はじまりの合図【1】
あれは確か、執行部に入る前、――高校一年の、夏の終わりの頃だったか。
荒磯に入学して初めての夏休みも終わり、また退屈な学校生活が始まるのかと思いつつ、それでもどうにか足を運んでいた頃。
―――ただのクラスメイトだった時任に、興味を持ち始めたのは、確かそんな頃だったと思う。
「なぁ、久保ちゃん。オンナ、ハラませたってほんとか?」
そんなことを教室で、サラリと聞いてきたのは、まだあどけなさを残す幼い表情の時任だった。
大きめのつり目をパチパチさせながら、そういった方面の話には疎いはずの時任の口から飛び出した爆弾に、昼食後の時間をのどかに過ごしていたクラスメイト達は、一瞬にして固まり静まり返った。
空気を読まない・・もとい、純粋無知ゆえのことだろうと思うが、時任は気にもせず、さらにオレの顔をのぞき込んで言う。
「噂になってんだよ。お前が他校の女子、ハラましたらしいってさ」
机でもう一眠りしようとしていた俺は目の前の時任をぼんやりと見上げると、相手は少しも汚れていませんと主張するような、済んだ瞳で真っ直ぐに俺を見つめ返してくる。
「・・・え―っと・・・」
俺の答えを待っているのか周囲が固唾をのんで見守る中、無言でちらり、時任の後ろを見る。おそらく噂話に花を咲かせていたのだろう、時任の仲のよいクラスメイトが青い顔してビクビクとこちらの様子を伺っていた。
まさか直接俺に尋ねるとは思わなかったのだろう。
陰口やコソコソとした噂話を好まない時任らしい行動に悪い気はしないが、普通は聞いてこないことをこうも堂々とハッキリ聞かれると、疎ましく思うヒトもいるだろうと思う。
けれど、こいつはそんなことは気にしない。
驚くほど真っ直ぐで素直。
幼く思えるほど純粋でありながら、自分を曲げない強い意志を持っている。ヒトに流されにくく、我が道をゆくタイプ。
そうでありながら、裏表がないからヒトには好かれるようで、夏休み過ぎてもクラスの人間の顔と名前が未だに一致しない俺とは全く正反対なほど、クラスにとけ込んでいる。
かと思えばヒトのことよりも自分大好きの俺様で。正義感たっぷりにイジメの仲裁に入ったかと思えば、悪い奴を叩きのめしている自分に酔いしれていたりして。
猫のように自由気ままでいて、お祭り大好き、一気にみんなをひっぱっていくような元気印。
まぁ、・・・・人当たりのイイ、ナルシストなジャイアンってとこ?
それがこいつの俺の印象。
もう一つ言えば、俺が初めて名前を覚えたクラスメイトってとこか。
孤立している俺を哀れに思ったのか知らないが、いつの間にか勝手に”久保ちゃん”と呼び、気づけば毎日、休み時間の度にこうやって俺の眠りを妨げてくれている。
誰もよりつかないような俺にさえ、こうやって自由気ままに近づいてくる唯一のやつだから、物好きというか変わり者というか・・。
う―ん、それにしても・・。
キレイな目だなぁ。
逸らすことなく見つめていれば、時任は決して自分から逸らそうはしない。
どこまで真っ直ぐなのだろうと、ふと、その果てを知りたくなった。
目を背けて逃げ出すようなそんな汚い面を探し出したくなるのは、俺の歪んだ性格のせいだろうか。
「・・・なんで聞くの?」
”もしそうとして、お前になんの関係があるの?”無表情にそう匂わしてみて、反応を窺う。
引くか、それとも気にもしないのか。
「――なんでって、だってンな悪口みてぇでイヤじゃんか。違うなら違うって言った方がいいだろ!」
「・・・・・・」
少し眉を寄せて、それでもやはり真っ直ぐに見つめてくる。
適当に否定すればこれ以上こいつの関心を煽ることもないだろうに、素直にそうできないのは、こいつの反応を見たかったからなのだろうか・・?
・・・・・そうかも。
たぶん、俺は、こいつに興味を持ったのかもしれないと、ヒト事のように思った。
そうか。だとしたら俺も相当、物好きだなぁ。
そんな小さな野心を胸に芽生えさせながら、俺はとりあえずその質問に、敢えてそっけなく、一言答えてみた。
「・・・俺、そんなヘマしないけど?」
ぱちくりと瞬きをする時任。
同時にあちこちでざわざわと騒がしさを感じて、目をやればこちらを見守っていたらしい女の子らが、みな顔を赤らめて何かをぼそぼそと話している。
・・・面倒だなぁ。
どうしてみんな、こうもヒトの噂が好きなんだろうか。
昔から、何かとヒトに言い寄られるコトが多くて、噂話や不躾な視線達に慣れてはいたけれど、つくづく他人のことでよくそんなに暇を潰せるなと、感心してしまう。
俺が誰と何しようと、お宅らにはなんの関係もないだろうに。
「・・・なに?時任も気になるの?」
自分好き、自分にしか興味がないタイプだと思っていた時任が、未だきょとんとこちらを見つめていることに気づいて聞いてみた。
陰口に対する正義心で行動を起こした時任にとっては、もっとはっきり否定して欲しかったのだろうか。
・・でもまぁ、オンナと関係があったのは事実だし・・、と思っていると、時任が首を傾げた。
「いや、っつ―か。・・ヘマってなんだろって思って・・」
・・・・・・・ああ。なるほど、そこが分からないのか。
「あっ、今お前笑っただろ!!」
自然と顔が緩んでしまったらしく、時任が顔を赤らめて突っかかってきた。
おもしろい。
そういえば、こいつに会ってから、何度となく笑わされてるような気がする。別におもしろいことをしてるわけじゃないのにね。
ただ、素直な感情表現と、くるくる変わる表情は、見ていても飽きなくて。怒ったように仏頂面で頬を染める様は結構嫌いじゃなかったり。
加えてこの純朴さは、天然記念物ものだなぁ、なんて。
普通、高校1年にもなれば自然と入ってくる情報があるだろうに、と感心しながら、今度ははっきりと答えてやることにした。
「避妊してるってこと。つまり、スル時はちゃんとゴムつけてるってこ・・」
言い終わらないうちに、うわぁぁぁとかきゃ―とか、いろんな悲鳴に邪魔された。
聞きたがってから教えてあげたのにねえ。
つづきます^^♪