その後、澤村は学校を辞めた。
それは本人たっての希望ということだったが、政治家である父親は、はじめは賛成しなかったらしい。
しかし今度ばかりはさすがに、その力を以ても収拾をつけることができないようだった。これまで口を利いてきた権力だったが、今回は橘の働きにより理事への圧力と言う手も利かず、そればかりか逆に理事会から告発さえ受けかねない勢いだった。
そこで仕方なく、澤村代議士は体裁を整えるため、息子に学校を辞めさせまた他に転校させる道を選んだのだった。
澤村も父親の決定に背くことはせず、自らそうしたいと願ったという。
また瀬戸は2週間の停学、その後学校に復帰する予定であった。生徒会が把握している瀬戸の罪は十分退学を免れないものであったが、量刑が軽くなったのにはワケがあった。
瀬戸の処罰を軽くしてもらえるよう、澤村が願い出たのだ。
今回の事件は全て自分が指示を出し、瀬戸には無理やり動いてもらっていたのだと。
それがどこまで真実だったのか分からずとも、松本らは最後に澤村の意思を酌んでやろうと理事長に申し出たのだった。
『今回は、生徒会はじめ、執行部の方々に大きなご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。それでも皆さまにお世話になったこと、荒磯の生徒でいられたこと、そして少しの間でしたが執行部員として働けたことをとても感謝しています。これまでの自分とゆっくりと向き直り、よく考えたうえで、本当に進みたいと思える自分の道を見つけていきたいと思っています。』
「――つまり、更正していくってことかしらね」
桂木が読みあげていた澤村の手紙から視線を上げて、集まった執行部員の面々の様子を窺う。
室田と松原、相浦は、へぇと半信半疑の様子であったが、時任は目を大きくしてさらりと言った。
「へぇ、良かったじゃん。あいつ、少しは前向きになったってことだろ?なぁ、久保ちゃん」
「そうねぇ。人間そう簡単に変わるとは思えないけどねぇ・・」
久保田はぷかぷかと煙を吹かして言う。
この二人の反応の違いは対称的であるが、桂木は気にせず手紙の続きを読むことにした。
澤村は全治2か月の大怪我ということでしばらく入院療養するとのこと。荒磯を自主退学することになったこと、迷惑をかけた謝罪の言葉が書き連ねられていた。
ゆっくりと怪我を治しながら、流れる時間はゆったりと心を癒す。
澤村はいくら殴られ蹴られようと、自ら罰を受けるかのように一切反撃しなかった。少なからず反省しているというのであれば、あとは心を落ち着ける時間があればやるべきことの整理もつくはず。
手紙には自分が陥れた内海という教師についても書いてあった。その教師はすでに怪我からは回復して同じ高校に復帰しているという。生徒に暴行を受けながらも同じ高校の教壇で弁を振るう男は、よほど強い信念を持っているのだろう。澤村は謝罪をしに向きあうために、自分を変えたいと強く思っているようだった。
執行部の面々達は黙って聞いていた。澤村のしたことは許せることではないが、皆、表情は穏やかなものだった。これからの生き方は澤村次第。先々また会うことがあるかは分からないが、その時は笑って話したいものだなと室田がぽつりと言うと、松原が頷いた。
父親のようにいずれ社会を動かす人物となるうえで、今回のことは澤村にとっては大きな転機となったのかもしれない。
そうして最後まで読みあげていた桂木が、もう1枚手紙が入っていたことに気づく。
「あら?まだ続きがあったみたいね。えーと・・」
『追伸
久保田先輩、時任先輩。約束通り傷が治りましたら、俺を殴ってください。新しい高校へ転校し、今度こそあなた方のように充実した高校生活を送れるように、けじめをつけたいと思います。
あなた方には本当に申し訳ないことをしました。ですが、俺の気持ちが嘘ではなかったことだけは、伝えておきたいと思います。
久保田先輩、時任先輩の手を離すことがあれば、今度は真正面から遠慮なく時任先輩を奪いにいきますので、そのつもりでお願いします。』
「・・って、それって・・・」
桂木は全て読みあげて、かなりの後悔がこみ上げた。どうやら知ってはいけない事実を知ってしまったようだった。聞いていた室田や相浦も同じ気持ちだった。
(((なんてこと読みあげるんだっ、桂木・・っ!!)))
そこへ追い打ちをかけるような補欠の間抜けな声がふわふわと飛ぶ。
「へぇ!澤村ってぇ、時任先輩のこと好きだったんですねぇ!ねぇ久保田先輩〜」
(((ふ、藤原っ!!いっぺん死んでこいっ!!!)))
もはやお前に危機回避能力を求めることはないと、一同は補欠の藤原を睨みつけた。
だれもが避けるべき一言を、藤原にはっきりと言われ、時任も思わず言葉を失う。
「あ、あいつ、こりねぇやつだな!なぁ、く、久保ちゃん・・」
時任はなんとか笑顔を浮かべながら、どぎまぎと久保田を振り返った。そういえば澤村に真剣な告白を受けたことを久保田に言ってなかったことを思い出したのだ。
(だからって、こんなフイ撃ちはねぇだろ!)
大きく動揺した時任だった。
そうしてそこにいる面々が、恐る恐る窓際を振り返れば、やはり黒いオーラが立ち上っている。
(((ひぃっっ!!!)))
「へぇ?それって宣戦布告ってことかな。やるねぇ、澤村も。じゃあお言葉に甘えて、今度一発殴りにいこうか?時任」
微笑みながらも、やはり目が笑っていないことに、時任は渋い顔をする。
「く、久保ちゃん、ほんとに一発だぞ」
「だいじょーぶ。間違って殺したりしないように気をつけるから」
((((こ、怖っ!!))))
今回は松原も、藤原でさえも思った一言だった。
校舎を出ると、日暮れ前の空気はひんやりとしてすがすがしい。頭上に広がる高い空が季節の変わりめを感じさせる。
久しぶりにゆっくりと流れる白い雲を眺めて歩きながら、時任はふいに笑った。
久保田は隣を見て首をかしげる。
「ん?なに、どしたの?」
「いや、最近こんな風に久保ちゃんと過ごしてなかったからさ、なんか新鮮だなってな」
「そういえばそうね」
「久保ちゃん、俺さ。ほんとにあいつらに何もされなくて良かった・・。だってさ、お前を人殺しにするわけにはいかねぇもんな」
「・・そうさねぇ。俺はお前に何かあったらって思うと、何人殺しても足りないけど?」
「だから、怖いこと言うなよ。目が笑ってねぇぞ」
「そ?」
口元に笑みを浮かべる久保田に、時任は足を止めた。
「・・悪かったよ、心配かけて。けど、だいたいお前が、あんな写真・・」
神妙な様子で言う時任に、久保田も足を止める。
「なに、あんな写真信じて嫉妬したの?」
「う・・、違ぇよ。あんなの信じちゃいねぇけど。久保ちゃんの汚名を晴らすために乗ってやったんだよ!」
「そ、よかった。俺、お前に信じてもらえなかったら生きてるイミないから」
「・・・え・?」
さらりと言った久保田に、時任は目を大きくする。
「俺の相方はお前しかいないってこと。それに・・、お前が他の奴とペア組むのなんてもう見たくないし。・・・嫉妬深いヤツなんだわ俺って。」
「久保ちゃん・・」
「それに、俺そーゆーラブシーンってやつ?
スキな子としかしたくないの」
「・・何、乙女ちっくな事言って・・、っつーか、久保ちゃんスキなヤツいるのかよ?」
「うーん、まぁ。ね?」
「だ、誰だよ、それっ!教えろ」
「あらら。ホント分かんないの?」
「わっ分かんねぇから聞いてっ・・―――んむっ!?」
時任の言葉は柔らかい感触に阻まれた。それが久保田の唇だったことに気付いたのはだいぶ後のこと。時任はただただ驚いて目を剥いたまま、呆然とフリーズしている。
しばらく重ね合っていた唇がふっと離れて、ようやく我に返るが、驚きのあまり言葉にならない。
「な、な、なんっ、なんっ―――!!?」
真っ赤に染まった顔で喘ぐ時任に、久保田は何事もなかったかのようにのほほんと笑った。
「だから言ったでしょ?スキな子としかしたくないって」
「―――――・・く、く、久保ちゃん・・、それって・・」
「―――ちょっと、あんたたち!何やってんのよっ!」
「・・・へ・・?」
突然割りこんできた第3者の声に振り返れば、どっぷりと呆れたような顔の桂木の姿。それだけじゃなく周りには相浦や室田達まで突っ立っていて。
こいつら何やってんだと呆然とした時任だが、自分と久保田を遠巻きに見つめる荒磯の生徒達が黄色い悲鳴を上げていることに気付いて、自分が置かれている状況を一気に呑みこんだ。
「お、お、お、お前らっ!みっ、見せもんじゃねぇぞ―――!!!」
初めてのキスを大勢の人間に見られた時任は、顔を赤らめ喚いていたが、久保田は気にした様子もなく「あらら」と煙草をふかしている。けれどすっと細められた久保田の目が時任の姿を追いながら、優しく穏やかな笑みを浮かべていることには、誰も気づかなかった。
「何をしてるんだ、あれは・・」
生徒会室から校庭を傍観していた
松本が呆れたような息を吐いた。
「ふふ、仲が良いようですね?おや、会長、妬いてるんですか?」
「なにを馬鹿なことを。橘、もう誤解は解けただろう?」
「ええ。つまらない嫉妬心を持ってしまって申し訳ありませんでした。しかし会長をお慕いする以上、後ろ向きな気持は仕方のないことなのですよ」
「まったく、少しは信じてほしいものだ」
「もちろん、信じてますよ。――あなたを愛していますから」
「た、橘っ・・、ここでは・・」
「大丈夫ですよ」
周到な橘はしっかりと扉に鍵をかけていたらしく、今度は盗撮の恐れもないと、ある意味皮肉をたっぷりと込めた笑顔で微笑むと、松本はふっと息を吐いて観念したように、その身を預けたのだった。
高い空に、軽やかな声が響く。
時任はどうやら衝撃から立ち直ったらしい。久保田をせかすように引っ張っている。
「久保ちゃーんっ、早く帰るぞっ!最近やってなかったゲーム、夕飯当番賭けてやろうぜ!」
「それもいいけど、どうせ賭けるなら別のことがいいなぁ」
「なんだよ、それ〜、なんでもいいけど俺は負ける気はねぇ!」
「はいはい。じゃあ、罰ゲームは負けた時のお楽しみってことで」
「だ〜か〜らっ!負けねぇつってんだろ!!」
純粋な想いと、ちょっぴり不純な想い、そして相手を想い合う心。
そんな少年達の想いを乗せて、高い高い空は少しずつ、秋の訪れを告げていた。
完