久保ちゃんが撃たれた。
追われる身である以上敵の動きには敏感だったはずが、人混みの多い街中での狙撃は予想外だった。
狙われたのは俺なのか、久保ちゃんなのか。
どちらにせよ久保ちゃんが避けずに弾を撃ちこまれたのは、流れ弾が他の人に当たる危険を考えたからだと分かる。
銃声でパニックになったその場に崩れ落ちる久保ちゃんを、俺はどうにか東湖畔まで運んだ。
震える手と激しく鳴り響く自分の鼓動を叱咤して。
だけど・・。
「危険な状態です」
神妙な面もちのモグリの言葉の意味が分からずしばらく絶句した俺に、モグリは話を続けた。
「弾は取り出せましたが、急所を掠めていました。意識が戻る様子もありません。非常に危険な状態です」
「っ・・・!!な・・、んだよそれ・・」
のどが渇いたように張り付いて、俺はどうにか声を絞り出す。
「・・手は尽くしました。治療はこれ以上は無理でしょう。しかし・・治療以外の手ならあります」
「!?」
真っ暗な絶望がぐっと胸に押し寄せるなか、俺はモグリの言葉に顔をあげた。モグリは顔色一つ変えず、あるハナシを俺にしたんだ。
「あなたが本当に久保田君を救いたいのなら、ひとつだけ方法があります。特別なお代は頂きませんが、それはあなたの命の危険がある方法といえるでしょう」
久保ちゃんを助ける方法・・。
考える時間なんていらない。俺は一つ返事で返した。
「教えろ」
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「こちらへ」
部屋の奥に地下へと続く階段があった。モグリにつれられるままその薄暗い道を下るとコンクリート壁の無機質な部屋へ通される。
その奥に、その扉はあった。
ふつうに隣の部屋へと続く扉なのかと思いきや、そうでないという。
「この扉は、過去への扉です」
「は?過去・・?」
あっけにとられたように問い返すと、モグリはいたって普通に答えた。
「タイムマシーン、という言葉を聞いたことありませんか?この扉をくぐると時間を遡ることができるのです」
「・・・時間を?・・・んなSFチックなハナシ。・・まさかだろ」
真面目な顔で話すモグリに、俺は目を大きくした。訝しげな様子に気づいたモグリが、少し目を細めて続ける。
「とあるところから仕入れたのですが、恐らく本物ですよ。この扉にあるシステムに戻りたい時間を入れて、そして扉を開ければいいのです。」
大真面目に話すモグリは不思議なもんで。他のヤツだったら到底信じられないようなことが、うっかり信じてしまいそうになるような、この男はそんな独特の空気を持っている。
嘘か誠か。扉についてある認証システムとやらに数字を打ち込み扉をくぐるだけで過去へ行けるらしい。
半信半疑ながら俺は聞き返す。
「つまり、数時間前に戻って、撃たれる前の久保ちゃんを助けるってことか?」
「ええ。しかし問題はあります。このタイムマシーンの安全性が全く保証しかねるという点です。・・以前数度人体実験を行いましたが、誰一人戻ってきた者はいませんでした。本当であれば指定した時間に、自動的に戻ってこれるはずなのですが・・。彼らが無事に過去にたどり着けたのかさえ分からないのです。時空を曲げるとはかなりの大きな力のようなので、肉体が耐えきれずバラバラに飛び散ったか、もしくはどこか全く違った空間へと飛ばされたのか・・。」
「・・・・・・・・」
「この素晴らしい機械の所有者として、私もぜひとも知りたいところです。―――ですから、時任君。分かりますか。私にとっても貴方が成功することがメリットとなるわけですよ。」
「・・俺が生きて帰ることが、アンタへの報酬ってわけか。」
「ええ。」
モグリはにっこりと微笑んでこう続けた。
「ああ、それから、使えるのは一度のみです。成功か否かはともかく、人の身体では一度の往復が限界でしょうから。・・時任君、もし貴方がちゃんと望んだ過去へといけるのなら、他に使い道もあります。たとえば、あなたのその右手。あなたの忘れた過去を探るために使うという手も」
「・・!」
「自由に行けるとして、あなたには道があるということです。あなたの記憶を取り戻すか、もしくはこのまま命を落としてしまうかもしれない久保田君を救いにいくか・・。どうしますか、時任君」
いつものように柔和な表情で言うモグリを俺はじっと見据えた。すべてを信じることはできないにしても、確率がある以上は賭ける価値はあると思った。
「行く。」
はっきりと言うと、モグリはふっと穏やかに笑って目を伏せる。
「どちらをご所望でしょう」
その様子がなんだか鼻について、俺は眉を寄せた。
「そんなの決まってんだろ!久保ちゃんを助けに行くんだよっ。俺の過去なんかより、久保ちゃんの方がずっと大事に決まってるだろ!どんなことをしてでも、久保ちゃんは死なせねぇ!!」
久保ちゃんを助けることができるのなら、俺はなんでもする。俺にできることがあるのなら、やるに決まってるだろ。
そして、必ず生きて戻ってくるんだ。
「貴方の決意、よく分かりました。では数時間前にセットしましょう。」
そうして俺は扉の取っ手を握った。
久保ちゃんのあの穏やかな瞳が、再び俺の目を見つめる瞬間を願って――――。