新米教師ビンビン物語【8】

 


 

それから数ヶ月後の春―――。



教育実習を終えた俺は教育免許を取得し、無事大学を卒業。

就活を頑張った甲斐もあり、今日からホンモノの教師となる。長年の夢が叶い、これからも気に入っていたマンションに住むことができるわけで、俺としては嬉しいかぎりだ。

・・まぁ、俺が今住んでいるのは、ワンルームの301号室ではなく、その上の階の401号室なんだけど。

これからは家賃も無理なく払っていけるというのに、久保田が一緒に住もうと言い張った結果だった。


「部屋は広いし、どうせいつも俺んち泊まるじゃない。家賃がもったいないっしょ?俺、家事も得意
だし、いい奥さんになると思うけど?」


そう言って譲らない久保田に、俺が根負けした形だな。

まったくほんと都合のいいときだけ、わがままなヤツ。


「よし、準備完了」


真新しいスーツに身を包み、鏡をチェックして俺は大きく深呼吸した。今日から社会人一年生とあってはピシリと気合いも入る。


「おはよう・・、あれ、今日は早いね?」


火をつけたばかりの煙草をくわえた、寝ぼけ眼の久保田がリビングに入ってきて、細い目をぱちぱちさせた。


「おはよ。当たり前だろ、初日なんだから」

「なんだ、一緒に登校できると思ったのになぁ」

「恥ずかしくてできるかよ!ただでさえ教育実習の時に噂になってんのに!」


そう、なにせ俺の就職先はこいつの通う荒磯高等学校なんだ。久保田はあと1年とはいえ、俺たちは正真正銘の教師と生徒。こいつとこーいう関係であることは、絶対に秘密とあって、とにかく気が抜けない。

だけど、久保田はコトが分かっているのか、いないのか。

「別にいいっしょ。ほんとのことなんだから」と、のうのうと言ってのける。ぜってー分かってねぇだろ。

橘のことだってそうだ。あの日、変な薬を使って俺をあんな目にあわせた橘は翌日から3日間学校に来なかった。

3日後に現れたときはナニ食わぬ顔で普通に接してきたが、どうやら誰かとやりあって怪我をおっていたという噂だった。

喧嘩や暴漢にしても、空手師範の奴に怪我をさせる相手って、なかなかいねぇだろ。

俺はもしかして・・と久保田を問いつめたが、久保田は意味深に笑うばかりで。

もしそうだとしたら、教師に手を出すなんて、こいつには危機感がないのか。

まぁ、別の意味で俺も手を出されてるけど・・。


「――って、そういう問題じゃねぇ!だいたい、お前が変な風に言うから噂になったんだろうが!」


ほんとに、こいつはいっつもこれだ。

周りのことなんて興味なし。誰になんと言われようとおかまいなしだ。自分のやりたいようにやるし、それ以外は見えてない。

こいつが興味があるものといったら・・、たぶん、俺ぐらい。

そう考えて妙に照れが入る俺。

まぁ、しょうがねぇよな。超絶美青年の俺が傍にいたんじゃな。俺以外に目がいくわけもねぇし。

妄想に入っていた俺に、久保田が楽しそうに聞いてきた。


「なにニヤケてるの?」

「べつに、ニヤケてねぇし」


人の思考を読んだかのような余裕の笑み。お前のその顔の方がニヤケてるっての。

いざ出かけようという俺を、玄関まで見送ってくれた久保田を見上げる。


「お前今日バイトか?」

「うん。学校から直接行くから帰りは遅いかもね」

「ったく。ほどほどにしとけよ」

「ほーい」


このときばかりは年上になれる俺。

驚くことに、このマンションは持ち家らしく、家賃はナシという有難い環境だった。俺が働き始めればこいつがバイトをする必要もないんだけど、どうやらバイトだけは譲れないらしい。


「だって、二人で暮らしていくにはイロイロ物入りだし、お金があるに越したことはないでしょ?」


そうは言ってもこいつのバイトってのが、夜の街での麻雀屋ということを聞いて、さすがに心配になった。先生達の噂は、あるイミ間違っちゃいなかったわけだ。

それに傷害事件を起こしたって話しも事実だったみたいで。女絡みってのは特にそういう色恋沙汰とかじゃなく、要するに人助けで巻き込まれてのことだったらしいけど、そんな危ない場所ばっか行ってるから、んな目にあうんだ。

俺がそう言っても、「はいはい、気をつけます」と微笑むばかりだからしょうがない。


久保田という男は全てにおいてかなり規格外で、変わった奴だけど、今では俺の同居人で、友人で、兄弟のようで、そして恋人でもある。そんで今日からは俺の生徒でもあるわけだ。

靴を履いて振り返れば、にっこりと微笑む長身の男。

久保田は宣言通り家事はほとんどやってくれて、ほんとこうやってると、旦那様を見送る奥さんだ。


「あれ時任。ネクタイ、曲がってるよ」

「お、さんきゅ」


そうそう、こうやってネクタイ直してもらったりしてさ、こういうのってなんか、悪くない。


「・・って、なんでネクタイゆるめてんだよ?!」


久保田はなぜか胸元をゆるめ、シャツのボタンを2つほどは外していた。


「ん〜、ちょっと忘れ物?」


かわいらしく首を傾げて、ニッと笑う。いやな予感がして、胸元を押さえるが、遅かった。


「わっ!!」


両手をそれぞれ拘束され、久保田が首筋に顔を埋める。ちりっとした痛みに、何をされたのかはっきりと分かった。


「ちょっ!!久保田っ!見えるとこにアトつけやがったなっ!!!」

「だいじょーぶ、ぎりぎりのところだから、ちょっと動いた時にチラリ的に見えるくらいよ。それがまたイイよね〜」

「ばかっ!ジャージに着替えたら間違いなく見えるだろーがっ!!」

「だって、まだ俺のモノって知らない奴がいたら困るから。ちゃんとつけとかないとね。」


くっそ〜!こいつのキスマークってなんかしらねぇけど、なかなか消えねぇんだよな。

久保田は今度こそネクタイを直してくれながら、思い出したように口端を上げた。


「ああ、それから。今俺のことなんて呼んだ?はい、言い直し〜」

「うっ・・。」


こいつのペースだってのはよく分かってる。俺は自然と頬が赤くなるのを感じながら、一気に言った。


「わ、分かったよっ。く、”久保ちゃん”、いってきますっ!」

「はーい、いってらっしゃーい。あとでね。」

「ううっ・・」


まったく、恥ずかしいったらない。

あいつはあんなんだけど、年下だぞ。なのになんで俺は呼び捨てで、あいつのことは”久保ちゃん”って呼ばなきゃなんねぇんだよ。

あの日、一つだけ約束するなんて簡単に言っちまったのが間違いだ。


『これからは俺のこと、愛情を込めて可愛く”久保ちゃん”って呼んでね?』


ベッドの中での卑怯な約束に、毎回対抗しようにも、いつも俺が負けてばかりで。いつも久保田を受け入れるのに精一杯で・・。今日こそは、と気合いを入れてもいつもあいつを喜ばせるばかり・・。

というわけでしぶしぶ俺は、「学校以外で」という条件つきで、その約束をさせられたわけだった。


「ときとーセンセ」


マンションから出たところで、上から俺を呼ぶ声がした。振り返るとベランダで手を振る久保田の姿。何事かと思えば、久保田は穏やかなくせに、よく通る声で言った。


「体育館の倉庫とかで、逢い引きしようね〜」


ぎゃーっ!!朝っぱらからなんてことっ!!大声で言うなぁ!!

道行くサラリーマンや女子高生たちの不審な視線が痛いっ。

体育倉庫だぁ!?そんなとこでナニすんだよっ!


「ばっかやろっ!だ、誰がんなとこでするかぁ!!!」

「あら、じゃあどこでならいいのかなぁ〜」


楽しそうな久保田の声に、ハッとする俺。今のは無視するべきだったと気づいてももう遅い。

黄色い悲鳴をあげた女子高生らの制服が、これから足を向ける荒磯の制服だったことに、思わず頭を抱えたくなる。

ああ、もうこれで間違いない。

この首筋のキスマークと今の話が流れれば、俺は再び間違いなく噂の的だろう。


教育実習の初日と同じく、今日も俺にとって最悪なはじまりになりそうだ。

だけど俺はとりあえず、ため息の代わりに大きく深呼吸をする。

見上げれば、空は青くて。真っ白な雲と太陽の光がまぶしい。

俺は可愛げのない奥さんに見送られながら、自然とほころぶ口元を引き締めて、学校へと走り出した。



鳴木沢様vこのたびは本当にすてきなリクをありがとうございましたv(≧▽≦)v
なんとか完結に至りましたが、裏ありギャグあり(?)のパラレルで想像とは違っていたかもしれません(汗)心情表現の乏しい庵ですので、お捧げするのが恥ずかしくもありますが、
少しでもお暇な時間のお供になれていたら、これ以上の幸せはございませんvv庵にとって大好きな設定なので、いつかまた続編が書けたらいいなと思います☆
またメールにて報告&お礼をさせていただきますのでよろしくお願いしますv(●⌒∇⌒●)

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