気まぐれ
―――生き物を持って帰ることなんてあったっけ?
あのとき、肩にかついだ手負いの動物の重みを感じながら、ふとそんなことを考えてた。
小学生の頃、クラスの子らが、よく捨てネコを拾っただの、傷ついた鳥を持って帰って世話してるだの話していることを思い出したが、自分にはそういう経験もなかったし、話に興味もなかったし、
第一、何かしたいことを思い立つということ自体、あの頃にはなかったんだと、思い返して納得した。
―――そっか、そうだっけ。
何かに興味を持ったり行動したりという、たぶん自我というやつが、俺に芽生えたのはおそらく、中学の頃。
刑事をやってる叔父さんと一緒に暮らし始めてから・・だったと思う。
それでも興味を持ったのは、麻雀くらいだったけど。
だからたまたま帰り道で見つけた傷ついた少年を、拾って手当してやる気になったのは、俺の気まぐれとしか言いようのない出来事だった。
「久保ちゃーん、夕飯何にする〜?」
「時任のパスタ、食べたいなぁ」
「そういや最近作ってなかったな、よし!待ってろよ、俺様特製のウルトラスペシャルパスタ作ってやる」
「・・缶詰のミートソースだけどね?」(小声)
あれから1年、衰弱していた少年はすっかり元気になった。
少年が俺を”久保ちゃん”と呼び始めたのは、多分少年の気まぐれで・・、
拾った少年を”時任”と名付けたのも俺の気まぐれだ。
時任がここで暮らすようになったのも、気まぐれだったのか。
それでもあのとき手をさしのべた時任に、しがみついたのは俺の方で・・。
そしていつの間にか、俺はこの少年を手放せなくなっていた。
自分の名すらも覚えていない真っ白な時任に、”久保ちゃん”と呼ばれる度に、くすぐったいような、温かいものが胸にこみ上げた。
外出するようになって、そのたびにちゃんとうちに帰ってくることに少し驚きながらも、そのうち帰る時間が遅くなったりすると、俺は妙に落ち着かなくてうろうろしたりして。
俺にこんな過保護な面があるとは驚きだった。
なんて思いながら、パスタをゆでる時任の後ろ姿を見つめていると、時任がくるりと振り返り、思い出したように言った。
「そういや久保ちゃん、今日の昼間、留守中さ、知らない男が来たぞ。居留守使ったけどな」
「・・ふうん?どんなヒト?」
「あんま見えなかったけど、スーツ着た、リーゼント気味のおっさん」
「そ・・・」
居留守の使い方教えておいてよかった。
おそらくあの男だと思った。
組を抜けてから、もう1年。調べようと思えば俺のマンションなんてすぐ分かったんだろうけど、なんで今頃現れるかな?
俺の留守を狙って来られるなんて、ほんと迷惑。
自然と目が険しくなる。
男の目的が自分であれ、時任であれ、害をなす人物であることはよく分かっていた。
面倒だなぁ・・先に片づけておくか・・
俺がそんなことを考えながら、時任のウルトラスペシャルパスタを食べていると、時任はきらきらした目で俺を見た。
「どうだ?やっぱうまいか!?」
「うん、もう最高」
「だろっ!やっぱ俺様、何やっても天才だなっ!」
時任は得意げに笑いながら、嬉しそうにパスタを頬ばる。白いシャツの袖や胸元に、ソースの染みをつくりながら。
俺はそんな時任を見て、自然と口元がほころんでいることに気づいた。
すごいなぁ、さっきまで最悪の気分だったのに、お前は一瞬で俺を楽しくさせてくれるね。
これだから、無邪気なお前の笑顔も、俺の与えることしか知らない無垢なお前も、もう手放すことなんてできないんだ。
だからさ、時任。
お前が俺の傍にいたいと思ってくれるうちは・・・、お前のこと独り占めしてもいいかな?
誰にもお前の美しいまでの純粋さを、汚すことは許さない。
・・・嫉妬深い俺だけど、いいだろうか。
気まぐれから始まったとはいえ、なんにせよお前に出会ってしまったのだから、仕方ないっしょ?
自嘲的な自分の思考に苦笑しながら、俺は自分の”気まぐれ”に、心から感謝した。
そして、大切なモノを守るために、自分の黒い手をさらに黒く汚すべく、行動をおこした。
むむむ・・;
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