時任のお留守番

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キンと、金属を弾く音。

オイルが焼ける独特な匂い。それから。

ふんわり、久保ちゃんがくゆらす慣れ親しんだタバコの香り。

 

久保ちゃんのいない部屋にもその香りは染み着いていて、もしかして俺も同じにおいがすんじゃねーかと思うくらい、部屋の中は久保ちゃんで溢れている。

 

 

 

 

モグリに頼み込んで人生初のバイトに挑戦したのは、ついこないだのこと。

久保ちゃんには内緒で、必死こいて働いて。家から通えばすぐにバレちまうって思って夜も寝る場所貸してもらって。修行だって嘘ついて体中筋肉痛になるまで頑張った。

それもこれも全部、久保ちゃんの誕生日を祝うため。

 

結果、やってよかったと心底思ってる。ずっと狙ってたシルバーのジッポを渡す時はドキドキしたけど、久保ちゃんは泣いて喜んでくれたし(←誇張)プレゼントのほかにケーキとかも買えたから目的達成できたしな。

工事現場での力仕事は結構大変だったけど、体動かすのは嫌いじゃないからそれなりに楽しかった。世話になった奴らとも仲良くなって、いつでもまた手伝いにきてほしいって言われてる。さすが俺。

だから頻繁にはキチィけど、たまになら行ってやってもいいかなぁってそんな風に思って久保ちゃんに相談したんだけど、久保ちゃんは考える間もなく「その必要はないよ」と反対した。理由はまんま必要ないから。

まぁ、そりゃー久保ちゃんの稼いでくる金の方がでかいんだろうけどなぁ。

「どこか行く時は一緒に行くから。おとなしくしてなね」と最近はコンビニに行くにもついてくるし、以前にも増しての過保護ぶりだ。

 

よっぽど俺が何も言わずに旅に出たのが寂しかったんだろうか。ちょっと失敗したかな。

でもさ、しょーがねぇじゃんなー。ああいうのはサプライズじゃなきゃ意味ねーし。

誕生日プレゼントぐらい、自分の力で働いた金でなんか買ってやりたかったし、さ。

 

まったく、久保ちゃんは普段俺と一緒にいてもぼーっとしてるくせに、意外と寂しがり屋なんだ。

ま、それはそれでしょーがねぇか。俺は大人だからな。しばらくは久保ちゃんの言うこと聞いて、付き合ってやるかぁ・・・なんて思ってたんだ。

 

・・・・だっつーのに。なんでだ。

 

 

 

「・・・遅い・・」

 

GAME OVER

画面に並んだ文字に嫌気がさして、乱暴にコントローラをソファに投げつける。

ごろりと仰向けに寝転がって、盛大にため息をついた。

何度もやりこんだゲームは面白かったはずなのに、一人じゃどうにもつまらない。

これって対戦ものなんだよな。機械と対戦したって面白くねーし。

つーか、同じのばっかじゃ飽きるんだっての。

 

逆から見上げた時計の針を確認して、むうっと眉を寄せる。

 

久保ちゃんが出て行ったのは昼前。ちょっと仕事だと出て行って今はもう夜の11時過ぎ。

人にはいろいろ言うくせに、久保ちゃんはこうやってよく俺を一人留守番させるんだ。

まぁそれはさ、いいよ、べつに。いつものことだし。慣れてるし。

 

だけどさ、今日はさ。

 

―――――今日くらいは早く帰ってきてもいいんじゃねぇか?

 

 

「あと1時間しかねーし・・」

 

今日は9月8日。俺様の麗しき誕生日だ。

なのにあいつは出かけたまんま。ちーっとも帰ってこないのだ。

 

「久保ちゃん何やってんだろ・・」

 

てっきり夕方には帰ってくると思ってた。料理とか買ってきてさ、プレゼントとか別になくていいけど(あってもいいけどさ)ケーキくらいは買ってきてくれるとかさ。

それぐらいは期待しちまってもいいと思うんだよ。うん。

 

「・・・・・・」

 

 

 

「だ―――っ!なんで俺がやきもきしなきゃなんねーんだよ!久保ちゃんの白状もの〜!」

 

盛大に叫んでからもうふて寝してしまうおうかとうつ伏せになる。

ソファからはふわりとやっぱり煙草のにおいがして、目を閉じていても久保ちゃんの存在を感じた。

 

「久保ちゃん・・・」

 

 

それから、ふと目を開けた。

 

まてよ。

久保ちゃんが俺の誕生日、忘れるわけないよな。

あの久保ちゃんだぞ。俺のことについては異常に過保護な奴が、誕生日に一人ほうっといておくか?

 

―――もしかして、何かあったんだろうか?

 

これまでにも何度か変なやつらに絡まれたり、時には怪我をして帰ってきたことだってある。

俺のことがなくとも、久保ちゃんはそういう目に遭いやすいから。

うつうつと考え込んでいたら、頭の中はだんだんと悪い方向へ向かっていく。

 

今のこの瞬間にも、久保ちゃんに何かあってるかもしれない。

もし、このまま帰ってこねーなんてことになったら・・・

 

最悪な想像が浮かんだ瞬間、俺はがばっと勢いよく起き上がった。その変にあったシャツをタンクトップの上に羽織り、携帯と財布をポケットに突っ込んで急いで玄関に向かった。

 

いてもたってもいられないってのはこういうことだろう。

勝手に外に出たら久保ちゃんはいい顔しないかもしれねーけど、もうじっとなんてしていられない。

あいつが帰ってこねーのを黙って待っているだけなんて、俺はまっぴらだ。

 

待ってろよ久保ちゃん。今迎えに行ってやるから。

 

 

 

「どこだよっ、くそ、携帯でねぇし!」

 

バイトだと行っていた雀荘に久保ちゃんの姿はなかった。店にいた奴に聞けば1時間以上前に出たっていうから、もしかするとその後に何か用事があったのかもしれない。それとも行き違いになっちまったか。

少し探してみて俺はマンションに戻る道がてら久保ちゃんを捜すことにしたんだけど、なかなか見つけられない。

 

はぁはぁと息を弾ませながら見えたのは帰り道にある薄暗い公園。そこは久保ちゃんと二人でたまに寄る公園だけど、夜はひとけがほとんどなかった。

まさかここにはいねーよな。そう思いつつ、中へ足を踏み入れる。

 

「やっぱいねーか」

 

落胆しつつ家へと急ごうとして、背後からぽんと肩をたたかれた。

もしや久保ちゃんか!と振り返ると、そこには知らねーおっさんがいた。

 

「あ?誰だよ、オッサン」

「君、何してるんだい、こんなところで」

 

見るからにリーマンぽいおっさんはこの距離でもひどく酒臭くてうっと距離をとる。

 

「何って、・・人探しだけど」

「・・へえ」

 

オッサンは上から下まで人を物色するよーな目で見てきて、一歩また距離をつめてくる。その上今度は人の腕をぐっと掴んできた。

 

「なっ?なんだよ、はなせっ」

「なにって、君、そうなんだろ?今日はついてるな、君のようなきれいな子にあたるなんてさ」

「はあ?」

 

オッサンは訳の分からないことを言って、至近距離で酒臭い息をふりまいてくる。

意味が分からないけれど、自分が人違いされているのだと思った。

 

「アンタなに言ってんだ?俺は用があるから帰る」

「待ちなさい、私じゃ気に入らないのかい?」

「だから、何言ってんだ?意味わかんねーしっ」

 

思いの外強く掴まれた腕が軋んで眉を寄せる。このままじゃ埒が明かない。押し問答しながら、しょうがねぇ振り切るかと考えていると、「何してんの?」と穏やかな声が割り込んできた。

今度の声は間違えることはなかった。

 

「・・・・久保ちゃん!」

 

 

 

 

 

「で?お前こんなとこで何してんの?」

「なにしてんの、じゃねーよおせーっつーの!」

 

変 なおっさんに絡まれているところにちょうどよく現れた久保ちゃんは、いつものようにのんびりとした様子で、おっさんを追い払った。別に凄んでるわけでも暴 力振るったわけでもねーのに、おっさんはすごすごと退散。いっつもの細目はたまに見開くとすさまじい眼力を発揮するらしい。

 

久保ちゃんはいつものように咥えタバコで、片手にコンビニの袋をぶらさげていて。

何かあったって感じでもなく。うん、いたっていつも通り。

ほっと安堵するのと同時に、人を心配させておいて・・と理不尽な怒りがわき起こる。

 

「あんまりお前が帰ってこねーから、俺はてっきり・・」

「てっきり?」

 

何かあったんじゃねぇかと心配して探しにきたとは、恥ずかしくて言えない。しかも自分の誕生日を忘れているかもしれないこいつに腹が立って、いてもたってもいられなかったなんて・・。

 

「散歩だよ、散歩!」

「散歩、ねぇ?一人で出歩かないようにって言わなかったっけ」

「う、うるせー!そんなの俺の勝手だろ」

「挙句に売りと間違われるなんてねぇ」

「うり?・・なんだそれ?」

「はぁ・・。ま、とりあえず帰りますか」

 

久保ちゃんは呆れたようにため息をもらしてそんな風に言う。

なんだよ。俺だけ悪者かよ。

もともとは久保ちゃんのせーじゃねぇか。

 

イライラしながらも久保ちゃんの前を歩いていくと、「あ」と久保ちゃんの声。振り返ると久保ちゃんは、公園にある大きな時計を見やっていた。

針は0時5分。

 

・・・あーあ。過ぎちまってんじゃん。

 

「日付変わったね」

 

久保ちゃんがそう呟いて、俺はようやく気づいたのかと腹の中で毒づく。

今頃気づいてもおせーっつの。

忘れててごめん、そんな言葉じゃ許してやんねーからな。

なんだか悲しくなって俯いていると、すぐそばまでやってきた久保ちゃんの声が降ってきた。

 

「時任、誕生日おめでと」

「・・え?」

 

思わず顔をあげる。

 

「だって、今日でしょ?9月8日。ほんとは0時ちょうどに言いたかったんだけど」

「え、・・・ええっ?・・だって、今日は、もう9日だろ?」

「・・・ああ、そういうこと」

 

久保ちゃんは何か納得したように一息ついてから、「違うよ」と言った。

 

「今日は8日。さっきまで7日。んで日付越せて8日になったところだけど」

 

え、まじで。

 

「お前携帯にも日付入れてないもんねぇ」

 

そうだ。朝、慣れない新聞の日付で見たんだった。あれって昨日のだったのか・・?

 

・・・・なんだ、そっか。

俺、一人でなにやってたんだろ。

じわじわとこみ上げる恥ずかしさ。それと同時に胸に浮かんだのは安堵。

たかが誕生日。それでも祝ってくれる人がいるのといないのとじゃ大きな差で。

久保ちゃんの言葉を心底喜んでいる自分がいる。

 

「俺が忘れるわけないっしょ?」

 

キンとジッポをはじく音。シュポッと炎が久保ちゃんの整った顔を照らして、タバコの香りが広がった。

 

「こんな愛のこもったプレゼントもらっといてさ」

 

俺が久保ちゃんを捜していた理由までも悟ったように、久保ちゃんはふっと微笑んだ。

つられて俺もぷっと笑ってしまう。

そっか。

そうだよな。

やっぱ久保ちゃんが忘れるわけねーか。

 

「ケーキと料理は明日一緒に買いにいこっか」

「おうっ」

 

ぼーっとしてるけど、俺のことについては超過保護で目敏くて。

十二時ちょうどに「おめでとう」って言いたかったっていうくらいで。

普段なんもキョーミねぇって顔してる久保ちゃんは、実はそんな奴なんだ。

 

「明日はバイトもないし、どっか行く?」

「マジで?」

「たまにはいいっしょ。デートってのも」

「で、デートってなんだよっ」

「デートっしょ?二人で出かけるんだから」

「ちっげーだろっ」

 

久保ちゃんは俺の誕生日を祝ってくれるただ一人の奴。

そして多分。久保ちゃんにとって俺もただ一人―――誕生日を祝ってやりたい奴ってこと。

 

「・・久保ちゃん、ありがとうな」

 

ぼそりと呟いた声もちゃんと届いていて、久保ちゃんは「どういたしまして」と目を細めた。

 

 

 

 

 

家に帰ると久保ちゃんは、俺が飯も食っていないことに気付いてすぐに昨日のカレーを温めて出してくれた。そういや昼からなんも食っていなかったっけ。久保ちゃんを見つけてホッとしたのもあって、ようやく腹が減ってくる。

 

「時任、先にプレゼントだけ渡しておくね」

「え、あんの?」

「もちろん」

 

がつがつとカレーを食ってる俺の横から、両腕を回してきた久保ちゃんに、何事かとぎょっとしていると。

 

「・・・・あ?」

 

どこからともなく、ちゃりん、と軽やかな音が響いた。

 

「なんだ、これ・・」

 

首もとに違和感。何か、つけられた。と当時にわき起こるイヤな予感。

あわてて鏡のところへと走って見てみると、俺の首に付いていたのは

 

「く、首輪・・?」

 

黒くて細目の首輪。その中央には同じく黒光りする鈴・・。

ちょっと待て。なんだこれは・・。

アクセサリーってやつなら文句はない。今までつけたことはなかったけど、街で見かける奴らがつけるような洒落けづいたよーなモンでも、どうしてもっていうならつけてやらんでもない。

けど、これってなんかおかしくねぇか?

だってこれじゃあまるで。

 

「久保ちゃん・・?こ、これってさ」

「気に入った?やっぱ飼い猫は首輪しとかないとね」

 

やっぱりかぁぁぁ!!!

 

「おっ、おっ、俺は猫じゃね――――っ!!」

「一人で出かけないようにって言ったのにすぐ家出しちゃう猫には必要っしょ?」

「っ、い、家出じゃねぇし!」

「じゃあ、迷子?」

「迷子でもねーしっっ!」

「大丈夫だって。今度は拾った人が分かるように首輪の裏に電話番号も書いておいたから」

「ふ、ふ、ふざけんなぁぁぁ!!」

 

えー、可愛くない?これ。と不思議そうに首をひねる久保ちゃんに、どっと脱力する。

やっぱ久保ちゃんの考えていることはよく分からない。

 

 

マジでこんなもんがプレゼントかと落胆してふて寝した翌朝。

俺に待っていたのは、豪華な料理と発売したばかりの大量のゲームソフトだった―――。

 

 

 




 

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