はじまりの合図【2】

 


久保ちゃんは昔っから、やたらとヒトの注目を浴びる奴だった。

俺にとってはそれがなんだか面白くなくて。

”なんであんなボ―っとした奴がモテんだ?”

そんな嫉妬から始まった視線は、いつの間にか大きな変化を成して、気づけばいつも、隣を見上げていた。


そうだ、俺は久保ちゃんが、
気になってしょうがなかったんだ。


―――たぶん、出会ったときから、ずっと。




クラスでもかなり存在感のある久保ちゃんに、対抗意識を持ったのは入学してすぐのことだった。


いっつもボ―としてて物静かで。教室にいるときは授業も含めほとんど寝てばっかで、いっつも閉じられてるタレ目。(起きてる時も細目だけどな)


なのに、かなり女にモテるってド―ユ―事だよ!?


久保ちゃんを一目見るために、毎日廊下には女どもがきゃ―きゃ―言いながら押し寄せてるし、背中丸めて歩いてるだけなのに、すれ違った奴らがカオを赤くして振り返ってる。

同じ高1とは思えね―ほど大人びてるし、背も高いから男前の部類には入ると思うけどさ、本人はカッコつけた風もなく、髪型や見た目に気を使ってる節は見あたらないほど、大ざっぱ。


なんだよ、俺の方が断然美少年じゃね―か。


悔し紛れにそう呟くが、自由な校風ゆえにおかしな奴が多い荒磯の中でも、久保ちゃんは1年のくせして、か―なり有名な奴ということは確かだ。


「久保田ってすげぇモテんじゃん。あいつかなり遊んでるらし―ぞ」

「そういや、俺も聞いたことある。中学の頃から夜遊びして、なんかヤクザ系のやべ―とこ通ってるってさ」

「マジで?なんかヤッてんじゃねぇの?」


そんな噂話が聞こえてくるのもしばしば。

目立つ奴ほど、好かれる一方、本人の意図しないところで反感買ったり、ネタにされたりってあるんだよな。


久保ちゃんに対抗意識がある俺だけど、そ―いうのが無性に腹立たしくて、許せなかった。


「お前等っ、久保ちゃんの悪口言うなよっ」


本気で怒ったら、そいつらはきょとんとして、口を揃えて言う。


「なんだよ時任。別に悪口じゃね―って、なぁ?」

「そうそう!学校イチのモテ男に噂は付き物だろ?」


ぜって―ヒガんでるだけだろ・・。

久保ちゃんが席にいないせいか、そいつらの噂話はつきる様子もなく、今度はその中の一人が俺に話を振った。


「そういえば、時任お前、最近久保田と仲良かったよな?」

「・・・あ―、まぁ。普通に話したりはしてっけど」

「じゃあさ、知ってるか?S女子のマドンナがさ、久保田に孕まされたって話!」

「うへ―っ!マジかよ〜!?」


思わず目が点になる俺をよそに、そいつらは驚いた様子で奇声をあげる。


「・・ハラまされ?・・って、ナニ?」

「ナニって決まってんだろ、時任。つまりヤルことヤッて、妊娠させたってことだろ!」

「・・・・は?」


そんな久保ちゃんの噂話を聞いたとき、何かで殴られたような衝撃を受けた。


だって、同い年で、そ―いうことしてるっていうのが、俺の中では考えらんなかったし、久保ちゃんなら女なんて選び放題だろうから、いくらでも相手なんかいるんだろうけど・・。


・・・なんだ?


ズンと胸の奥が重くなった気がして、それから腹の底からこみ上げる正体不明の苛立ち。

無性にイライラして、それ以上何も聞きたくなくなって。


「それでさ―、その女が久保田に責任とってもらうんだって、かなり言い回ってたらしいぜ」

「それ、俺も聞いた!なんでも噂じゃ・・」


・・ムカムカする――。


バンッ!!


気づけば、思い切り机を叩いて、立ち上がっていた。

大きな音に、昼休みの教室は一気に静まり返る。

けれどそんなのに構ってられなかった。


「ンなのっ、ただの噂だろ―が!本当かどうかもわかりもしねぇで、好き勝手言ってんじゃねぇよ!!」


突然大声を出した俺に、クラスの奴らや教室の前を通りがかった奴らが、何事かと視線を寄越す。


「ど、どうしたんだよ、時任」

「なに怒ってんだ?」

「別に俺らは聞いたこと話してただけ・・」


呆気にとられた様子で言い訳がましく、カオを見合わせている奴ら。

久保ちゃんのことよく知りもしねぇで、悪口なんて許せない。


・・・けれど、俺も同じだ。

俺も久保ちゃんのこと、まだなんも知らねぇ。


「――よし、分かった。俺が確かめてきてやる。」


俺は苛立ちの晴れぬまま、そう言い切って、唖然とする男友達らを背に久保ちゃんの姿を探した。


昼食をどこかで終えてきたのか、それからすぐに一人教室に戻ってきた久保ちゃんを見つけて、いつものように寝に入っちまう前に捕まえて唐突に聞いた。


”女、ハラマしたってほんとか?”

”・・・俺、そんなヘマしないけど?”


返ってきた言葉も様子も、呑気なもので。

呆気にとられた俺のカオがおかしかったのか、笑いをかみ殺しているような久保ちゃんの意外な表情。

俺はそんな久保ちゃんの笑みに見入ってしまって、いつの間にか苛立ちも胸の奥の重さも、毒気を抜かれたようにすっかり忘れてしまっていた。

 

 


^^♪ 

 

 次へ

 戻る