いつから、だっただろう?
ちらり、とこんな風に横目で久保ちゃんを見るようになったのは。
いつもきっちり重ね着して露出の少ない久保ちゃんの肌が、ふと見えた瞬間、なぜかやけに気になって目が離せなくなって。たしか、そんな視線の変化が始まり。
外に出てればそんな隙はないものの、二人で過ごす部屋では・・、久保ちゃんは驚くほど、無防備だったりするから。
たとえば今だって。
風呂から上がった久保ちゃんは、上半身裸のままタオルを頭にひっかけて拭きながら、冷蔵庫を開けている。何かを探すように指が動いたのは、眼鏡をはずしているせいで目的のものが見つからないせいだ。
ようやくみつけたミネラルウォーターを煽っている様子を、俺はソファから盗み見ていた。
風呂上がりは特にマズイ。
なにがマズイって、いつも顔色一つ変えない久保ちゃんの肌がほんのり色づいて、やけになまめかしいのだ。
くっきりと浮き上がった鎖骨と引き締まった胸に、骨格の割には細すぎる腰。
人それぞれ違いがあるとはいえ、俺と同じ男のカラダ。
なのに、どうしてこんなに、目を引かれてしまうんだろう。
食い入るように目を奪われたまま、動けなくなって。
ドクドクと高鳴る鼓動はそれだけで飽き足らず、次の欲求を発している。
――――触れたいのだ、と。
俺はいつもそんな自分の反応に、困惑して。それでも抑えきれずに、少しの罪悪観を感じながら、隠れるように視線を送る。
眼鏡をしていないとはいえ、久保ちゃんは俺がこんな目で見ていることに、とっくに気づいているんじゃないだろうか。不躾な視線に居心地の悪さを感じながら、それでもこうして盗み見ることを許してくれているんじゃないだろうか。
そんな疑問がわき起こって、いたたまれなくなった。
「俺も風呂、入ってくる・・」
小さくため息を吐いて視線をはずし、風呂へ向かった。
見ていたのは俺の勝手なのに、一瞬解放された気がするのはなぜだろう。
まったく、自分が理解できない。いや、もともと過去の記憶さえない、訳の分からない自分なんだけれど。
それでも覚えている記憶の中で、こんな気持ちを持ったことはないはずだった。
こんな感情に気づいたのはごく最近で。いつからなのかとか、なんでなのかとか、マジで全く分からない。
ただ、俺は、こういうとき、一人になりたくてたまらなくなる。
・・・というか。一人になるしかなくなる。
そりゃあそうだろ。カラダがこんな状態じゃあな、と裸になった自分の足下を見下ろして再び息を吐いた。
―――マジで。なんなんだよ、一体・・・。
自分に悪態をつきながらも、次に起こす行動は決まっている。シャワーを全開にして、そっと左手を下に滑らせて。
「・・・っ」
すでに緩く立ち上がっていたそこを扱くとすぐに固くなった。そのまま快感を追うように上下する手の速度を速める。
「っあっ・・」
小さな声も反響してしまうから、声を堪えて快感に耐えながら・・、思い浮かべるのは、いつも。
―――久保ちゃんの姿。
何度、こうやってシタんだっけ・・?
考えるのもバカらしくなるくらい、俺は何度も久保ちゃんに高ぶって、欲情して。
こうやって久保ちゃんを思い浮かべては息を荒げて欲望を追い立てる。
熱に浮かされたように何度も久保ちゃんの名を呼んで。
久保ちゃん、久保ちゃん、久保ちゃんっ・・。
「――あっ・・!」
もし、あの肌に、触れられたら・・。
そう思った瞬間、温かいものが掌に広がった。
「はっ、はぁ・・」
息を整えながら、どっと脱力して座り込む。
風呂場は便利だ。事後の痕跡は簡単にシャワーで流せるし、未だ残るような気がする濃い空気はそのうち湯気で消える。
だけど、カラダはずっと火照ったままで、頭の中から久保ちゃんの姿が離れなかった。
こうやって一人で処理するたび色んな欲求が高まってきて、どうしていいか分からなくなる。
久保ちゃんはどう思うだろうか?
男に、よりによって一番近くにいる俺に、こんなことされてるって知ったら。
・・・いや、間違いなく、引かれるだろ?
俺はマジで、変態なんだろうか。
街で目にするどんな可愛いより、久保ちゃんのどう見ても男らしい顔にときめいて。
柔らかそうで、か細い女のカラダより、固くて細くてゴツゴツとした久保ちゃんのカラダに触れたいなんて。
やっぱ変態以外の何者でもないだろ。
「時任、たまに長風呂だよねぇ」
風呂上がりに突然そんなことを言われたもんだから、一瞬フリーズした。バレたかと身構えたが、久保ちゃんはいつもと変わらぬ様子で、ソファで雑誌を手にしたまま顔だけこっち向いて微笑んでいる。
「溺れてるんじゃないかって心配した」
あからさまにホッとしてしまったのをごまかすように「あんな浅い風呂でおぼれるかよ」なんて口を尖らせて言う。
「けっこう多いみたいよ?眠っちゃったら危ないじゃない」
「・・寝ねーよ」
寝る暇なんてないっつの。こっちは勝手に反応する下半身を鎮めるのに、いっつも大変だっつーの。とはもちろん言えるはずもなく。
「・・もー、寝る」
「うん、今日はベッド?」
「いや、昨日使ったから。今日はソファでいい」
「そ・・?じゃあ、・・オヤスミ」
「オヤスミ」
雑誌を置いて久保ちゃんが立ち上がったソファに、すれ違うようにして腰を沈める。寝室に向かった久保ちゃんを意識しつつ、ドアが閉まった瞬間に長い息を吐いた。
いつからか、こうしてベッドとソファを交互に使っている。理由は簡単、シングルベッドに男二人はキツイから。
・・というのは建前で。
ここで暮らすようになった頃は、こんなこと気にもせず一緒にベッドで寝てたけれど、一度気になってしまえばそんなこともできるはずもない。
狭いベッドは否応なしに密着する形になって、反応する体で何度焦ったことか。
だから仕方がないんだ。今更となりで寝ようものなら、久保ちゃんの寝息も寝顔もその体温も、俺のちっぽけな理性では太刀打ちできないほど、どうしようもなく体を熱くさせるのだから・・。
けれどそれと同時に寂しくも感じる。隣の温もりが心地よくて安堵して眠れた日もあったのだ。
体を寄せあって目を閉じれば、その間にたとえ世界が暗闇に包まれようとも構わないと思えるほど、すべてが満たされている気がした。
過去を思う孤独とは無縁の、無心に心休まる眠り。
そんな温かな幸せをもう二度と感じることができないと思うと、ひどく悲しくもあったけれど。
全部、自業自得。
俺はもう、無心であの温もりのそばには、いられない。
深夜、寝室のドアを開けて静かに足を踏み入れる。
夜目に慣れているせいで、はっきりと見える久保ちゃんの端正な顔立ち。
しっかりと閉じられた瞳と規則正しい呼吸で、眠っていることを確認して。・・・じっと見つめてみた。
・・・男前だ。やっぱその一言に尽きる。
男くさいほどイイ体してるくせに、顔はやたらと綺麗で、肌も滑らかで。
そっと、手を伸ばして頬に触れると、指先に伝わる温もりにトクリと鼓動が鳴った。
・・なんでだよ。なんで前みたいに簡単に触れないんだよ?
少し触れただけで、こんなにも胸が早鳴る。
俺はただ久保ちゃんの隣で、なにも考えずに眠りたいのに。
意志とは無関係に体は熱くなって、別のことを求めている。
自然と指先は輪郭とたどるようになぞって、形のよい唇へ触れた・・、そのとき。
「―――っ!」
唇に触れていた左手が、突然ぎゅっと掴まれてビクリと震えた。反射的に引きそうになる手をとどめるように強い力で握られる。
視線をさまよわせると、いつの間に起きていたのか、久保ちゃんの瞳はしっかりと開いていて。
「・・く、くぼちゃ・・」
「・・なんで?」
「え・・?」
「なんで、そんな苦しそうなカオしてるの?」
「・・・!」
目が、逸らせなかった。眼鏡をしなくとも表情が分かるほど近い距離で、ぶつかった視線。俺の内側を探るように、じっと久保ちゃんの静かな瞳が様子を窺う。
「そ、そんなカオしてな・・」
「――どうしたい?」
「・・は?」
ごまかすのは許さないとばかりに、久保ちゃんの問いが俺を攻める。けれど、どうしたいとは、一体どういう意味なのか。
「時任は、俺を・・、どうしたいの?」
「・・・・・っ」
思わず息をのむほど、真剣な顔で。けれど声はとてつもなく優しく、甘い。
ビクリと震える手は、未だ捕まえられたまま、俺は目を瞠って体を強ばらせた。
どうしたい・・?
そんなの、決まってる。
だけど、それを口にしたら、久保ちゃんは・・・。
「触れたいなら、―――いいよ?」
「ーっ!!」
絶句した。まるで見透かされたような一言と、頷いて優しく微笑む表情。俺を優しく引き寄せるようにさらに腕を引かれて、至近距離でその両目を見下ろす。
触れても、いい?・・ホントに・・・?
疑問は口には出さずに、ようやく自由になった左手を、おずおずとのばす。指先が再び頬に触れて、すっと唇まで辿ってなぞる。
それだけでぞくりと体が震える。
胸が熱くて苦しくて、次の行動を起こさなければ、どうにかなってしまいそうな錯覚に陥る。
それを見越したように、誘われる。
「次は・・?」
「・・・キス、・・したい・」
「――うん、いいよ」
「・・っ」
咄嗟にぼろりと出た本音に驚くが、久保ちゃんの反応にも驚きを隠せない。本当にいいのかと、視線を合わせた先には、やはり優しく微笑む久保ちゃんがいて。
胸が、ひときわ強く高鳴った。
頬を包むように触れて。引き寄せられるように近づいて、目を閉じる。
温かな感触が唇を伝い、久保ちゃんの匂いと甘さに酔う。
しばらく触れたままでいると、久保ちゃんがうっすらと口を開いて舌先が唇に触れる。ビクリと体を震わせながら、同じように唇をなめ返す。
ぎこちない舌先が触れあい、そして優しく絡まった。
そこからは、夢中だった。
初めてのキスは、わからないことだらけのはずなのに。何度も角度を変えながら、吸い上げ絡めていく。応えるように絡む舌が、体を熱くさせた。
本能の赴くままに、久保ちゃんの唇を貪る、そんな激しいキス。
「ん、っ・・ふッ・・んぅ・・」
静かな部屋に、足りない空気を求めて漏れる俺の吐息と、淫らな水音が響く。
苦しさに距離を取ると、唇に繋がる糸は切れないまま、強く引き寄せられ再び唇が重なった。
シングルベッドで、まるで久保ちゃんを押し倒すような体勢で、何度も舌を絡め合う。
―――ヤバイ。
さっき風呂で処理したばかりなのに、あまりの刺激に自分の中心が張りつめていく。久保ちゃんの腰にあたっていると思うと羞恥で顔が熱くなる。
思わず腰を引くように離れて、目を開いた久保ちゃんと至近距離で見つめ合った。
「はっ・・、く、久保ちゃん・・」
「・・・ん」
「俺、・・ヤバい、から。も、これ以上は・・」
ムリ、と体を起こそうとした瞬間、突然視界が反転した。
背中に軽い衝撃を受けたかと思うと、久保ちゃんに見下ろされ、いつの間にか立場が逆転していて。
久保ちゃんは、困ったように笑って、俺の肩口に顔を寄せた。
「・・・俺も、ヤバイ・・かも」
「え・・・?」
首筋にあたる、吐息にゾクリとする。
「ねぇ、お前、最近変だったっしょ?・・その原因って、こーゆーコト、だよね?」
「久保ちゃん、・・知ってたのか・・?」
「うん。・・だって、俺も、だし?」
「!」
そう言いながら、密着した久保ちゃんの体の一部、熱く変化した部分が腰にあてられる。
久保ちゃんも、欲情している。その事実を受けて、自分のことはどこへやら、一気に全身が火照った。
「くっ、久保ちゃんっ!なんでっ・・?」
「なんでって・・。・・シタイから?」
「し、シタイって。な、にを・・・」
「ソレ、聞いちゃう?」
「あっ・・!」
Tシャツの裾から入ってきた掌にビクリと体を強ばらせている間に、その手は一気にズボンをめくり下着の中に入ってきて、直にやんわりと握られた。
「やっ、ヤメっ・・・!」
「・・触るだけだから」
「んっ・・」
優しく耳元で囁いて、耳朶を甘噛みされるだけで背筋に快感が走る。さらに固くなった中心を久保ちゃんの手がゆっくりと上下する。
「あ、ああっ・・」
突然のあり得ない状況に頭が真っ白になりながらも、一気に快感の波が押し寄せて、体が震える。
ヤバイ、そう思いながらもあまりの気持ち良さに、その手に全てを委ねてしまいたくなる。
ぬるぬると滑りがいいのは、たぶん、先走ったものが手伝ってのこと。
自分の手とは比べものにならない感覚に、煽られた。
マジで、ヤバイ。信じられないくらい、気持ちイイ。
うっすら目を開ければ、久保ちゃんの瞳の奥に確かな欲望の色を認めて、手が伸びた。
久保ちゃんのズボンの中に手を入れて、固く反り返ったモノを引き出し握ると、目の前の瞳が驚いたように小さく見開かれた。
「時任・・」
「久保ちゃん、・・一緒に・・」
タガがはずれるって、こういうことなのか。
素面だったら、絶対にできない。いや別に酔ってるわけじゃないけど。
だけど、絶え間なく与えられる快感に喘いで、一人で感じてるなんて耐えられない。
どうせなら、一緒に。久保ちゃんと一緒に、気持ち良くなりたい。
一度抜いているせいで少しは余裕があるものの、今にも達してしまいそうな自分を叱咤しながら、久保ちゃんのものを追い立てる。
お互いのモノを扱きながら、熱い吐息を漏らす。その水音に、視界に映る卑猥な光景に、煽られ追いつめられる。
「っ・・も、ヤバ・・」
「時、任・・、一緒に」
「んっ・・」
噛みつくような口づけに、塞がれて。深く舌を絡められ、一気に限界に向かった。
「んん―――っ!」
「っ・・」
声にならない吐息を合図に、視界が白くはじけ、
温かなものが、二人の手を濡らした。
久保ちゃんは腹が汚れるのも気にせず、息を整える俺を抱きしめるように体重を預けてくる。
・・・えっと。なんで、こんなことしてんだっけ・・?
真っ白だった頭が、徐々に回りだして、今のこの状況を改めて理解して、同時に沸いた疑問。
ずっと触れたくて、久保ちゃんをそういう目で見ていたのは事実。それで、久保ちゃんも実は俺を・・、
「く、ぼちゃん・・」
「・・・うん」
耳元で頷く声がくすぐったい。名前を呼んだだけなのに、俺の問いを理解したかのように、何かを肯定している、穏やかな声。
「あのさ、」
「うん・・」
「久保ちゃんも、変態だったんだな・・」
「・・・・まぁ・・、そうね」
そうか、そうなんだ。
久保ちゃんも、俺に触れたかったんだな。
同じように抱いていた、お互いへの欲望。
すごく偶然な気もするし、こうなってしまえば当たり前のコトのような気もしてくる。
「・・・お前、限定だけどね・・」
ぼそりと付け足した言葉が、俺の胸を温かくする。
この感情をなんと呼べばいいんだろう。
ひどく気恥ずかしく、くすぐったさもあるけれど。
「あー・・、時任」
「・・あ?」
体を起こした久保ちゃんが、また、あの困ったような顔で微笑んだ。
「くっついてたら、また・・」
こんなんなっちゃった・・。
目線を追いかけて辿った先にあるものに、気づいた途端顔に熱が走る。
「ばっ、久保ちゃんっ・・」
今更だ。今更だけどさ。
「ね、もう一回・・、シヨ?」
「・・・しょーがねぇなぁ・・」
変態同士なら、別にいいんじゃねぇ?
気づけばカーテンから淡い色が漏れている。
もうすぐ夜明け。
たぶん、あの朝日が眩しく輝く頃には、俺たちは眠っているはず。
ようやく無心に、久保ちゃんの隣で。