「なぁ、久保ちゃん。これが仕事なのか?」
「そ、こうやって校内を歩いて、風紀が乱れていないかチェックするのが執行部のお仕事」
俺たちはあれからのんびりと校内を歩き回っている。授業を終えた生徒達は部活動に精を出す時間らしいが、校舎では数人の生徒とすれ違う程度だった。
すれ違う生徒らが久保ちゃんを見て振り返ったり、女の子がキャーキャー言ってるのを見て、やっぱ久保ちゃんは学校でも人気があるらしいと分かる。
「ふーん、でも意外だよな。久保ちゃんが学校行ってるだけでも驚きだけど、こんなことしてるなんてさ」
「まね。知り合いに強引に入れられちゃってね」
久保ちゃんが?強引に?・・・・相手は怪物か?
「さっそくお仕事発見〜」
「へ?」
久保ちゃんはそう言うと、すたすたと非常階段に向かった。そこには階段に隠れるようにして数人の男子生徒が集まっているようで、近づくと一人の小さな生徒を挟むように2人のガラの悪い生徒が何か声を上げているようだった。
「これじゃあ、ゼンゼン足りないよ〜」
「で、でも僕もう持ってません・・」
「それじゃあ誰かに借りてきなよ。ぶつかったのはそっちだろーよ、病院代ぐらい払うのがジョーシキだろ?そうだな、あと2万で勘弁してやるからさ」
あ・・・、これって・・。
1年生らしき小さな生徒は涙目で明らかに震えている。
俺はそれを見た瞬間、一気に頭に血が上った気がした。
気がついたら、久保ちゃんが口を開こうとするのを押し退けて、そいつらの前に走り出ていた。
「お前らっ!なにしてんだっ!!」
「なんだぁ?どこの1年だお前?」
「見たことねぇカオだな、キレイな顔した坊主、痛い目みてぇのか?あぁ?」
ガラの悪い男らが、一斉に俺を見て悪態をつく。俺は奴らを睨みつけた。
「おいそこのヤツ!泣いてねぇで、言い返せよ!腐った野郎にやる金はねぇってな!!」
「なんだとコラァ!!やんのか!?」
二人は怒声をあげながら右手を振り上げるが、そんな弱っちいパンチが当たるわけもない。俺が避けながらそいつらの腹に蹴りをいれると、いとも簡単に吹っ飛んだ。
「あ・・?なんだぁ、めちゃくちゃ弱いな、こいつら」
あまりの不甲斐なさに呆気にとられていると、久保ちゃんが笑いを噛み殺したように口を出す。
その言葉に俺はなるほど、と納得することになった。
「はいはーい、そこまでね。とーきとう、だめじゃないの。こいつらはただの高校生なんだから手加減してあげないと」
・・・ああ、そっか。
こいつらは今までの命を狙うようなやつらとは違うんだ・・。
「く、久保田っ!?」
「な、なんでお前がっ!」
「今日は久しぶりに執行部のお仕事なんだわ。で、どうする?今なら逃がしてあげてもいいけど?」
「お、お、覚えてろよ〜!!」
そいつらは久保ちゃんの顔を見て青ざめると、慌てた様子で逃げ去った。
俺はそんな奴らに本気になったことに、申し訳なくて・・。
「久保ちゃん、ワリィ・・。俺つい手が出ちまった」
「まぁいいんでない?あのくらいならね」
優しく笑みを浮かべて煙草に火をつける様子を見ながら俺はなんだか違和感に包まれる。
いつものように煙草をふかす久保ちゃんは、俺のよく知る久保ちゃんで・・。なのにここは学校っていうところで、制服に身を包んだ久保ちゃんのもう一つの居場所でもあるんだ。
これまで人を殺したり、殺されるよーな目にも合ってるような俺らとはまた違う世界なのに、久保ちゃんはごく自然にその空気になじんでいて・・。
決していやな感じじゃないんだけど、ここには俺がいない空間。そこに久保ちゃんが当たり前に存在することが、なんだかサミシイっていうか、胸がぐっと苦しくなった。
「ねぇ時任。お前もさ、学校に行ってみない?」
「・・へ?」
唐突な久保ちゃんの言葉に、俺は面食らった。
冗談っぽく笑ってみせるけど、多分本気だと分かる。
「で、でも、俺は・・・」
普通とは、違うーーー。
そう言いかけた言葉を全て分かっているというように、久保ちゃんは微笑んで話を続けた。
「それでも普通の十代の生き方、少しくらい体験してみたってバチ当たんないと思うけど?」
「久保ちゃん・・」
「大丈夫。俺みたいなヤツでも普通に通ってるし」
それが一番説得力あったりする。
俺がどうしようか答える前に、か細い声が間に入ってきた。
「あ、あの・・・」
「ん?」
そのときやっと、さっきまでカツアゲされてた生徒がまだそこにいることに気づいた。
「ああ、さっきの。大丈夫かよ?お前、もっとシャッキッとしろよな」
「ご、ごめんなさい」
言ったそばから縮こまり謝る様子は、とても俺らと1コ違いとは思えない。
「ああいうやつらはすぐつけあがるからねぇ」
「ああ、強気に行くのが一番だ」
「あ、あの・・」
「なんだよ?」
まだオドオドした様子の生徒に俺が顔をしかめると、その生徒は顔を赤くして、だけどすごく嬉しそうな満面の笑みで、俺たちを見て言った。
「ありがとうございました!!」
たぶん、かなり勇気をふりしぼったんだろうと思われる大きな声で。
「・・ああ」
驚いて久保ちゃんを振り返ると、久保ちゃんはすごく優しいカオで俺を見て笑った。
校舎を執行部へと戻りながら、俺はなんだか胸が温かくなっていることに気づいた。
たぶん、そういうことなんだろうな。
久保ちゃんがなんで辞めずにココに通っていたのか、少し分かった気がした。
ジャンソーに入り浸ったり、運びの仕事をしたり。常に身の危険を伴うような生き方をしてきた久保ちゃんが、ココではただの学生で・・・。
周りの奴らも一人の久保ちゃんという生徒としてつき合う。
なんて平和なんだろーって思うけど、それって俺にとっても久保ちゃんにとっても、貴重な体験なのかもしれない。
危険のない普通の生活が、何よりもほっとするのは当たり前のことで・・。
「なぁ、久保ちゃん」
「ん?」
「もしかして、俺をココにつれてきたのって・・そういうつもりだったのか?」
「そういうって?」
とぼけるように微笑む久保ちゃんに、俺はそれ以上問いつめることはしなかったけれど、代わりに腹をくくった俺の決心を伝えてやった。
「久保ちゃん、俺も、学校行きたいかも」
「そう?」
「ん。なんか、こういうのって悪くねぇし。それに、俺一緒が行けば、久保ちゃんもサボらず通うだろ?」
「そうね、時任一人だと危ないからね」
「何がだよ?執行部入っても不良に負ける気なんてしねぇよ」
「まぁそうだろうけど。・・って、執行部も入るのね」
「だーかーら、久保ちゃんと一緒なんだから仕方ねぇだろ。俺様がいたほうが久保ちゃんもうれしいだろ?」
「はい、嬉しいデス」
「よし、決まりだ!じゃ来週からな」
「急だねぇ。手回しして編入間に合うかなぁ〜」
(ま、いっか、楽しそうだし。それよりもとりあえず・・・)
「ここでも危険人物から時任を守らなきゃなぁ。そっちのが大変かも?」
久保ちゃんは訳の分からないことを呟いてたけど、俺はすごくワクワクしてた。
多分ここで、友達を作ったり、さっきみたいに悪いやつらをやっつけたりするんだろう。