『奪われたくない。誰にも。―――あいつは俺だけのもんだ』
と、心の中の声が言った。
あいつは俺の、たった一人の相方。
そして誰よりも、多分大事な存在だから。
「―――で?ソレ、なんて書いてあったんだ?久保ちゃん」
「まぁ、いつもみたいなカンジ。かな」
「へぇ・・。それで、どうすんだよ?」
「どうって、ねぇ?」
”ねぇ?”じゃねぇっつー!!
ぴらぴらと久保ちゃんの片手に挟んであるそれは、ピンク色の四角い封筒。メールの時代に、ある意味古風なラブレターというやつだ。
裏面には知らない女の名前だけど、今朝直接渡されていたから、相手の顔は俺も見た。
ラブレターはよく久保ちゃんの靴箱に入っているのを見たことがあったけど、直接渡すのは珍しい。
自分に自信がないと無理だろうけど、カワイイ子だったからなんとなく納得した。1年の女子に、こんなキレーなカオした子がいたんだって、この俺が思わずぼやいたほど。
久保ちゃんは首ひねって「そお?」なんて間抜けなカオしてたけど。
相浦に聞いたところ、どうやら1年でも有名な子だったらしく、その子が久保ちゃんにラブレター渡したってハナシは一気に広まっていて、大勢の男子生徒が嘆いていたらしい。
「久保田といえども、あんなカワイイ子の告白を断る男はいないだろ!くそーっ!あの子も久保田だったとはっ!!」・・ということらしい。
確かに、その子はカワイくて・・。多分久保ちゃんのことが大好きなんだろうと思った。俯きがち手紙を渡しながら、白い頬が赤く染まっていて、手紙を持つ手が少し震えていたから。
そんな健気な姿見ちまったら、フツーの男なら、コロッと好きになっちまうんだろうな。
だけど、相手はあの、久保ちゃんだ。
たとえ自分に自信があるやつだって、久保ちゃんに告白するってことはすげぇ勇気がいるんだと思う。
なんせ久保ちゃんは、こんだけ年中モテているってのに、一度も誰かの気持ちに応えたことはないし、それどころか人の恋心ってやつを、どこか面倒くさそうに思っている節があるのだ。
誰かに想われたり、興味を持たれることを、いつもどこか避けていて。そもそも”人”との関わりをなるべく持たないようにしているような気さえする。
執行部のメンバーや俺には、そんなあからさまに隔たりを感じはしないけれど、他人となれば、久保ちゃんはこっちが冷や冷やするほど、平然と冷たく突き放したりするから。
だから、あの子も。多分、久保ちゃんは冷たく突き放すんだろうな。
・・・そう思ってたから、俺は今すっごく驚かされている。
「あの子に会いに行く・・・?」
「そう。返事をくれるなら、放課後に屋上で待ってるって書いてあったから。ちょっと行ってくる。長くなると悪いから、時任、先帰っててくれる?」
「・・・・・わかった」
久保ちゃんの言葉が俺にとってかなり不意打ちだったみたいで、俺は久保ちゃんがその場からいなくなっても、立ち尽くしたように動けなかった。
”長くなると悪い”って・・・、どういう意味だよ。
あの面倒くさがりの久保ちゃんが、女に返事をしにわざわざ待ち合わせ場所に出向くなんて、・・・はじめて聞いた。
いつも手紙なんて読みもしねーくせに。
もしかして、久保ちゃん、オッケーしたりすんだろうか・・。
・・・・・・・・・やべ。俺今、すっげぇショック受けてる。
もし、久保ちゃんが女と付き合うことにでもなったら、俺はどうなるんだろう・・・?
グルグルと胸の中を気持ち悪いもんが駆け回る。自分の立っている場所が、崩れ落ちていくような危うい感覚と、唐突な混乱。
久保ちゃんはいつも俺の隣にいて、傍にいるのが当たり前で。それだけはずっと変わらないと信じていた。
なのに、久保ちゃんに、俺よりも大事なもんができたとしたら・・。
―――俺は、もう傍にいれなくなる・・?
******************
「久保田先輩、来てくれてありがとうございます」
「いーえ。ご丁寧に招待状くれたからねぇ」
「あの・・。・・来てくれたってことは・・、私、期待してもいいんですか?」
ひとけのない放課後の屋上。
日の傾いた明かりが少し眩しいが、その子のカオはよく見える。今朝見た通り、はっきりとした顔立ちで、大きなつり目の瞳が印象的な子。
そういえば、時任がカワイイ子だな、なんて言ってたっけ。あいつが無意識にそんなコト言うくらいだから、多分タイプなのかもなぁと思う。
目の前の子はまっすぐに俺の目を見つめて、どこか時任に似ている気がした。
・・・・やっぱ、あいつは自分が一番好きなんだな。
そう考えて、自然と口元が緩んだ。
微笑んだ俺に、女の子が勘違いしたらしく笑みを見せていて、ああ、そうだったと自分のやるべきことを思い出した。
「えーと。悪いけど、つき合えない。他あたってくれる?」
「っ!」
一気に表情を変わる。可愛らしい笑顔が、凍り付いたようなカオ。
ああ、・・俺的にはそっちのカオの方が、いいと思うんだけど。
余計なことは言わずに、さっさと終わらせようと、俺は本題を切り出す。
「それから、あいつも、ダメだから。」
「え・・?」
「時任も、あんたの友達とはつき合わない」
「!」
そう言うと、彼女は驚いて目を大きくしたあと、キッと眉を寄せた。
「・・・それは、久保田先輩の答えでしょう?・・時任先輩は違うかもしれないですよね」
「どっちにしろ、俺がアンタとつき合うことはないし、アンタの友達に時任を渡す気もないってコト。そういうことでよろしくね」
そう言ってくるりときびすを返す。
元々手紙なんて興味もなかったけれど、目を通してみたのは、この子がもう一人の子と一緒に、よく俺たちを見ていたことに気づいていたからだ。
この子の視線を感じつつ、もう一人の子の視線は常に俺の隣に注がれていて。
その熱い視線が、どうにも気になって仕方なかった。
「美佳はっ、私の友達は、本気で時任先輩が好きなんです!けどあなたがいつも隣にいてっ・・。時任先輩と久保田先輩は、別に恋愛関係ってワケじゃないんでしょう!?だったら、久保田先輩に邪魔する権利はないですよね!?」
・・・・・はぁ。やっぱり簡単にはいかないか。
気の強い女は嫌いじゃないけど・・。
そう考えながら余裕のない女の声に、振り返る。
それでもやっぱり、めんどくさいなぁと思いつつ、タバコに火をつけて、笑みを作った。
「なるほどね。友達のためってやつ?それで俺に近づいて時任と引き離そうとしたってこと?・・友達想いだねぇ。」
「わ、私、私も本気で久保田先輩が好きです!その気持ちは本当ですっ!だから、だから私たち二人で、先輩達と近づきたいって・・」
「面倒くさいなぁ・・。友達同士でダブルカップルってやつ?そんな茶番につき合うほどヒマじゃないんだけど」
「っ!!ひどいっ・・。こんなに好きなのに、久保田先輩はひどいです!!」
男は女の涙に弱いってよく言うけど、俺にとっては目の前にいる涙を浮かべた女の子は、ホントウに面倒以外の何者でもなくて。俺は大きくため息を吐いた。
さっきよりも鋭いまなざしで睨みつける女の子のカオは、どうしてそんなに一生懸命になれるのか不思議なもので。
愛と憎しみは紙一重とかいうけど、そういう感情って、ホントウに邪魔だと思う。
そういう感情ってのは、人を思わぬ行動に走らせるから。俺にはそんな経験はないけれど、そういう変な想いが加わると、人間は余計に複雑に物事を考えるもの。それがまたより面倒でしょうがない。
俺はまぁ、ともかく。時任は優しいからなぁ。情に流されて好きでもない女の子を受け入れ兼ねないから、心配だし・・。
時任のことについては、ホントは俺が出る幕じゃないとしても、時任の隣というただ一つの特等席を、奪われるかもしれないってのは、どーにも我慢ならなかった。
邪魔する奴がいたら、どんな手を使っても排除する。
それだけ、時任の隣は、大事な俺の居場所だから。
うん。
多分、それが俺のホントウの気持ち。
*******************
「オレ、何やってンだろ・・」
ぽつり呟いて階段の先を見上げた。
”一人で帰る気にはなれなかったから”、それが理由。
屋上へ続く階段を上りながら、腹ン中で言い訳を考える。
一段一段上る足がひどく重く感じるのは、久保ちゃんが女といるところを見たくないせいでもあった。
あれからしばらく教室で考えていたけれど、居てもたってもいられなくて。
だからって、こうやって久保ちゃんの傍に向かったって、しょうがないのかもしれないけど。それでもやっぱり、久保ちゃんの隣に行きたかったんだ。
扉に手をやると、僅かに開いた隙間から、久保ちゃんの声が聞こえた。その声の低さに思わずビクリと動きをとめた。
「何度も言わせないでくれる?ムリ。アンタに興味は全くないし、俺らの間に入る権利もあんたらにはないよ」
「――!!」
冷たい突き放すような久保ちゃんの声。
なんて、なんてヒドい言い方。ここまで冷たくあしらってるのも初めて見た。いくらなんでもこんな言い方はないんじゃねぇか?
隙間から見えた女の子は、息をのんで青いカオをしていた。
ズキリと胸が痛むと同時に、腹の中で広がる温かみ。
なんだこれ。
・・・・俺、ホッとしてる・・。
あんなヒドい言われ方して傷ついている女の子がいるってのに、俺は久保ちゃんが断ったことにホッとしてて、ほんとなら相方として、久保ちゃんを怒ってやらなきゃなんねぇぐらいなのに、俺は・・・。
「さ、サイテイっ!!」
そんな声にハッとして、気づけばその子が走ってきて、扉が開いた。
「あ・・・・」
「っ・・・!」
俺と鉢合わせしたことに、ヒドく驚いた女の目から、ぽろぽろと涙がこぼれていて。
間近で見てしまった俺は、「わりぃ」と小さく言う。
「――あなたもっ、サイテイっ!!」
「・・・・へ・・?」
あまりの驚きに唖然。目を吊り上げて叫ぶように怒鳴って、バタバタと走り去っていく女の後姿を呆然と見送った後、フェンスにもたれかかってタバコを吸う久保ちゃんの傍に歩み寄った。
「・・・なんで俺までサイテイなんだよ・・」
ぽつりと言えば、久保ちゃんは小さく笑って俺に目をやる。
「・・のぞき見してたからでない?」
「のっ、のぞき見なんてしてない!今来たとこだし、俺はおまえを迎えに来ただけだっつーの!」
「そ。じゃあ、帰ろっか」
そういって当然のように俺の肩に腕を回す。その重みが心地よく感じる。だけど・・・。
間近で大粒の涙を流す女のカオ。怒っているようで、傷ついたような悲しげな瞳が、ギリリと胸を締め付けた。
「・・・お前は最低じゃないよ。最低なのは俺だから」
考え込む俺に気づいたのか、久保ちゃんが穏やかに笑って言った。俺が気にしないように、気遣ってくれてるんだろう。
優しい、――俺には、優しい久保ちゃん。
―――――俺の方がサイテイだ。
俺は今、すっごく安心してる。
久保ちゃんが俺の隣にいることが、こんなに嬉しいなんて・・・。
俺はなんてヒドい奴なんだろ。
だけど、それでも、・・・誰にも渡したくない。
だって、久保ちゃんのものは俺のものだから。久保ちゃんの隣にいていいのも、久保ちゃんを信じていいのも。
全部、俺だけのものだから。
久保ちゃんは、誰にもとられたくない。
俺の唯一の居場所。
心の中の声がそう言う。
久保ちゃんがどう思っていても、それは変えられない想いなのだと。
口にすることはなくても、それがたぶん、俺のホントウの気持ち。