久保ちゃんは昔っから、やたらとヒトの注目を浴びる奴だった。
俺にとってはそれがなんだか面白くなくて。
”なんであんなボ―っとした奴がモテんだ?”
そんな嫉妬から始まった視線は、いつの間にか大きな変化を成して、気づけばいつも、隣を見上げていた。
そうだ、俺は久保ちゃんが、気になってしょうがなかったんだ。
―――たぶん、出会ったときから、ずっと。
クラスでもかなり存在感のある久保ちゃんに、対抗意識を持ったのは入学してすぐのことだった。
いっつもボ―としてて物静かで。教室にいるときは授業も含めほとんど寝てばっかで、いっつも閉じられてるタレ目。(起きてる時も細目だけどな)
なのに、かなり女にモテるってド―ユ―事だよ!?
久保ちゃんを一目見るために、毎日廊下には女どもがきゃ―きゃ―言いながら押し寄せてるし、背中丸めて歩いてるだけなのに、すれ違った奴らがカオを赤くして振り返ってる。
同じ高1とは思えね―ほど大人びてるし、背も高いから男前の部類には入ると思うけどさ、本人はカッコつけた風もなく、髪型や見た目に気を使ってる節は見あたらないほど、大ざっぱ。
なんだよ、俺の方が断然美少年じゃね―か。
悔し紛れにそう呟くが、自由な校風ゆえにおかしな奴が多い荒磯の中でも、久保ちゃんは1年のくせして、か―なり有名な奴ということは確かだ。
「久保田ってすげぇモテんじゃん。あいつかなり遊んでるらし―ぞ」
「そういや、俺も聞いたことある。中学の頃から夜遊びして、なんかヤクザ系のやべ―とこ通ってるってさ」
「マジで?なんかヤッてんじゃねぇの?」
そんな噂話が聞こえてくるのもしばしば。
目立つ奴ほど、好かれる一方、本人の意図しないところで反感買ったり、ネタにされたりってあるんだよな。
久保ちゃんに対抗意識がある俺だけど、そ―いうのが無性に腹立たしくて、許せなかった。
「お前等っ、久保ちゃんの悪口言うなよっ」
本気で怒ったら、そいつらはきょとんとして、口を揃えて言う。
「なんだよ時任。別に悪口じゃね―って、なぁ?」
「そうそう!学校イチのモテ男に噂は付き物だろ?」
ぜって―ヒガんでるだけだろ・・。
久保ちゃんが席にいないせいか、そいつらの噂話はつきる様子もなく、今度はその中の一人が俺に話を振った。
「そういえば、時任お前、最近久保田と仲良かったよな?」
「・・・あ―、まぁ。普通に話したりはしてっけど」
「じゃあさ、知ってるか?S女子のマドンナがさ、久保田に孕まされたって話!」
「うへ―っ!マジかよ〜!?」
思わず目が点になる俺をよそに、そいつらは驚いた様子で奇声をあげる。
「・・ハラまされ?・・って、ナニ?」
「ナニって決まってんだろ、時任。つまりヤルことヤッて、妊娠させたってことだろ!」
「・・・・は?」
そんな久保ちゃんの噂話を聞いたとき、何かで殴られたような衝撃を受けた。
だって、同い年で、そ―いうことしてるっていうのが、俺の中では考えらんなかったし、久保ちゃんなら女なんて選び放題だろうから、いくらでも相手なんかいるんだろうけど・・。
・・・なんだ?
ズンと胸の奥が重くなった気がして、それから腹の底からこみ上げる正体不明の苛立ち。
無性にイライラして、それ以上何も聞きたくなくなって。
「それでさ―、その女が久保田に責任とってもらうんだって、かなり言い回ってたらしいぜ」
「それ、俺も聞いた!なんでも噂じゃ・・」
・・ムカムカする――。
バンッ!!
気づけば、思い切り机を叩いて、立ち上がっていた。
大きな音に、昼休みの教室は一気に静まり返る。
けれどそんなのに構ってられなかった。
「ンなのっ、ただの噂だろ―が!本当かどうかもわかりもしねぇで、好き勝手言ってんじゃねぇよ!!」
突然大声を出した俺に、クラスの奴らや教室の前を通りがかった奴らが、何事かと視線を寄越す。
「ど、どうしたんだよ、時任」
「なに怒ってんだ?」
「別に俺らは聞いたこと話してただけ・・」
呆気にとられた様子で言い訳がましく、カオを見合わせている奴ら。
久保ちゃんのことよく知りもしねぇで、悪口なんて許せない。
・・・けれど、俺も同じだ。
俺も久保ちゃんのこと、まだなんも知らねぇ。
「――よし、分かった。俺が確かめてきてやる。」
俺は苛立ちの晴れぬまま、そう言い切って、唖然とする男友達らを背に久保ちゃんの姿を探した。
昼食をどこかで終えてきたのか、それからすぐに一人教室に戻ってきた久保ちゃんを見つけて、いつものように寝に入っちまう前に捕まえて唐突に聞いた。
”女、ハラマしたってほんとか?”
”・・・俺、そんなヘマしないけど?”
返ってきた言葉も様子も、呑気なもので。
呆気にとられた俺のカオがおかしかったのか、笑いをかみ殺しているような久保ちゃんの意外な表情。
俺はそんな久保ちゃんの笑みに見入ってしまって、いつの間にか苛立ちも胸の奥の重さも、毒気を抜かれたようにすっかり忘れてしまっていた。