お花見しましょ

 


 「おっそーいっ!久保田君!時任!!あんたら買い物に何時間かかってんのよっ!」
今にも愛用のハリセンを振り上げんばかりの剣幕で、桂木は手を腰に当て、仁王立ちで二人を迎えた。
そこは学校の裏山近くにある小さな公園。春休みにも関わらず執行部員は桂木の召集の下、集まっていた。
例年よりも早く満開を迎えた桜を愛でようという、鶴の一声だった。
初春とはいえ辺りは徐々に薄暗くなり、ピンクの花びらを含んだ冷たい風が吹き抜ける。
じゃんけんで負けた時任の買い出しに久保田が付き合うと言い出して、すでに小1時間経っていた。タンクトップ1枚という薄着の室田はガタガタと震えている。
「そーですよ!いつまで久保田先輩を付き合わせるきですかぁ」
藤原の猫撫で声に「うるせー」と眉をしかめたのは時任だ。
「んなこと言ったって!久保ちゃんがセブンじゃなきゃヤだって言うから遠回りしたんだよ!」
両手に抱えたビニール袋を差し出しながら口を尖らせていた。
「ごめんね、そこのコンビニ、セッタが切れててさ。はい。コレおでんと温かい飲み物。どうぞ」
そう言いながら久保田の口には2本目のセッタが咥えられている。
「お、さんきゅ。おれのコーヒー、緑茶は松原だよな。えっと室田はココアと・・、あ、ビールもあるじゃん♪」
相浦が受け取ったビニール袋は4つとも食糧でパンパンだった。
室田と松原もそれぞれお目当てのものを手に取り、ビニールシートにみんなで輪になるように座った。
「久保田先輩、あの、僕のホットティーは??」
ビニールを探りながら、藤原が情けない声を上げるが、久保田はおろか誰もがスルーだ。
「まったく、体が冷えちゃったじゃないの」
「はい、桂木ちゃんはコーンポタージュね」
「あら、ありがと」
抜け目のない桂木は薄手の毛布を持参して肩にかけている。それでもご機嫌斜めだったが、桂木の好きな飲み物を手渡すとどうにかお怒りも収まったらしい。
「僕のホットティーぃぃ・・」                            藤原が一人涙を流すが面々は特に気にした様子はない。いつものことだ。
「さ、はじめましょ!今日はお花見なんだから!」
桂木の一言で宴会は始まった。
大きな桜の木の下で食べ物を広げ、いつものように騒ぎ始める。
「あっ!時任、から揚げ一人占めすんなよ〜」
相浦が最後の一個を取ろうとすると、藤原がここぞとばかりにちゃちゃを入れた。
「そうですよっ!時任先輩って意地汚いんだから!久保田先輩、こんな人から離れて僕と一緒に桜を見ましょうよ〜」
「あ?うるせぇよっ藤原!久保ちゃんにスリ寄ってんじゃねぇよっ!!」
「それは時任先輩じゃないですか!久保田先輩を独り占めするにもほどがありますよっ!」
「だまれブサイク!俺はいいに決まってんだろっ!」
「ぶ、ブサイクってっ!それはアンタの方じゃないですかぁっっ!」
時任と藤原は、久保田を取り合うように両脇から言い合いを続けていた。いつものことである。いつものように公務中であれば、強湾にしなるハリセンが二人を黙らせているに違いなかった。しかし今日は桂木の動きも遅かった。呆れたように小さく息を吐いただけである。
裏山には桜の木が少ないが、この公園にはひとつだけ大きな木があり、咲き誇るその花も見事だった。そのうえ人通りも車通りも少ない。こんなお花見に最適な場所なら、普通は花見の客で賑わい、藤原にでも場所取りをさせない限りなかなか空いているはずもない。しかしさすが桂木が見つけた場所である。ここは穴場のようで、すっかり執行部員の貸し切りになっていた。近くに建物もない場所だったおかげか、周りを気にせずとも騒げる場所だと判断できるようだった。
そんな騒がしい中、相浦と時任はゲームの話に盛り上がり、筋トレを始めた室田と松原は武士道について熱く語り始めている。桂木はお菓子を啄みながら頭上に広がる見事な花々を見つめていた。藤原は何とか久保田の隣を死守しながら、舞い散る桜を久保田に見せようとしている。
「久保田せんぱぁい、見て下さいよ、綺麗なピンクの花ビラですねぇ。僕らを祝福してるようですよね〜♡」
相浦のゲーム話に乗っていた時任も、藤原の言葉に思わず鳥肌を立てていた。
「なぁ〜にが、祝福だ。気色悪ぃこと言いやがって!」
「あんたには言ってませんよーだ」
「祝福どころかお前を見て桜も青くなるっつーの」
「しっつれいな人ですねっ!!」
またしても始まった不毛な言い合いを止めたのは意外にも松原だった。
「そういえば。桜の花びらがピンクなのは、人の血の色って本当ですか?」
「は?なんだよ、それ」
何かの小説で読んだことのあるという松原の話に時任が首をかしげる。
「ああ、よく言うあれでしょ。桜の木の下には死体が埋まっていて、その血を吸ったせいで花ビラがピンクに色づいたっていう」
桂木がそう言うと、なぜか真実味があるらしく一同は眉をしかめた。
「げ、なんか気持ち悪・・・」
「久保田先輩、僕こわーいですぅ」
「てめぇ、久保ちゃんに近寄るな」
ここぞとばかりに久保田の腕にすり寄る藤原を引きはがすが、久保田はぼーっと桜を眺めながら淡々と話しだした。
「まぁ、ありえないよねぇ。日本中にある桜の下には必ず死体があるなんてありえないし。
・・言うなら世界で一番初めにできた桜の下には死体が埋まっていて、その血を吸って花ビラが色づいた。そして何らかの遺伝子作用により、そこから分けられていった桜の枝すべてがピンク色の花を付けるようになってしまった。とか?それなら考えられなくもないよね。散る花に儚さを感じるのは、そういう背景があるからっていうのも聞いたことあるし。」
「なるほど」
室田らがふむふむと納得していると、時任は別のことで疑問を持ち久保田を覗き込んだ。
「・・久保ちゃん?どうかしたのか?」
妙に饒舌な久保田が、何からしくない気がしたのだ。
「ん?どうも?」
久保田はいつもの細い目で可愛く首をかしげて見せる。
「・・時任、こっちおいで」
すると突然、久保田が時任を引き寄せた。
「あっ!なんだよ・・、久保ちゃん」
強く引き寄せられるまま、久保田の膝に納まった時任に、久保田はしっかりと後ろから抱き締める。
「時任、俺が温めてあげるよ」
「く、く、久保ちゃん・・・??」
明らかな久保田の愛情表現に藤原は泣き叫び、相浦と室田は視線をさまよわせる。
松原は「あたたかそうですね」と素直な感想を言い、桂木に盛大な溜息をつかせた。
桂木が少し気分を変えようと飲み物を探していると、久保田の近くにあった瓶に気づく。
「・・ちょ・・、まさか久保田君、これ全部一人で飲んだの?」
空になった1升瓶の蓋をあけると、日本酒特有の匂いが鼻をついた。
強い酒の匂いに桂木が顔をしかめる。
「く、久保ちゃんっ・・・まさか酔ってんのか?」
久保田の強い力に抱き込まれ逃げ出せずにいた時任も目をパチクリさせる。
「ん?ちょっとだけね」
そう言ってごく近い距離で優しく微笑まれ、時任の顔が赤く染まった。
普段二人で酒を飲む事はあっても、久保田が酔う姿など見たこともなかった。
時任はいつも先に酔いつぶれて寝ているらしく、気づけば朝になっていることがほとんどだったのだ。
久保田は時任を後ろから抱きこんだまま、限りなく顔を近づけていた。
見た目は変わらない久保田だが、みんなの前でのこの態度は、明らかに酔っているようだった。
「久保ちゃんっ・・やめろよっ・・こんなとこで・・」
時任は赤くなりながら、わたわたとその腕から逃れようともがくが、大男の囲いからは抜けれそうもなかった。
相変わらず泣きながら突っ伏す藤原をよそに、相浦も大きく息を吐いた。
こうなっては止められる人間は数少ないことを知っているのだ。けれどその数少ない桂木は
ハリセンを振り上げる気力を失っていた。酔っ払った久保田に何を言っても意味がないと悟っていたのか、それとも学校以外でその気力を使うことが無駄な努力だと考えていたのか。・・おそらく両方だろう。
かと思えばくっつく二人を温かそうだと言った松原に、室田がごくりと唾を飲んでいた。
「松原も・・温かくなりたいのか?」
高鳴る鼓動を抑えながら室田は言ったのだった。おそらくそうであれば正当な理由の元
松原に触れることができると思ったのだろう。けれど松原は笑顔で「ええ」と答えると
「さぁ、稽古をつけましょう!動けばすぐに温かくなります」
と、至極松原らしい意見が出たのだった。室田が心で涙を流しながらも稽古の相手になったのは言うまでもない。
目の端で2つのバカップルを捉えていた桂木はさらに溜息を深くし、頭を抱えている。
こうなっては、もうどうしようもないのだ。見て見ぬふりをする。それが賢明な判断だった。こうして桂木は当初の予定通り、舞い散る美しい桜を眺めながら、花見を楽しんだのだった。
ショックで伸びている藤原はいいとして、残された相浦は最悪である。
室田らの稽古に交わるわけもない。ましてや今にも唇がくっつきそうなほど近づく久保田と時任に話しかけることなど、できるわけもない。一人部外者を決め込んだ桂木に近寄り
仲間入りしようかとも一瞬考えた。しかしそれはそれで不機嫌な桂木の言葉の攻撃というトバッチリに合う可能性も十分考えられた。どれを選んでも、ある意味一番の被害者なのかもしれなかった。
「時任、ほら、あーんして」
「あ、いいよっ・・・んっ・あっいいってば、久保ちゃん・・」


「・・・・」
もうどうにでもして、と残ったビールを一気に煽った相浦だった。


ちゃんちゃん♪
荒磯お花見です。
なんておちもない荒磯ですね;
久保ちゃんが1升瓶でやっと酔っ払ってくれました。
酔うと本性が出るといいますが、まだほろ酔いのようです。だって久保ちゃんがマジ酔いしたら・・
裏にしかならないはずです(笑)
桂木ちゃん、せめて相浦くんの相手してあげて・・

 

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