―――時任side
来月で、俺と久保ちゃんは出会って20年になる。
だからなんだって話だけど、だってさ、20年だぞ?
20年って、つまり、久保ちゃんと出会う前に生きた年よりも長いんだぞ?
それって、すごくないか?
久保ちゃんと出会ったのは16歳の時。
一緒に住むようになって、同じ高校に通って、んで執行部っていう仲良しのクラブ活動みてぇなもんに勤しんで。
あっと言う間に過ぎた高校生活は、とにかくものすごく楽しかった。
だからそのぶん、みんなとの別れは辛かったな。
大学に進むやつらばかりで、必然的にみんなと会う機会は減ってしまうことも寂しかったし。
それとなによりも、久保ちゃんと離れるって決めたのは、かなりきつかった。
卒業したらすぐ働きに出るつもりだった俺は、いつまでも久保ちゃんの家に世話になるわけにもいかず、アパートを見つけ次第、出ていくつもだったのだ。
だから余計に無性に寂しくなって、柄でもなく卒業式に泣いちまった。
あれは一生の不覚だったな。
俺が泣いちまったから、久保ちゃんは・・。
『ねぇ、これからも一緒に暮らさない?』
卒業式に、久保ちゃんは第二ボタンを俺に渡して言った。
”
でも ”とか” だけど ”とか、色々口をついて出た言葉はどれも本心ではなくて。
結局久保ちゃんは、俺を言いくるめてくれた。
出ていくはずだったのに。
久保ちゃんに頼りっぱなしでなく、自分の足だけで歩いていくと決めたはずだったのに。
いざとなるとひと時も離れたくないなんて、ひどく女々しい俺は久保ちゃんの優しさに甘えてしまったんだ。
それから気づけばもう、20年。
毎日足を向ける場所が学校でなく仕事場になったけど、相変わらず帰るウチは久保ちゃんのマンションで。
いつも隣には久保ちゃんがいて。
なんでもない日常がこんなにも幸せだなんて、おっさん染みてのんびりしちまうくらい、しっくりくる俺の居場所になっていた。
『ねぇ、これからも一緒に暮らさない?』
『っ・・けど、俺はいつまでも世話になるわけには・・っつーか、なんで俺に第二ボタン渡すんだよ・・?』
『偉いっしょ。これだけは死守したんだよね。お前に渡さなきゃってね?』
『なんだ、それ・・』
『うん。だからね。ずっと俺の傍にいてよ、時任』
――――”ずっと”って、どのくらい?
そう聞けぬまま過ごした時間は、確かにあのころの俺にとっては”ずっと”と言い表せるほど長い時間だったけれど。
まだ、お前の”ずっと”は続いてるのだろうか。
俺らもう、36になるイイ大人なんだけどさ、これからも変わらないのかな?
不安とか嫌になったとか、そういうんじゃない。変わりたいわけでもない。
ただ、漠然とそう疑問に思ったんだ。
10年ぶりに届いた”同窓会の知らせ”が、そんな疑問を持つに至った、小さなきっかけだったのかもしれない。
「なぁ久保ちゃん、桂木たちも来んのかな?」
「んー、来るんでない?っていうか、むしろ桂木ちゃん企画なんじゃないかな?」
ソファでコーヒーを飲みながら過ごすある休日。テーブルには2枚のはがき。
”久保田誠人様”
”時任稔様”
宛名以外の内容は全く同じ。
”卒業17年記念同窓会”
裏をみれば幹事の名前に桂木とあった。
思い浮かんだサバサバとした顔に、ふっと頬がゆるむ。昔から姉御肌の彼女は、相変わらず仕切ることが得意なようだ。
「すっげ久々。みんなどうしてんだろ」
「確か、桂木ちゃんは結婚して2児の母。相浦も数年前に結婚したって言ってたし。室田と松原はスポーツジムの共同経営して、それがうまくいってるとか」
「へぇー、そうなんか。って、なんで久保ちゃん知ってんだよ?」
「桂木ちゃん情報。その同窓会のお知らせの件で電話もらったからね」
雑誌から顔をあげて微笑む久保ちゃんを見て、ふーんと相づちを打つ。
端正な顔立ちは年齢とともに更に男ぶりが増して、目尻に刻まれた柔らかな皺が、月日の流れを感じさせる。
俺だって負けちゃいない。
相変わらず華奢だと久保ちゃんには言われるけど、十分色気のある男前なはずだ。
豊富な黒髪は白髪やハゲとは無縁で艶だってあるし。肌はプリプリ・・とまではいかなくとも皺も少ないし、初対面の相手には若いと驚かれる。
それでも俺は大人になった。なにが大人なのかは分からないけれど、過ぎていく時間はそのまま自分の経験となって少しずつ俺の中に蓄積されてきたのだから。
そういう意味では、生きてきた分、確実に大人になったのだろうと思う。
「・・なぁ、行くだろ?これ」
「うん、ちょうどお休みだしね。久しぶりに会いに行こうか」
「ん」
みんなに会えるのは楽しみだ。
結婚してるやつは多いみたいだし、みんな変わってるところも多いだろうけど。
きっと会えばすぐに昔みたいにくだらない話して笑い合うんだろう。
そんなことを考えながらぼんやりしてたら、久保ちゃんが雑誌とコーヒーカップをテーブルに置いて、のぞき込んできた。
「時任、どうかした?」
「ん・・いや別に。なんか、昔を思い出してさ」
「ふーん?」
「?なんだよ、・・・あ。」
肩に回された腕に振り返ると同時に体重がかけられて、いきなりソファに押し倒された。
仰向けに見上げるとすぐ真上にある久保ちゃんの顔。
いつの間にか眼鏡もテーブルに置いてあって、ド近眼でも顔が見えるところまで近づいているせいか、吐息が当たるほど近くから、涼しげな瞳が俺を見下ろす。
「・・・なんだよ、いきなり」
「んー、なんだか元気ないみたいだから、元気づけてあげよーかなぁと」
柔らかに細められた瞳に、ドクリと胸が鳴る。
何年経っても久保ちゃんの存在は、慣れることなく胸を高鳴らせる。
「別に。俺は元気だっ、・・っ・・あ」
首筋に降りてきた唇にゾクリと体を震わせていると、シャツの裾から進入してきた大人の男の手が肌を這い回る。
「・・っ、・・ん」
その慣れた手であっても、簡単に火をつけられ、徐々に体に熱がこもっていく。
久保ちゃんの手がズボンの上に伸ばされるころには、中心は窮屈なほどに衣類を押し上げていた。
「うん。確かに、元気みたいね?」
「・・・こんのエロジジィ・・」
「まぁ、エロだし、ジジィだし?」
楽しげに笑う久保ちゃんにつられて笑みを見せると、ゆっくりと唇が降りてきた。
角度を変えて何度も口付けて、湿った唇の隙間から滑り込んだ熱いうねりを絡ませて。
数え切れないほどに交わした口づけは、いつまでも俺を翻弄し、快楽を与えてくれる。
あの日。
卒業したあの日、初めて久保ちゃんとキスをしてからずっと、変わらず。
次第に激しくなるキスになにも考えられなくなりながら、俺は久保ちゃんに身を委ねた。
・・・・なぁ、久保ちゃん。
あのとき、もし離れていたのなら、今俺たちはどうなっていたのだろう。
普通に恋愛とか結婚とか、してたんだろうか。
俺も、お前も。
だとしたら、お前が俺を傍に置いてくれて、良かったと心底思う。
相方や親友とは語れない、こんなにも愛しく想うことを久保ちゃんは教えてくれたのだから。