埋没     
  



色んなモノに埋もれて忘れられた記憶。

 

俺の場合、昔の記憶っていったらそんなものばかりだ。

 

詫びさ、渇望、焦燥、諦め、無気力。

様々な感情が様々な記憶とともに、薄れ忘れ去られていく。

 

決してこちらへ向けられることのなかった手に、焦がれていた頃もあったような気がする。

もうそれすら思い出せないけれど。

 

 

『俺が要るって言え。』

 

『―――うん、要るみたい。』

 

 

不意に思い出したのは、一度だけ自分から重ねた手だった。

 

 

 

「久保ちゃん、どうしたんだ?」

 

夕暮れの河原。

赤く染まる空や色を映すその水辺を見るでもなく、浮遊していた意識を引き戻したのは隣から聞こえた時任の声。

 

「んー、いや、ぼうっとしてたみたいね」

 

買い物の帰り道、一服ついでに腰掛けた河原にどのくらいいたのだろうか。時間の感覚は完璧に麻痺している。気づけばさっきよりもだいぶ風が冷たくなっていた。

日暮れも近いこの冬の寒空の下、男二人会話もせず一体何をしていたのやら。

黙って傍にいてくれたらしい時任も、どうやら限界のようだ。

 

「なぁ、もう戻らね?俺寒いし、腹減った」

「そうね」

 

笑う時任に、頬を緩めて顎を引く。

そう言われてみれば確かに腹が減った気がした。

 

子供のように勢い良く立ち上がった時任が、振り返りざまに俺に手を差し出した。

 

「ほら、いくぞ」

 

当然のように、俺の目前に掌を突きつける。

 

温かそうな時任の左手。

かじかんだ指先がその体温を求めて僅かに震えた。

 

 

『ほら、俺の手ならもう、素直にとれるだろ?』

 

 

そんな風に聞こえたのは、幻聴だったのか。

瞠目した俺に、時任は挑戦的な笑みを向けていた。

 

そうだ、あの手はきっと、温かい。

 

俺は小さく笑みを落として掌を重ね、更にぐっとその手に力を込める。

遠い昔焦がれていたものは、この手だったのかもしれないと頭の隅で想いながら。

疑うことなく体を預ければ、時任は迷うことなく俺を引き上げるから。

 

だから何度でも、俺はこうやって時任へと手を伸ばす。

その手を掴めるように。

起きあがれるように。

 

―――繋いだ掌はやはり、温かかった。

 

 

なにも掴めなかった記憶は今。

君の温もりだけに、埋もれて沈む。



  





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