帰るべき場所
  



久保ちゃんが警察から釈放された日、俺の肩に顔をうずめたまま久保ちゃんは消え入りそうな声で俺の名を呼んだ。俺は名前を呼ばれたけど、何も言わずただ”久保ちゃん”と名前を呼び返した。
まるで、そこに居ることを何度も確認するかのように・・。
俺たちはそれから外で夕食をとった。いつもなら家で食べるところだけど、時間も遅いし
久保ちゃんの顔色もすぐれない。何といっても俺の腹時計が悲鳴を上げている。そう言うと
久保ちゃんが優しく微笑んでうなずいた。なんだかほっとした。
それから食事を終えても、帰り道でも、俺はくぼちゃんに何も聞かなかった。久保ちゃんはいつもと少し様子が違っていて、・・・たぶん、その原因は俺の知らないことで・・。なんだか分からないけど聞いちゃいけない気がしたんだ。俺がたわいもない会話をしてると、俺の顔のかすり傷に気づいて、久保ちゃんが、どうしたのかと尋ねてきた。俺はここ数日、滝さんちに身を寄せていたこと、犯人を調べて乗り込んだこと、聞かれるまま答えていた。久保ちゃんは目を細めて「ありがとね」と言ったけど、俺はただ、久保ちゃんを取り戻したくて、でないとあの部屋には戻れない気がして、ただそれだけだったんだってことを伝えた。いつもなら恥ずかしくてとても言えないようなセリフだったけどそれでも不思議と素直に口にできていた。
それはきっと、久保ちゃんが真剣に聞いてくれたから。俺の肩にうずまった久保ちゃんが、まるで初めて甘える子供のように俺に手をのばしてきたから。
久しぶりに帰ったマンションは、たった数日空いてただけだというのに妙に懐かしくて、なんでか涙が出そうなくらい穏やかな気持ちになった。
ずっと気を張ってたんだろうか、思った以上に・・。だからこそ心からホッと安堵したんだ。
久保ちゃんは部屋に入ると電気も点けずに薄暗い部屋に入り、空気を入れ替えるためか窓を
開けた。外はまだ白い雪が舞っていて、冷たい空気にカーテンが揺れる。
星も月もない空は真っ暗で、代わりに近くの街頭が部屋をほんのりと照らす。
俺は久保ちゃんの背中をぼーっと見つめながら、TVをつけることもなくソファへ腰をうずめた。
久保ちゃんは外を向いたまま顔だけ振り返ると、「明日は積もるかもね?」と笑って言った。
俺は不覚にもその綺麗すぎる笑顔に当てられドキリと鼓動が跳ねた。俺はそれをごまかすように「さみぃよ」と文句を言う。久保ちゃんはちょっと笑うと寝室から毛布を持ってきてくれた。
俺は温かい毛布に包まると「寒いね」と言った久保ちゃんに苦笑しながら「じゃぁ、窓閉めろよ」と毒づく。
くぼちゃんは俺を見下ろすように見つめると、ちょっと笑って
「・・時任が温めてくれない?」
と言った。


「・・・来いよ。」
俺がそう言ったのは、久保ちゃんが捨てられた犬みたいな目をしてたからじゃない。
確かに不安そうな瞳をしてたんだけど・・・、そうじゃなくて、たぶん、俺がそうしたかったから。らしくなくそう言って、手を差し伸べると久保ちゃんは少し目を開いて、そしてゆっくりと、その手を掴んだ。
狭いソファで抱き合うように座ると、ドクンドクンと久保ちゃんの規則正しい心音が聞こえる。触れた久保ちゃんの体はやっぱり冷たくて、俺は大きな体を温めようと背に回した腕にぎゅっと力を込める。それでもまだ足りないと言ったように久保ちゃんが俺の体を強く引き寄せた。
「わ・・」
強く腰を引き寄せられ、バランスを崩した俺の体は仰向けになった久保ちゃんの体の上に倒れこんでいた。
「・・くぼちゃん、重くねぇ?」
「・・軽いよ」
くぼちゃんは小さく笑うとぎゅっと抱きしめてくる。
これ以上ないくらい密着して、抱きしめ合ってると、ドクンドクンと響く鼓動が速くなっていく気がして・・、どちらの鼓動か分からないくらい近い二つの鼓動が・・・、触れあっている肌が・・、熱くて、次第に息苦しく感じてくる。・・こんなのは初めてだった。いつも側にいるけれど、こんなに近づいたことなんてない。
初めて感じる距離に少し戸惑いながらも、そこには不安も嫌悪感もなかった。
ただ、温かくて、熱くて、速まる鼓動が心地よくて・・・・
俺の体を包んでいた腕がふと力を緩める。顔を上げると優しく微笑む久保ちゃんの瞳と出会った。そして、俺はその瞳に引き寄せられるように、
ゆっくり近づいて、目を閉じ・・、・・・その唇に、キスをした
触れるだけの初めてのキスは、長く、二人を近づけて、それからどちらともなくまた強く抱き合う。
俺は自分の行動が信じられなくて、ただただ、顔が火照るのを止められなかった。
そんな俺の耳元に久保ちゃんの熱い吐息がかかる
「・・・ただいま、時任」
小さく呟かれた一言が俺の口元を自然に綻ばせた。そして抱きしめる力を強くして、俺も久保ちゃんの耳元に唇を寄せる。
「おかえり、久保ちゃん」
ただいま、よりも力強く、何度もそう伝える。
くぼちゃんは答える代りに、俺の瞳を覗き込むと、さっきよりも深く長く、その唇をおしあてた。


シチュエーションはWA4巻の後です。こんな展開あり得ませんが、ドキドキ妄想しちゃいました。しかも続きに裏を予定しちゃってますです。すみません:

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