時任は歩いて、バスを乗り継いでまた歩いて、そしてやっとのことその場所にたどり着いていた。
まだ薄暗いため、少々不気味に感じるが、目的地の神社である。
長い階段を上った先にある鳥居をくぐり、まずは参拝をすませる。お金はゲーセンで使い果たしたため、お賽銭はない。
「1円玉くらいもってくりゃよかったかな・・」
そう呟き、あたりを見回して、目印である大きな岩を見つけた。その岩に対をなすように反対側にあるもう一つの岩も。
「これか・・」
時任はようやく昇り始めた太陽の光を感じながらその岩に触れた。冷えた早朝の空気よりもひんやりと冷たい岩に触れながら眉間にしわを寄せる。
――こんなマネ恥ずかしくてできるかよ・・・
顔が赤いのは日の出が照らしているからではない。まさか自分がこんな神頼みみたいなマネをするとは思わなかったのだ。
そう、これが『縁結びの岩』だった。
久保田が女子に誘われたというその場所に、どうして時任がいるかというと・・、それは本人にしても不本意であるのかもしれない。
「一緒に行こうなんて、女みてぇなこと言えるかっての・・・」
恋に悩んだ女子が好むような乙女チックな場所に、誰が行きたいと思うだろうかと眉をしかめる思いだったのだが、久保田が自分と行きたい場所があると聞いた時、なぜかここを思い出した。
それは思い違いなのかもしれない。けれど、何かを感じたのも確かだった。
そうして時任はルミ子に、この場所を教えてもらったのだ。
ルミ子は時任の頼みに快く地図を書いてやると、移動のバスカードまで持たせてくれたのだった。
旅行日程では今日が寺院巡りだったため、どちらにしろみんなでここにくる予定ではあったが、時任はどうしてもその前に来ておきたかった。
理由は例の『縁結びのまじない』をするため。みんなと一緒にそんな恥ずかしいまねができるわけもない。誰かを想ってここにいるなんて姿、誰にも見られたくなかったのだ。
そう、たぶんたった一人をのぞいては・・・。
ひとけのない静かな寺院で、時任は岩を背に目を閉じた。
ここから目を閉じてまっすぐ一方の岩まで歩いていく。
そしてまっすぐ行けたら・・、意中の人と『永遠』に結ばれるという。
意を決して前へ、歩みを進めた。
視界のない暗い世界での歩みは、かなり遅い。
目を閉じて歩くっていう行為がこんなにも不安なものだとは思わなかった。進む道が見えない恐怖は、言い知れぬ怖さがある。灯りなしで手探りで歩く道の先は、生きていればきっと、だれもが考える未来への不安のように見えないものなのかもしれない。
しかし、時任は迷わなかった。
何も見えなくとも、向いている先は一つだった。
(誰だってそうだろ。不安とか考えりゃ多分、いっぱいあるだろうし、先のことなんか分かるわけがない。・・だけど、たぶん、―――大丈夫だ。俺は、まっすぐ歩いていける・・。
きっと、くぼちゃんが、隣にいてくれるかぎり・・・・)
傍にいない久保田を想って、一歩一歩、しっかりと地を蹴って歩む。
そうしてまっすぐに伸ばした指先に冷たい感触を感じたかと思うと、突然背中から温かな物に包まれた。
驚いて目を開ければ目の前には確かに触れた大きな岩。時任は、まっすぐにたどり着けていたことよりも、背後の温かさに目を開いた。
後ろから自分を包み込むように抱きしめていたのは、時任のよく知る、たばこの臭いがする大きな手だった。
目を閉じていても分かる、ただ一人の温もり。
「くぼちゃん・・」
振り返らずに名を呼ぶと、すぐ側で低い声が響く。
「時任・・、ねぇ、何を想って歩いたの?」
「・・・それは・・」
「俺と、ずっと結ばれてくれるの・・?」
声色で少し微笑んでいることが分かる。ドクドクと背中に伝わる鼓動が穏やかで、心地よかった。
「・・まぁ、たどりついちまったからな・・。こうやってさ」
そう言って冷たい岩の感触を確かめて笑うと、久保田はひときわ強く抱きしめた。
「・・くぼちゃん。くぼちゃんの来たかったところってやっぱココ?」
抱きしめられ体を預けたままそう聞くと、久保田が耳元で囁いた。
「そうだよ。ほんとはもっと早く仕事終わらせてこうやってしたかったんだけど、ちょっと手間取っちゃって」
「ったく。心配させやがって・・」
「ごめんね。」
くんくんと首筋に鼻をすりつける久保田に、時任がくすぐったそうに笑う。
「まぁいいや。あのヒト、ルミ子。いいやつだったな」
「そーね、バイト代弾んでくれたからね。これで時任、気兼ねなくラーメン替え玉してくれていいから」
「・・ってくぼちゃんまさか、俺の食費稼ぎのためになんて言うんじゃねぇだろーな。俺はそこまで大食らいじゃねぇぞ」
「まぁまぁ、生活費も安泰よ」
冗談を言うように笑い合って二人は温もりを分け合う。
そして向きあうと、どちらからともなく小さくキスをして、強く抱きしめ合った。
久保田の香りに包まれると、真っ暗な景色も、未来への不安も恐れも、思い浮かばなかった。
この温もりに甘えて、前だけを見ていたいと思った。
それが、たとえ誰かに『お前は逃げている』と言われようとも・・・。
彼女が新しい生活を、一番大切な人を守ろうとしたように、こうして自分も自分の大切な人と、前に進んでいけるのだと―――。
(だってさ、俺らはこれで『永遠』に結ばれるんだろ?)
お賽銭も払わずムシが良すぎるかなと、神様がいる場所を見て笑った。
何もない暗闇で、唯一の温かさが全てを包み込んでくれたように、この大きな手はずっと自分の傍にいてくれると、信じている。
だから真っ暗な道でも、まっすぐに歩いていきたいと思う。
たぶんそれは、長い長い道のり。
目的地はずっと先でも、きっと。
君と二人で