだった
そして―いつかの、朝
季節は冬―、男二人の重さにシングルベッドがきしむ
「ん・・・まぶし・・」
ブラインドから差し込む穏やかな光が朝を告げた
「おはよ、時任。」
「ん・・、はよ、くぼちゃん、、」
頬に落とされた温かな唇を感じて、くすぐったそうに時任はうっすらと瞳をあけた
「ほら、時任起きて。初日の出、のぼちゃってるよ?」
その言葉にぱちりと目を開けた時任は勢いよく起き上った
「!!久保ちゃんっ!カウントダウンは!?除夜の鐘は!!??」
キッチンへと向かう久保田は、背中を向けたまま顔だけ振り返る
「とっくに終わっちゃってるよ。お前、寝ちゃったじゃない」
「〜っ!なんで起こしてくんねんだよ!カウントダウン、楽しみにしてたのに〜!!」
時任は、暖房をつけたばかりのリビングに毛布を肩にくるめたまま、ドスドスと久保田の後を追う
リビングでは苦笑いを浮かべた久保田がタバコをくゆらしていた
穏やかなコーヒーの香りと煙草の香り
時任はなぜか、それがいつもよりも、とても心地よく感じた気がした
それでも仏頂面は変わらず、久保田は苦笑するしかなかった
「いくら起こしても起きなかったじゃない、お前」
大晦日―夕飯後ごろから襲われていた眠気になんとか耐えていた時任だったが
11時ごろには既にソファで丸くなっていたのだった
一度寝ると起こすのは一苦労だった。久保田にはそれが面倒でもあったが、何より気持ちよさそうに眠る時任の邪魔をしたくなかったのである
「あーあ、年越し、除夜の鐘聞きながらソバ食おうと思ってたのにっ」
時任はそんなことも知らずに、ぶつくさと頬を膨らましながら不機嫌にごねる
「じゃあ、おソバ、今日のお昼に食べたらいいじゃない」
「それじゃ遅えんだよっ、年越しに食いてぇの!」
「はいはい」
我儘な言い分にも、久保田は優しく微笑んで言った
「・・じゃあ、来年、また食べたらいいじゃない」
さらにまた何か言い返そうとしていた時任の動きがふと、止まった
『来年も再来年もずっと一緒に・・・』
その言葉に、時任は何かを思い出したように目を開いていたのだった
「・・ときとー?」
時任の様子に首をかしげた久保田だったが、時任はその何かを思い出したのか、思いすごしだったのか・・、
「・・そーだよな、」
と、久保田を振り返ると、眩しいほどの笑顔を浮かべ強気に言い放ったのだった
「じゃあ、ソバは来年な!今度はちゃんと起こせよ!」
そんな時任に目を丸くした久保田だったが、くすりと微笑むといつものように「はいはい」と目を細めた
来年も再来年もずっと―・・・
先のことなど分かるはずもない。分かりたくもなかった
だけど、、今を精一杯生きるには、それくらいの未来があってもいいんじゃないか、なん て思う
それはきっと、君の笑顔が見せてくれる未来だから・・・
だから信じていよう、
そんないつかの朝を―
『いつかの朝』完結です。
シリアス系でも悲しくてもやっぱり逃げずにまっすぐ前を向いてる時任が私の中の時任です。二人がずっと一緒にいれることを願いながら書きました。
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