10分に1回。
今日、時任が俺の方を意識した回数。
なんとなく視線を感じて目をやると、するりと視線を逸らされているけれど、間違いなく俺を見ていた。授業中も。少しだけ会話した休み時間も。
そんなにあからさまに見ておきながら、気づかれていないと信じている時任は本当に可愛い。
昨日のキスがよほど効いたようだ。
たっぷり意識してくれちゃってて、くすぐったいことこの上ない。
今日はこのまま一緒に帰って、あわよくばもう一度キスでもしたいところだったけど、そうもいかなかった。時任の意志を尊重するにあたっては、反故にできない呼び出しがあったのだから仕方がない。
「――わざわざすまないな、誠人」
生徒会室に足を運ぶと、会長が思ってもないだろう台詞で出迎えてくれた。その傍らでは、先日見事に時任を勧誘した橘副会長がひっそりと微笑んでいる。
「何のご用でしょうか、会長殿?執行部加入の件なら・・」
「いや、その件もあるんだが、今日はまた別件だ。・・実はちょっと一部の生徒のことでよからぬ噂を耳にしてな、お前に頼みたいことがあるんだ」
「また厄介ごとってわけですか?執行部加入についてもまだ考え中ですのでお断りしたいですねぇ」
まだ返事もしていないのに手伝わせようという魂胆にげんなりとしてくる。
これじゃあ俺、どっちにしてもアンタの小間使いに変わりなくない?
やっぱり面倒だなぁと、早速逃げ出したくなりながら懐から煙草を取り出して火をつける。
嫌がらせのように堂々とした態度にも、松本は苦笑するにとどめていた。代わりに隣から穏やかな声が口を出してくる。
「おや、久保田君。松本会長のお話では良い返事はもらえそうにないとのことでしたが、考えて下さっているのですね。決めかねている理由があるというのでしたら、どうでしょう。肩慣らし、ということでお受け下さらないでしょうか?」
「肩慣らしも何も、いっつも迷惑ごと押しつけられているようだけど?」
「貴方はそうでも、貴方の相棒は違うでしょう?彼にも体験入部のような感覚で手伝ってもらってはいかがですか?――それで彼が嫌がるようでしたら、貴方も即答できるでしょう?」
まったく目敏いというか、耳聡いというか。
時任が断る性格じゃないことを知った上で、よく言う。
あいつの正義感も冒険心も俺の折り紙付きだ。
なんてたって、俺みたいな男に近づきたいと言うのだから。
なんでも見透かしているような涼しい目を見やって、ため息が漏れる。
松本もよくこんな男を公私共にパートナーとしているもんだ。
そんな胡乱げともいう目で元相方を見やれば、楽しそうな笑みが返ってきた。
・・・うん。やっぱりこいつらの思惑に乗るのは癪に触るなぁ。
けれどどうやっても断れないらしく、今回の仕事内容をつらつらと説明された。
俺も観念して耳だけは向けることにする。
内容としては簡単なものだ。
2年の不良グループ数人が、校外で暴れ回っているという情報があったとのこと。5、6人のグループで他校の生徒をリンチしたという噂があがっているらしい。それも1度や2度ではない。
元々荒磯高校は素行の悪い奴らが多い。中学では俺らが3年の時は「執行部の鬼」と呼ばれる松本の存在があってか、平和なものだった。
だが高校はさらにタチの悪い奴らがいるらしい。それも学校外のこととあって松本も簡単に手出しできないのだろう。決定的な証拠がないというのもあるようだ。
「それで?現場を付きとめてお灸を据えればいいってこと?」
「まぁ、そうだな。一度痛い目を見ておかないと、度が過ぎてしまえば大変なことになるからな」
「それは長丁場になりそうだなぁ」
そいつらを尾行でもして、現行犯を捕まえる。
そういうまどろっこしいの、苦手なんだよねぇ。
早くもやる気を失っていると、橘が再び口を挟んできた。
「それはご心配なく。彼らが動くタイミングは少しは検討がつきます。というのも、彼らはある人物の指示で動いているようですので」
「指示?命令されてやってるってこと?」
「おそらくギブアンドテイクでしょう。彼らは楽しんでいるようですし、その人物も直接手を下さずにターゲットをいたぶれて利害が一致したのでしょうね」
「へぇ。で?その人物のあたりはついてるってわけ?」
「ええ、もちろん。他校の人間なもので、知り合いを一人つけています」
それまた用意がいいことで。
まぁ、その分なら早く動きがありそうだ。
橘の説明を終えると、今度は松本が真剣な顔――会長らしい顔をする。こいつがこうしているときは、おそらく憤りを感じているときだろう。
己の手を下さず相手を陥れる、そういう行いを松本は嫌う。だから許せないのだろう。
「近いうち誰かが被害に合うはずだと報告があった。・・おそらく今日か明日にでも。
誠人、悪いがこれから明日まで奴らを張ってもらいたい。奴らが出入りしてる場所もだいたいは突き止めている。動きがあればすぐに好きにやってもらって構わない」
「へぇ、好きに?校外でも特権に守られるわけ?」
「今回は特別だ。加害側だけじゃなく被害側もうちの生徒であるなら、十分生徒会の力が効く範囲だろう」
「・・・うちの生徒?誰が狙われるかまで分かってるわけ?」
「いや、それは分からない。だからこそ手遅れにならないうちにお前に頼みたいんだよ」
「・・・・・・」
そのとき、ふと、何かが頭をよぎった。
それがなんだと聞かれれば答えるコトは出来ないけれど、小さな予感。
ムシの知らせというやつか。
「松本・・、その指示を出している奴の素性は?」
「女だ」
「・・オンナ?」
「ああ。楠木桜子、S女2年在籍。なんでも去年のミスに選ばれている美人だそうだ。プライドの高いお嬢様らしくてな、報告によればなにやらうちの生徒に強い恨みがあるらしい。物騒にも”半殺しにして”と、息巻いていたようだからな」
その時頭に響いたのは、名前も知らない女の金切り声だった。