愛のカタチ【3】



―――時任side




「ありがとね」


顔を洗ってタオルで拭き終えた久保ちゃんが、笑って礼を言った。
その顔にオレは釘付けになる。


たかが髭を剃ったくらいで、なんでこんなに変わるかな。

元々滑らかな肌をしている久保ちゃん。

さっきまでのもっさりとしたオッサンではなく、若返ったキレイな男。

何年一緒にいても、うっかり見惚れてしまうなんて、絶対に秘密だ。






「久保田君!時任ー!」


「「 あ 」」


洒落た会場に足を入れるやいなや、聞き覚えのある声が元気よく呼び止めた。

電話で連絡することはあっても、最後に会ったのは十年以上前。記憶よりも落ち着いた女性が笑顔で走りよる。


「やだ、二人とも変わってないわね〜!」


俺たちを交互に見るなり、楽しそうに笑った。

いやいや。変わってないって、んなわけねーだろ。


「桂木はなんだか丸くなったな」


バシィィーン


「いってぇ!!」


思い切り脳天直撃したのはどこから取り出したのか、懐かしい白いハリセン。


「あんた少しはオブラートに包みなさいよっ!!そんなとこまで少しも変わっちゃいないわねっ!」

「どっから持ってきたんだそれ!?っつーか、本当のことなんだから仕方ねぇだろ!なぁ久保ちゃん!」

「うーん、でもまぁ、女性は子供産んだら体型崩れるっていうし、仕方ないんでない?」

「・・相変わらず、デリカシーのなさは久保田君も変わりないわね」


呆れたように、けれども嬉しそうに桂木は笑っていた。


・・・うん、変わってるようで、変わってないのかも。

そんな風に感じて、なんだか無性に嬉しくなった。


幹事である桂木はやはり相変わらず姉御肌で、あっちこっちへと忙しなく移動していた。

俺は久保ちゃんと二人、ゆったりとバイキングの食事にありつく。


「時任!久保田!」


今度は小柄な男性が手を振りながら走ってきた。


「お、相浦!元気そうじゃんかー!」

「久しぶりだな、お前等変わらないよなぁ!若すぎだって」


相浦とも十年ぶりだった。

相浦はあれからあまり背が伸びなかったらしく、少し見下ろす感じになってしまう。少しばかり皺が目立つ顔から、きらきらと輝く目だけは変わらないと思う。


「相浦は少しフケたな」

「まぁ、もういいオッサンだから」

「ああそーだ、結婚したんだってな」

「おめでとさん」

「おう、ありがと!」


左手に光る指輪を見せて照れたように笑う相浦に、自然と頬が緩む。幸せそうでまた嬉しくなる。

若い嫁さんもらったことや来年子供が産まれること、相浦の口から出る話から、過ぎた年月を感じた。


考えてみればそうだよな。

あの相浦や桂木が結婚して家庭があるって、なんか不思議な感じだけど、俺らの年じゃそれが普通なんだよな。逆に独り身の方が少ないのかもしれない。


「ああ、そうだ、室田と松原の話、聞いたか?」


少しだけかしこまった声で、相浦がそんな話を切りだした。


「いや、なんも?」

「共同経営してるって聞いたけど?」

「いや、そうなんだけどさ、それだけじゃなくて・・」


きょとんとする俺と久保ちゃんに、相浦が口を開こうとすると・・、



「養子縁組みしたんですよ」


後ろから聞こえてきた、懐かしい声。


「――松原!室田も!久しぶりだな」


そこにはやはり懐かしい二人。


「お久しぶりです、みんな」

「久しぶりだな、三人とも」


一目見て二人だと分かるけれど、外見は大きく変わっていて驚く。どちらかというと女っぽいと言われていた松原は、かなり背が伸びて細身でありながら、何やら男らしくなっている。

精悍な顔つきでありながら、整った顔立ちはそのまま、芸能人並のルックスとやつだ。


「室田は相変わらずだけど、松原はなんていうか、勇ましい男になったな」

「ありがとうございます、相浦」


敬語遣いの丁寧な口調は相変わらずらしい。


後ろに立つ相変わらずデカイ男は室田。

昔からオッサンだったけれど、今では年相応に渋みがあって別人みたいだ。

・・っつーか、相変わらずサングラスはしてんだな。


それから高校生に戻ったかのように昔話に花が咲いた。

思った通り、どんなに久しぶりでも俺達はすぐに自分の立ち位置にいて、それがごく自然で、本当に心地いい。

きっとこれから先、また何年経ってもそれは変わらないのだろう。



「――それで、養子って?」


懐かしいクラスの奴らや先生と昔話をして落ち着いた頃、俺は改めて松原に声をかけた。

その話が、どうにも気になって仕方がなかったんだ。

すると松原はにっこりと笑って話してくれた。


「共同経営もようやく軌道にのって、三年前に室田家へ養子に入ったんですよ。だから室田とは戸籍上、家族なんです」

「・・家族・・?」


頷いて笑みを見せる松原の眼差しはあの頃と変わらず真っ直ぐだけれど、どこか自信に満ちているような余裕があって、思わず見入ってしまう。


「そうだ。家族として一緒に暮らしはじめたところだよ」


室田が二人分の料理を手にテーブルへ戻ってきた。


「ですから僕は今、”松原”ではなく”室田”なんですよ」


新しいドリンクを手渡しながら二人で顔を見合わせて微笑み合う姿に、ドキリとした。


そりゃ大人になればいろいろ変わるのかもだけれど、なんつーか、・・・雰囲気が違う気がする。

だけど決してマイナスなほうじゃなくて。見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、柔らかい空気っつーか。


そんな不思議な違和感を感じつつも、友人の幸せそうな姿に自然と笑顔になった。


「時任たちはまだ一緒に住んでるんだろ?」

「・・ああ、まぁな」

「そうか。やはりお前達は変わらないな」


そう言って室田も嬉しそうに笑う。


そうかも。俺たちはもしかしたら、みんなよりも変わっていないのかもしれない。

久しぶりにみんなと会って、あの頃のようにたわいもない話をしながらすぐに昔に戻れたような気がするけれど、やっぱりみんな確実に大人で、自信に満ち溢れていて。

なんだか、カッコイイ。

そんで同時に、少しだけ。


・・・ちょっとだけ、取り残されたような寂しさを覚えたりした。




楽しかった時間はあっと言う間に過ぎ、室田達のジムに顔を出すことや、もっと頻繁に集まろうと約束をして解散。

もう少し積もる話もあったけど、みんなヒマじゃないし、家族が待ってたりもするんだ。

俺たちには待ってる人はいないけど、帰るべき場所はちゃんとある。



「なぁ久保ちゃん、松原って、なんで養子入ったんだろ」

「ん――、そりゃあ、アレっしょ。」


ソファでいつものように寛ぎながら、最近はまってる漫画を読みながら尋ねると、久保ちゃんは雑誌に目を落としながら答えた。


「” アレ ”って?」

「んー・・二人がつき合ってるのは知ってるでしょ?結婚の代わりに何かしら確かな繋がりが欲しかったんじゃない?」

「確かな繋がり・・?家族になったことが?」

「うん。この国では同性の結婚は認められてないからね。きっと、目に見える二人のカタチを作りたかったんじゃないかなぁ・・」

「へぇ・・・」


目からウロコってやつだった。

男同士では、そういう繋がり方があるのか。


他人だった人間が、家族になれる方法。男女間の結婚とはまた違ったカタチで。それでも家族には変わりなくて。

そんなカタチもあるんだ。


・・・まぁ、たぶん俺らには、関係のないことだろうけど・・。

 



大きなあくびを一つ。

そのままコテっと隣に頭を預けてみる。今日は沢山はしゃいで話して、さすがにちょっと疲れたみたいだ。


「・・時任、眠いの?」

「ん・・・、ちょっと・・」

「もう寝ようか」

「・・・ん」


心地よい睡魔。

久保ちゃんの体温もまた、毛布みたいで眠気を誘う。

「・・・ね、もしかして、時任も・・」

「・・・なに?」

「――ううん、なんでもない」


まどろむ心地よさの中、聞こえてきた久保ちゃんの問いは、言葉にならなかったけど。

何を言いたかったのか少しだけ・・分かってしまった。



” 時任も・・、俺とカタチがほしい? ”



だから、ちょっと自分にびっくりした。


・・・もしかして。


最近ずっと胸にモヤリとしていた何か。


それはもしかして、まさしくそういうことだったのだろうか?


俺も、欲しかったんだろうか。

久保ちゃんとの、目に見える何かが。





*******************

同窓会から数日後。


その日はまさしく卒業17年目の日だった。母校では卒業式が行われたことだろう。


朝からいつものように仕事に向かい、昼過ぎには戻り、起きてきた久保ちゃんに昼飯を作ってもらって、その後昼寝をする。


いつもどおりの日常。

昨夜、少し夜更かししたせいで起きたころには夕方だったけど、それもよくあること。


「時任、今日は外食にしない?」

「ああ、いいけど、珍しいな」

「二人で記念日祝ってもいいかなぁと思って。」

「記念日って・・」


卒業17年記念か?と思ったけれど、久保ちゃんの口から出たのは。


「つき合って17周年記念ってやつ?」

「・・・って、なんで今年?」


毎年スルーだし、区切りのいい10周年すら何もしてねぇし。


「んー同窓会もあったことだし、なんとなく?」

「なんだそりゃ。ま、いいけど」


気まぐれもいつものこと。俺は2つ返事で了承した。

今日でつき合って17年。改めてそう思えば、たまにはそれを二人で祝うってのもアリかもしれない。


しかもどうやら久保ちゃんは店を予約したらしい。いき当たりばったりの大雑把な久保ちゃんにしては珍しい。


予約時間は夜9時。

それまで俺はもう少し寝ることにしたが、久保ちゃんは用があるから出かけるらしい。


「待ち合わせしようよ、たまにはいいじゃない。初々しくて」


そんなことを言いながら、楽しげに出かけていった。

記念日の外食か。そういうイベント事っての?

昔からこだわってはいないけど、確かにずいぶんしてないな。

マジでたまにはそういうのも、イイのかもしれない。


変に考えごとをしたり、何かを不安に思うよりも、余計なことを考えずに二人で過ごしたい。



あれから何度か、いろいろ考えた。


室田や松原のような形が、俺らにとって必ずしもイイとも思えなかった。

だって、俺たちは俺たち。

人からどう見られようと、俺たちは昔から自然と隣にいる” 相方”なのだから。


疑いなんて、一つもない。

幸せになりたいとか、どうにかなりたいとか、そういうのは必要ない。


ただ。


” ずっと ” が ” 一生 ” だと確信できるように、もっと久保ちゃんとちゃんと向き合っていたい――、そう思った。


―――変かな?

俺がこんな風に思うなんてさ。


久保ちゃんは、どう思うんだろうか。

それだけがすごく気になった。






午後8時55分。

きっかり五分前行動ができてこその大人だろう。

俺は少し小走りに、目的の場所へとやってきた。


ビルの7階にある、創作料理屋。

紙切れに記された簡単な地図と店の名前を確認して、エレベーターに乗る。

街の一角にあるこのビルはだいぶ古くて、エレベーターが止まる瞬間にガクンと大きく揺れた。

大丈夫かよ、これ。

帰りは歩いて降りようと心に決めつつ、その階にあるいくつかの飲食店からその店を探す。


「あ、ここか」


店の扉を開けると、キリリとしたウェイターが出迎えてくれた。ビルの外観とは全く違う、キレイな店。洗練された空間とやつだった。
待ち合わせだと告げるが久保ちゃんはまだ来ていないらしい。仕方なく予約を確認して、通された席につく。


俺はとりあえず、ジーパンにシャツの上にジャケットというラフな格好で来てしまったことを後悔した。

ちらほら見える客を見てみれば皆正装しているように見えるんだけど・・。


久保ちゃんが選んだにしては少しばかりお洒落すぎる。
まったく、こんな場所ならヒトコト言えっつーの。


それから久保ちゃんを待つこと10分。


「時任、お待たせー」


ようやくやってきた久保ちゃんは、思った通り。

黒いコートを脱いでみれば、いつもの黒ジーンズに、白シャツ。

・・服装とか気にして店を選んだわけではないらしい。






つ、つづきマス・・

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