「久保田ってマジ怖ぇえよな〜、こないだなんてさ、煙草ふかしてただけなのに蹴り入れられてさ〜、3日間は痛くて歩けなかったぜ」
「そうそう、あいつ自分は煙草吸ってるクセ、人にはひでぇよな。なんつーか、マジ性格悪っ!」
「・・・・・・・・・」
ふと足を止めたのは、不意に耳に入ってきた、”久保ちゃんの悪口”のせい。・・悪口というか、それは多分、ほぼ本当のことだったけど。
久保ちゃんはタバコ吸いながら「喫煙はハタチになってからね〜」なんて平然と言って、人のを取り上げたりするから納得いかないのも分かる。
「そういやさぁ、あいつイヤにモテんじゃん。カオは確かにイイんだけどよー、かなりこっぴどくフってたの見たぜ」
「俺も俺も。かわいそーにな、相手の子結構カワイイ子だったけど、泣きながら走って帰ってたぞ」
・・・・・・まぁ、それもホントのことだな。
”アンチ久保田派”。
巷じゃそんなモテない男等のグループがあるらしい。そりゃ執行部を気に食わないやつもいるだろうから、仕方ねぇんだけどよ。
でもやっぱ久保ちゃんの悪口って、聞いてて気持ちイイもんじゃない。
非常口のたまり場で聞こえてきた会話に耳を澄ませていると、次々に飛び出す久保ちゃんの悪い噂バナシ。
移動教室で忘れ物を取りに行っただけだったから、ここでフケてるやつらなんかを取り締まるつもりはないんだけど、俺はつい足を止めて聞き入っていた。
ここに久保ちゃんが一緒にいたらどんなカオするんだろ、と思ったけど、間違いなくあいつは気にもしないんだろう。
人が何を思おうと、何を言われようと。あいつの中には何も入っていかない。それがどんだけ罵詈雑言でヒドイ言葉で罵られようとも、きっと変わらない。
何も考えてないように見えて、自分っていうものを崩そうとはしないやつ。
確かに久保ちゃんは結構ヒドイところがあると思う。
誰にでも柔らかくて優しいようで、その実たぶん、どーでもいいと思ってる。たぶん死のうが生きようがっていうレベルで、周りの人間にも興味がないんだ。そういうのは、よく感じていた。
・・あいつが興味があるものなんて、ほんと数少ないからな。
告白された女の子に即答で「ごめんね、君にキョーミないから。」と断わって泣かせていたのを何度も見たことがあるし、公務の時に、手加減せずにやって相手に重傷を負わせたことも事実。
・・・そうなんだけど。
やっーぱ、納得がいかねぇ。
なんでよく知りもしない相手に久保ちゃんのこと悪く言われなきゃなんねーんだ。
結局黙って見ている気にはなれなかった。
「てめぇらっ、こんなとこでなにしてやがる!」
「っげぇっ!と、時任!!お、俺らはなんもしてねぇよっ!煙草だって吸ってねぇしっ!」
「うるせぇ!!久保ちゃんの悪口は俺がゆるさねぇ!!」
「ぎゃぁぁあ!!」
**********
「あれ、時任。その手どーしたの」
戻ってきた俺を見てすぐに久保ちゃんは言った。あまり見てないようで、かなりの洞察力に一瞬口ごもる。
「・・別に。ちょっとぶつけただけ」
「あらら、ちょっと待ってな。」
狭い非常口で暴れたせいで、壁にぶつけた傷だらけの左手に、久保ちゃんはそっとバンソーコを貼ってくれた。
「ほい、できた」
「・・さんきゅ」
俺がよく傷をこさえるからと、常時久保ちゃんのバッグにはバンソーコが入っている。
ハンカチもティッシュも持ち歩いたこともねぇような面倒くさがりな男なくせに。
こういう優しさを知ってるのは、たぶん、俺だけ。
執行部に向かう途中「ああ、ちょっと待ってて時任」と、久保ちゃんが思い出したように中庭へ歩いていった。その先で女の子が待っていることに気づいて、ああ、またか、と息を吐いた。
遠目で見ていると、突然女の子が俯いて泣き出した。久保ちゃんはぽりぽり頭かきながら、その子を一人残してこっちに戻ってくる。いつものように、のほほんとタバコをくわえて・・。
・・ああ、やっぱヒデェ男だな。
「・・ただいま」
「おかえり。早かったな」
「まぁ、いつものことっしょ。」
「まぁ、そーだけど・・・」
「――俺には心に決めたヒトがいるからねぇ」
「・・・・それじゃ、しょーがねぇよな」
イタズラっぽく笑われて、俺は笑みで返した。
ハッキリバッサリと断るのは、変な気を持たせないようにするためだって、知ってる。それが優しさなのかは分からねぇけど、そうやって俺を心配させないようにいつも久保ちゃんはわざと俺に見せつけるんだ。
「おや、お仕事はっけーん」
久保ちゃんの目の先には煙草をふかしている数人のグループがいた。
あれ、こいつらは確か・・。今朝ケチらしてやった、”アンチ久保田派”の奴ら。
「はいはーい、執行部でーす」
「げっ!!久保田っ!!」
さっそく乗り込んでいくと、よっぽどキライらしく後ずさりしながらも久保ちゃんをすごい目で睨んでいる。
「痛い目見たくなかったらおとなしくしてね〜」
「くそっ!!久保田っ!いっつもデカイ顔しやがって!ふざけんなよ!!」
相当たまっているらしく、相手は珍しく食いついてきた。けれど久保ちゃんはぼーっとしたカオで、
「小顔の方なんだけど。それにふざけてるカオしてるのはお宅らだと思うけどなぁ。」
なんて言い返してる。
「なんだとぉっっ!」
血気盛んに殴りかかってきた相手を久保ちゃんは両手をポケットに入れたまま、ひょいひょいと避けて、腹に蹴りを一撃。うずくまって動けない背中を思い切り足蹴にした。
「久保ちゃん、少し加減してやれよ、雑魚なんだから」
「うーん、そうなんだけど。時任に怪我させられたお返ししとかないと」
「へ?」
怪我なんてしたっけと考えてみるが、思い当たらない。そのうち相手は青くなりながら命からがらといった様子で逃げていった。
「あ・・」
もしかして怪我って?と左手のバンソーコに目をやる。久保ちゃんはにっこりと微笑んだ。
非常口で暴れて勝手についた傷、怪我ってこのことか?
っつーか、なんでこいつら相手に暴れたこと知ってんだよ・・・。
「・・・ほーんと、久保ちゃんセイカクわりーなぁ。」
「えー、こんなに素直なイイ子なのに?ひどいなぁ、時任」
可愛らしく首を傾げてみる久保ちゃんに、自然と俺も笑顔になる。
ほんと、しょーがねぇな。
てんで身の回りのことには疎いくせに、俺のことはほんとよく知ってんだ。久保ちゃんは。
洞察力すごいっていうか、めざといっていうか。
「いーんだよ、久保ちゃんの悪口言っていいのは、俺だけだっつーの!」
俺がそう言うと、久保ちゃんは「そうなの?」って楽しそうに笑った。