時任は、雨の日は、元気がない。
元気がないというか、たぶんあれ。
よく雨の日に、気圧の変化が原因だとかで頭痛がするっていうけど。時任の場合は、それが右手だったりするみたい。
いつものように激しく堪える様子はなくとも、恐らくジクジクとした痛みを感じるのか、テレビゲームをしていた横顔が僅かに歪んだ。痛みに耐えたせいで、右手の力加減が利かなかったのか、コントローラーが右手の中で、パキリと割れる。
それでもなんでもないフリして振り返って、「くそー、また負けたっ。むかついて壊しちまった。ワリ」なんて強がって笑って。
そのカオを見るたび俺は、明日は晴れたらいいなぁ、と窓の外に目をやる。
無理な笑顔が痛々しくて、目を背けずにいられなかった。
「あーあ、昨日の天気予報のお姉さんはしばらく晴れるって言ってたのになー」
「そうだねぇ、お姉さんにも予測できない雨だったんだろうねぇ」
「でもドシャブリはねぇよな。・・・俺、雨ってキライ」
「・・そうね」
正直俺もあまり雨は好きじゃない。外出るの面倒だし、カビも生えるし。・・それに。
あんまり面白くないコトを思い出したりするから。
『―――生きて・・・』
――あのときは何もなかったけど・・。
・・・あのときの約束だけは、まだ破れないから。
******
久保ちゃんは、雨の日は、様子がおかしい。
どっか遠くを見るように、窓の外を眺めては、ぼーっと何かを考えてるみたいで。
俺が雨の日をキライなのは、右手がたまに何かを思い出したようにズキズキと痛み出すから。激痛とは違う不安定に浅く漂う波が、思い出したくない過去のように、底知れぬ不安となって押し寄せる。
それがゆるゆると痛みドコを何度も攻められてるみたいで、心地悪い事この上ない。
けれど、キライな理由はそれだけじゃない。
それは、雨の日の久保ちゃんがいつもと違うってコト。
何を話しかけても上の空みてぇに、何かを考えてるし、それはたぶん、俺の知らないことで・・・。
雨は、この右手のように、久保ちゃんの”思い出したくない過去”も思い出させているんだろうか・・?
ゲームの代わりにつけたテレビをぼーっと眺めていると、久保ちゃんがカラカラと窓を開けて、のんびりと言った。
「雨、あがったね」
「・・え、マジ?」
「ほら、あっちに薄い虹が出てる」
「ホントだ!すげ、俺初めて見たかも」
久保ちゃんの指す方角を隣からのぞき込んで、歓声をあげた。
厚い灰色の雲の隙間から、いくつもの光の筋が差し込み、そこにうっすらと浮かび上がる色彩。
暗かった世界に突如現れた光が、虹が、すっげぇ綺麗で。こんな景色もあったんだと、なんだか嬉しくなった。
気づけば久保ちゃんの横顔も、さっきより穏やかに見えて。
―――右手の痛みが、少しずつ和らいでいく気がした。
柔らかく微笑んだ久保ちゃんと目が合って、自然と笑みがこぼれる。
「雨あがったし、外出よっか?」
「おう!ちょうど腹減ってたし、なんか食いに行こーぜ」
「そういやファミレスで新メニューのパフェがあったなぁ」
「パフェは昼飯になんねーだろ」
「大丈夫。ぜんざい抹茶パフェだから、お餅入ってるし、腹持ちいいから」
「そういう問題じゃねぇし。ま、いいや、早く行こーぜっ」
ジャケットだけ羽織って部屋を出る。
途端に強く香る雨の匂いは、不快じゃなかった。
むしろ、雨で洗われた空気は、いつもよりも新鮮で。
「久保ちゃん、早く。俺、腹減った――」
「はいはい」
雨のアトの残る部屋に、壊れたコントローラーと、灰皿からあふれるほどの吸い殻を残して。
未だ厚く空を覆う雲の下、二人で歩き出す。
―――淡く色づいた虹が、消えてしまわないうちに。