そうして怒濤の嵐が過ぎ、一気に事件は終焉を迎えた。
いつもの冷静さを取り戻した桂木は、その場に残る者にテキパキと指示を出し、治療が必要な者を病院に運びこんだ。その間、一部始終を生徒会本部に連絡することも忘れない。
一方事情を把握した松本会長は学校には報告せず、生徒同士の問題だと、あえて豊永高校の生徒会に連絡をとった。
生徒会書記である芦野の凶行を遺憾とし、もうこのようなことがないようにと、きつく言及をした。
元々つきあいのない学校ではあったが、現役生徒会の一員である芦野の所業に、豊永高校の生徒会長は二度と起こらないように不良グループらも含め処分を徹底すると謝罪したのだった。
翌日、近くの病院で診察を終えた時任は、頭に白い包帯を巻いた姿ながらも、どこか晴れ晴れとした様子で大きく伸びをしていた。
怪我の場所が場所だけに改めて精密検査を受けたのだが、一日中拘束されて退屈だったらしい。
「はーっ、や〜っと終わった!」
「ど、痛む?」
「ん、平気。頭ん中は異常なかったし、すぐ治るだろ」
「そうね」
病院を出たころには、すでに辺りは真っ暗で、ぽつりぽつりある街灯と久保田の煙草の火が道先を照らしていた。
静かな夜の空気に、二人の足音が響く。
「・・なぁ、久保ちゃん」
「うん?」
不意に足を止めた時任に倣って、久保田も振り返った。
「なんであの時、俺に何も言わずに、一人で行ったんだ?」
結子が時任に渡すはずだった紙切れには、室田らが受け取った手紙と同じく仲間を助けたければここに来いと場所が記してあった。久保田はそれを読んだあと、結子に呼び出されるまま付いて行ったのだった。あの時、すでに何が起こっているか分かっていたのに、どうして自分に教えなかったのか、時任はそれが納得いかなかった。
少し不機嫌に寄せられた眉。それでも街灯に照らされた時任の瞳はまっすぐにこちらを見つめていて、久保田は小さく微笑んだ。
「・・・ごめんね。俺の問題だと思ったから」
「あ?」
「彼女、結子サンだっけ。彼女、俺にすべてを話して、芦野を助けてほしいって、言ったんだよね」
「ああ、そんなこと言ってたな」
「芦野は俺を嫌っていたんだろうけど・・」
『芦野先輩は、憎んでるっていうけど、きっと本当は久保田先輩の事が好きなんです・・』
『・・・・ええっと・・、それは・・』
『す、好きっていうか、なんていうか、久保田先輩を乗り越えたいって思うあまり、久保田先輩に近づきたいって、生徒会に入って。あの眼鏡だって、視力いいのに真似したりして・・。あまりに強く思うあまり、嫌いになるってことありますよね。きっとそれだと思うんです』
『って言われてもなぁ、俺、そいつ知らないし・・』
『お願いです!こんなことやめさせてください!私には何もできないけど、久保田さんならきっとっ・・』
時任と別れたあと、結子から聞かされた話。
狙いは自分であり、精神的に傷つけるために仲間を誘拐したのだと聞かされた。
それはつまり、すべての元凶は自分にあるということで。・・まぁとっても不本意なんだけど。と付け加える。
元々付き合っていた芦野と結子、荒磯執行部のコンビに助けられたと話したことが、芦野の策謀の火種となってしまった。少なからず責任を感じていた結子は協力しつつ、どうにかそれを止めたいと悩んでいたのだった。
結局、芦野の計画の果ては、結子の望むものではなかっただろう。なにしろ芦野の怪我は全治3ヶ月。それでも何やらふっきれるところがあったらしく、怪我が治るまで世話をするといった結子に芦野は大人しく頷いたという。
本日見舞いに行ったという桂木情報だ。
怪我の具合と、またこんなことが起きてはたまらないと、敵情視察を兼ねてのことだったらしいが、芦野はすぐに謝罪をしたらしい。
初めは自分の存在を、久保田の記憶に強く残こしたいと企てていたのだが、あの時、時任を殴ったのは衝動的だったという。
久保田の時任を見る目に、駆け巡った激しい嫉妬という感情。自分が欲しくて欲しくてたまらなかった、久保田と肩を並べるその位置。そこに悠然と、当然のように立つ時任に、敵意はすべて向けられたというわけだった。
中学からの思いをずっと引きずってコトを起こしただけあって、芦野のねちっこさはピカイチだと察した桂木は、今後は変な気を起こさないよう苦言を差しにかかったのだが、芦野は今回かなり痛い目を見た上、生徒会からも停学の処罰を受けさすがに懲りたようだった。
結果、久保田の携帯にかかってきた桂木の報告は「ちょっかいを出してくることは、もうなさそうよ」という内容。
”あんな二人を見せつけられたら、自分の感情など馬鹿らしくなる。”ですって、と付け加える桂木は、携帯の向こうで盛大な呆れ顔を見せているに違いなかった。
・・・まぁ、どうでもいいけれど。と煙を吐き出すと、時任がむっつり顔をしかめた。
「なんだそれ、相変わらずモテモテじゃねぇーか。つーかそんなことのせいで俺は怪我をしたのかよっ」
「うーん、そういうことになるかなぁ」
「くーっ!なんか納得いかねー!」
「ごめんね?」
「・・なんで謝ってんだよ」
「まぁ、つまり、狙いは俺で、俺のせいなわけだから。だからあの時も俺が後始末するしかないかなぁーって、ね。でも結局時任が来て、執行部勢ぞろいになったけど・・」
「ふーん。――じゃあ、ますます俺に話すべきだったな」
「・・なんで?」
「お前のせいなら、俺のせいでもあるから。相方なんだから当たり前だろ?」
「・・・・・・」
レンタイセキニン・・・。
一蓮托生・・。――運命キョウドウタイ・・?
どれもしっくりこない言葉を思い浮かべながら、考えるように眼鏡の奥の細い瞳が、ちらり明後日の方へ行って・・、そして再びその強気な瞳を見返す。
フンと鼻を鳴らすような勢いで堂々と言い放つ時任に、久保田は口元を緩めて頭を垂れた。
――ま、なんでもいっか。・・こうしていられるなら・・・。
「・・・次からそうします」
「とーぜんだ!」
ようやく満足したような笑顔に、微笑み返して。
そしてまた二人で歩き出した。
暗闇を辿る帰り道、ゆっくりと二人、肩を並べて歩いていく。
そこは当たり前にある、二人だけの居場所。
真っ暗な道に、ほのかに浮かびあがる街灯と、煙草の明かり。月のない夜には、それは心許ないもので。
それでも二人で歩く闇は、―――ひどく温かだった。