初めてヒトを殺した日のことは、よく覚えている。
俺は世間一般では、まだまだコドモで。一人で生きていけるだけの力も、やる気もなにもなかったから、それは自分の中にそれなりの変化を与えたということで、頭の隅に残っているせいなのかもしれない。
もしくは、ただ単に鮮やかな真っ赤な血の色が、俺のモノクロの世界にとても映えて見えたせい。その対極のコントラストが、あまりにインパクトがあったせいか。
怒りに任せたわけでも、殺したくて殺したワケでもなかったから、とくに感慨もなかったんだけど。
ただ、真っ赤に散った血は、あまりにも鮮やかで、汚い人間でも死に際はこんなに美しいんだと、ぼんやり思った。
「無慈悲な罪を犯した人間にはそれ相応の死が待ってるぜ。」
誰だったか、あの当時俺を諭そうとする奇特な人間がいた。
ヒトを殺すにはそれなりの苦悩や贖罪の念がつきまとうのだ、たとえそうじゃなくとも来世で罰を受けるハメになるだろう、と男は薄い笑みを浮かべて言った。
何かの宗教の精神論?と首をひねるが、信仰者にはとても見えない。浮かび上がることもできず暗い裏の道ばかりを歩いてきたような男だった。極地まで達した人間だからこその信仰なのかもしれないが、祈りを捧げられた神様は、血生臭い男に何を与えてやるのだろうか。
その男とは確か当時通っていた雀荘で出会ったと記憶しているが、あれから流れた年月もあって、男の手癖以外はぼんやりとして覚えていなかった。
・・覚えていたとしても、何も変わらないのだけれど。
今頃まだ何かを胸に男は懺悔を繰り返して許しを請うているのか、もしくは、すでにチリとなって消え失せたか。
俺はといえば、何も変わっちゃいなかった。
相変わらず何も感じず、何も思わず、ただ生きるために目の前の障害を消す。命の重みだとか、罪の認識だとか考える以前に、いくつ命を消したかとか、アイツに聞かれるまで考えたこともなかった。
―――ああ、そうか。そういえば、一つだけ変わったことがあった。
目の前の道を塞ぐ障害物を取り払うにも、自分の身を守るためにも、アイツに出会ってから、それらが自分のためだけではなくなったこと。
”なんとなく”だったことが、いつの間にか”アイツと生きるため”に変わっていて、それは初めて血しぶきを浴びたときよりも、鮮明に自分を180度塗り変えた。
パンパンッ―――!!
乾いた音が夜の闇に吸い込まれる。
手応えがないなぁ・・そんな風に思うのは、このリアリティのない銃声のせいなのか。
初めて銃を撃った時、衝撃に手がしびれたことをのぞけば、どこか造られた世界のような安っぽさを感じた。それは今も大して変わっちゃいないが、引き金を引く想いは違う。
「はい、終わり」
持ち弾を残り数発のところで、すべての障害物に弾を撃ち込み絶命させ、ようやく時任が安堵の笑みを見せた。
これ以上ここにいても良いことはないと、足早に骸の横を通り過ぎながら、時任が真顔で呟く。
「・・久保ちゃん、1発もはずしてねぇのな」
「そりゃあ、その1発が命取りになるからねぇ。」
「でも・・。人殺しまで、上手くなんなくていいのに・・」
”なにも殺すことはなかったのに”とでも言われるかと思えば、少し寂しそうに俯いた時任の口から出たのはそんな言葉で。
・・・上手く、ねぇ?
何事もそつなくこなせるのは、たぶん自分のセイカク。
これまで興味を持った麻雀や賭事なんかは特に、危険が伴えばその分、頭がしびれるような快感と肌が震えるような心地よさを感じて、余計に上手くなったんだと思う。
コレ、に至っては命かかってるからなぁと、右手にぶらさげた銃を眺めた。
「実戦だからねぇ。死ぬわけにはいかないから・・」
「ん、だけど。これ以上上手くなんなくていいから。そん代わり俺が上手くなる」
「・・どして?」
「どーしても。俺も同じじゃなきゃ、ヤなんだよっ」
つまり俺にあんまりヒトを殺すなってコト?
・・・それはムリでしょ。
そのかわり自分がやるんだと時任は言ってるらしいけど。
それは俺がすこーしイヤだったり。
墜ちるのなら、一緒にって言ってくれてる気持ちは嬉しいけれど、今は俺はしたくて、してるわけだから・・・。
首を縦に降らない俺に時任はじっと眉を寄せて見つめてくるけれど、いくら待ってもそれはできない相談だった。
この世に俺のような人間がのうのうと生きていること自体、至極おかしな話なんだけど、俺がこれからいくらヒトを殺めようが、この世の中、何も変わらないだろう。
俺から時任を奪おうというモノがあれば、俺は喜んでいくらでも殺していくだろうから。
こんな思考は胸に留めておいて、俺は銃を持っていない左手で時任の頬に触れる。
―――この温もりがそばにいてくれるなら、いくらでもうまくヒトを殺せる。
自己中心的かつ、エゴの塊。こんな欲深い人間に、カミサマは少しの慈愛も見せてくれないだろうが、俺もあるイミ、あの男のように極地まで達しているのかもしれないと思った。
それでも俺は変わらない。
おまえが生きたいと願う限り、俺は確実に相手の頭を撃ち抜いていく。
おまえのぬくもりだけを、左手に握りしめて。