「おはよ、桂木ちゃん」
「おはよう久保田君、時任。今日は余裕の重役出勤ね」
「ちょっと寝過ごしちゃって・・、ね」
もう2限目がはじまるという頃。
教室に入ってきた、でこぼこコンビは、いつもよりも1時間以上遅れての登場だ。この二人が来た途端教室が騒がしくなるのよねぇ。と頬杖をついて何気なく二人を見ていた桂木は、「あら?」と、あることに気がついた。
――なんだか、時任の様子が変・・?
寒い季節でも朝から元気いっぱいの時任が、ロクに挨拶もせず、のそのそと席に着き、俯きがちに座ったままジッと授業が始まるのを待っている。(ように見える)
「時任、あんた具合でも悪いの?」
「へ?・・な、なんでだよ」
「元気ないじゃない。なんか少し顔も赤いし、姿勢も悪いし。お腹でも痛いの?」
「べ、別にどこも痛くなんかねぇよ!お、俺はいつも元気だっつーの!はっははーっ!」
・・おかしいわ。笑顔、ひきつってるし。
あまりにも不自然な様子にさらに桂木は首を傾げた。
いつも騒がしい相手が突然大人しいと、違和感があって落ち着かない。その上少し寂しくさえ感じるから不思議だ。
気になった桂木は、そのままもう一方の人物に目をやる。
のんびりと椅子に腰掛けて、肩肘つきながら授業が始まる前にすでに寝る準備を整えている男は、ごくいつもどおりで変わった様子はない。時任の具合が悪ければこの男が気づかないわけはないし、久保田が学校に来させているなら大したことはないのだろう。
しげしげと見つめていると、その視線に気づいた久保田が、にっこりと微笑んできた。
あら?なんか機嫌がいいのかしら?
ふとそう思ったのは毎日執行部でも顔を合わせている桂木だからだろう。久保田を包む空気がいつもよりもどこか柔らかいと感じた。
それは本当にほんの少しの違和感で。けれどいつも滅多なことで表情を変えない久保田であるから、感じた少しの違和感は結構大きなことなのかもしれないと思った。
様子のおかしい時任と、機嫌のいい久保田。
これは何かあったわね、と鋭い洞察力を持った桂木は考えたが、「悪い事じゃなさそうだから問題はないだろう」と授業に集中することにしたのだった。
その日の放課後、生徒会本部からの呼び出しを受けていた桂木は、げんなりとしながら執行部へ戻っていた。ここ数ヶ月続いている部費の赤字は毎度の事ながら、本日も橘副会長にたっぷり嫌味を言われてきたのだ。
それもこれも執行部きっての暴れん坊コンビが、後先考えず余計な物を壊してくれるからだ。「どーして私がいっつも怒られなきゃいけないのよー!」と怒り心頭に、今日こそはガッツリとっちめてやろうと部室の扉を開こうとしたとき――、
部屋の中から聞こえる声が、一瞬にして桂木の動きを止めさせた。
「も、久保ちゃんのせいだっ・・」
「ごめんね、時任」
「ん、やだ、触んな・・」
「ちょっとだけ。ね」
「ヤメロって!・・・今朝遅刻したのもお前のせいだろっ」
「もう痛くしないから。」
「そんなこと言っても、俺、もう昨夜から痛くてっ・・」
「初めての時はそんなもんだって。・・それにイタイだけじゃなかったっしょ?」
「う・・、そ、それは・・・」
バッターンッ!!!
「――ヤメなさ――いっっ!!!」
扉が外れそうな音と共に、勢いよく部屋に入ってきた桂木。こめかみに青筋を立てながら肩で息をしている様子に、久保田と時任は目を丸くした。
「・・あら、桂木ちゃん」
「ど、どーしたんだ?桂木」
「あ、あんたたち・・・・」
こいつら今朝から様子が変だと思えば、もしや昨夜とうとう一線を越えて・・!?と先ほどの会話から一気に答えを算出する。そんな自分の鋭い考察力を恨みながら桂木は懇親の力でハリセンを振りあげた。
スバババーンッッ!!
「あでっ!!」
「いたい・・」
「な、何すんだよっ!ってゆーか、今日はいつもより痛いぞっ!?」
「この有害コンビ!!あんたたちのせいで、あたしが本部でいびられてるってゆーのにっ!少しは自重しなさいよっ!!」
「何をだよっ、別に俺ら今日は何もやらかしてねぇぞ!」
「二人きりの部室で有害なコトしないでって言ってんの!」
相当鬱憤がたまっているのか再びハリセンを振りあげかねない勢いでキッ睨みつける桂木。その鬼の形相に臆した時任の横で久保田がのほほんと口を出した。
「いや〜、時任がね。夕べから歯が痛むっていうから、朝も病院連れていこうとしたんだけど、怖いからヤダってきかなくてね」
「・・・はあ?」
「わ、悪ぃかよっ」
赤い顔した時任がフイと目をそらすと、桂木はどっと脱力したように深いため息を吐いた。
「―――はぁ・・。またそーいうことだろうとは思ったけど」
紛らわしい怪しすぎる会話は毎度のコトながら、今回ばかりは本当なんじゃないかと本気で思ってしまった。それでも勘違いだったことに安堵してか、先ほどまでの怒りが一気に萎む。
・・・・・ん?それにしても歯痛?
やたらと機嫌のよかった久保田と『イタイだけじゃなかったしょ?』という久保田の甘い台詞。
どう考えても結びつかないんですけど・・。
そこまで考えて「もーイヤっ!」とぶんぶん首を振る。
「どうしたんだ桂木は」「さぁ?」と時任と久保田が首を傾げているなか、桂木は突然すくっと立ち上がり机に向かった。
もうこれ以上深みにハマる前に忘れてしまおう。
好奇心は猫をも殺す。身を守るためには、時には現実逃避も必要なのだと決断した桂木は、いつものごとく公務に向かったのだった。
そんな桂木の苦悩などつゆ知らず。
その日の夜、401号室では、密度の濃い会話が繰り広げられていた。
「久保ちゃ・・、きょ、今日はムリだってっ・・」
「大丈夫だよ。2回目の方が痛くないし、今日はちゃんと準備してきたから」
「じゅ、準備?」
「だって今朝みたいに足腰立たなくなったら困るでしょ?ちゃんとローションと、ゴム。それからあとで塗る軟膏も」
「・・お前、寄るとこあるとか言って、こんなもん買いに行ってたのかよ?」
「うん。だって、せっかく時任と結ばれたのに、お前もうシタくないなんて言うから」
ベッドの上に並べられた久保田の戦利品を、時任は頬を紅潮させて恨みがましく見つめていた。
そう、実は。桂木の予想通り、二人は昨夜初めて一線を越えたのだった。
ふとしたことから、久保田の想いに気づいた時任が、ひたすら考え迷うこと2週間。久保田に対する、相方以上の自分の想いをようやく自覚した時任が、返事を返して初キスまで2週間。そうしてそのまた2週間後の昨日、久保田に押し切られる形で二人は身体を繋げた。
自分でしたこともない時任にとって、それは未知の世界。めまぐるしい状況と、過ぎた快感と初めての痛み、それらを受け入れるのに精一杯で常に真っ白だった頭が正常に回りだしたのは今朝のことだった。
身体の奥から響く腰の痛みと肌の余韻に、朝から顔をユデダコのように染めた時任だったが、久保田が学校を休もうかと言っても断固として「行く!こんなんで休むわけいくか!」と、頭も冷めぬまま、重い身体を引きずって登校したわけだった。
だというのに、ようやく痛みも引いて普通に歩けるようになったところに、この久保田のお誘い。
「だ、だって、す、すっげー痛かったんだぞ。桂木にも怪しまれたし・・」
「そーね、歯痛なんてごまかしたけど、桂木ちゃんはたぶん気づいてるだろうね」
「げっ!や、やっぱ今日はムリっ」
ベッドに押し倒さんばかりににじり寄ってくる久保田の胸を押し返すと、久保田が真剣な瞳で小さく囁いた。
「・・・・・・ダメなの?」
「うっ・・・」
急にしおらしくシュンとして見上げてくる久保田の瞳があまりにも切実で、時任は抵抗の力を抜いてしまう。
それを見計らったように、ガバッとベッドに押し倒され口づけられた。
「んんっ!!・・・ふっ、はッ・、お、おまっ!だましたな!!」
「何が?俺は時任を抱きたいだけ」
「んっ・・ふッ・・」
逃げた口を再び捕らえられ貪られる。
久保田に教えられたキスはとろけるように甘く、思考を奪うほどに身体中を痺れさせる。昨日初めて久保田と一つになる感覚を知った時任は、それだけで身体は久保田を思い出し反応する。一気に体中の熱が沸き上がり、時任は成す術なく、ベッドに沈んだのだった。
そして翌朝―――
「いってぇぇぇ!」
ビッキーンと響く腰の痛みに時任はベッドから起きあがれないまま思い切り叫んだ。
そんな状態に追い込んだ張本人は、いれたてのコーヒー片手にのんびりと首をひねっている。
「おかしいなぁ。準備品もあったし、昨夜は気持ち良さそうだったけど」
「い、言うなっつーの!問題はそこじゃねぇっ!ただお前がヤリすぎだっての!!」
「あ、そーいうこと?」
下準備品を用意したおかげで、すんなりコトをすすめられた久保田は、調子に乗って何度も時任の身体を貪った。意識を失う朝方までその身体を揺さぶり続けていたとなれば当然の結果なのかもしれない。
腰がぬけたように身動きができず、ベッドに突っ伏す時任に久保田が優しく微笑んだ。
「じゃあ、今日こそ休む?」
「――――ぜぇっってぇ休まねぇっ!!」
何をそこまで意固地になっているのか。そうして強情な時任がどうにか歩けるようになって、二人仲良く登校したのは、すでに授業が終わった頃のことだった。