はじまりの合図【14

 




「ん・・・」


また夢を見ていた。懲りずに久保ちゃんの夢だ。

だけどこの前とは違っていて、久保ちゃんは一人で佇んでいた。

どこか寂しそうに、一人。

どうしたんだよ、何かあった?そういって近づきたいのに体が動かない。

なんだよ、なんで動けないんだ。

 必死に手足を動かして闇雲にもがいてみても、何かがぎりぎりと体を締め付けて身動きがとれない。


ちくしょう。
待ってろよ久保ちゃん。今行くから。
俺が傍にいてやるからそんな顔するな。

お前の一番近くに、俺がいるから。








「――きろ」



「起きろよ、ほら」

「うっ・・」



頬に衝撃を感じて意識が浮遊した。

やっぱり俺は眠っていたらしい。夢を見ていたみたいだ。・・ああ良かった。あんな寂しそうな久保ちゃんが現実じゃなくて何だかホッとした。

目を開けると、高く鉄筋がむき出しの天井。所々ある電球の光が眩しくて、目をそらす。
―――そこでようやくはっきりと目が覚めた。


「な・・!?・・なんだ・・?」


どう見ても知らない場所だった。外とも室内とも違う、広い倉庫のような場所で俺は眠っていたらしい。背中の硬い感触は床・・というよりも砂地で、ざらざらごつごつしている。眠る場所としては最悪の環境だろう。なんかの工場とかにあるような倉庫のような所で、俺はなぜかそこに転がっていた。


「ようやく起きたぜこいつ」


一人じゃないのは明白だ。俺の体を跨ぐように立って見下ろしている男は、俺と同じくらいの高校生で、柄の悪い格好に金髪の頭。じんじんと頬が痛いと思えば、この男に頬を叩かれて起こされたのだと気づいた。

くそ、思い切り殴りやがったな、とそう悪態をつくよりも、今の自分の状態に戸惑う。
ここはどこだ。俺は一体なんでこんなところにいるんだ。

 腕が痛い。それもそのはず両手は後ろ手にしっかりと固定されている。体重を受けて痺れる手が苦しくて、どうにか体を横向きにしてみるが、両足首も紐らしきもので縛られていてうまく動けない。

 なんなんだよ、これ。一体何がどうなって・・・?

「――おい、始めようぜ」


訳が分からなくて茫然としていると、目の前の奴が声をかけた方――入り口付近から、4、5人の男らがこっちに向かってくることに気づいて、目を瞠った。


「起きてねぇとつまんねぇもんな」

「早く殴ってすっきりしてぇー」


にやにやと笑うやつらの手にはそれぞれバットやら角材やら、物騒なものが握られていた。

 ・・な、なんで、こんなことになってんだ・・?




さっきまで、俺は学校にいた。

 今日は久保ちゃんが用があると言って、俺は一人で学校を出たんだ。

そうだ。今日は寄り道もしなかった。久保ちゃんいなくてつまらなくて、んで帰り道を歩いていただけだった。いつもと違うことといえば―――ああそうだ。

きっかけは、突然聞こえた女の悲鳴。

驚くよりなにより勝手に体が反応していた。気づけば俺は悲鳴が聞こえた路地裏へと走り出していた。そしてそこで、数人の男が女を拘束している現場に居合わせたのだ。


「なにしてんだ!彼女を放せよ」

「アぁ?なんだてめぇ、すっこんでろよ」


泣きながら怯えて蹲る女を見て、じっとしてられるわけがなかった。か弱い女一人を相手に卑怯な真似をする奴らなんて許せない。先手必勝だと手近にいた男を思いきり殴り、その場で2人を倒した。誤算だったのは思ったより仲間が多かったことだ。一人の男が彼女を盾にしやがった。


「いやぁ、助けてっ」

「てめぇっ、放せっ!」


ナイフを突きつけられて、動けなくなった。少しでも動けば女を刺すと脅されれば、なにも出来なくなる。


「ひざまづけよ、女やるぜ?」

「くそっ・・!」


下手な抵抗は出来なかった。何とか隙を見つけて女だけでも逃がそうと考えを巡らせていたとき、後頭部に激しい衝撃を感じて―――、そうだ、それから意識を失ったんだ。


・・・・なんてこった。そうか、くそっ、そういうことかよ。

ようやく記憶が蘇ってきて、自分があの男等に捕まったのだと分かった。後ろから殴られて意識がぶっ飛んでいる間にこんなひとけのない場所に引きずられてきたってわけか。


ぞろぞろとやってきた男を睨みあげれば、さっき見た奴がいる。俺が殴った男だ。


「よぉ、さっきはよくもやってくれたなぁ?たっぷりお返ししてやるぜっ!」

「ぐっ・・!」


いきなり腹を蹴られて、内臓が飛び出るかと思った。受け身をとっていて良かった、気を抜いていたらきっと吐いてた。

それでも痛みがあるには変わりなくて身を屈めて息をつめていると、頭上から楽しそうな声が聞こえてくる。


「俺もこいつには借りがあるからさ、早くボコろうぜ」

「生意気だったんだよなこいつ」


そんな台詞と、奴らの制服を見てはたと気づいた。


「お前等・・、荒磯(うち)のやつか?」


かなり着崩しているけど同じ学ランに見えるし、そういえばそのうちの何人かはなんとなく見覚えがある気がする。


「だからなんだよ?お前には一度邪魔されたからなぁ、一年の立場、しっかり分からせてやるよ」

「あ・・、お前は、確かカツあげしてたやつ・・」


そうだ、こいつらクラスメイトをカツ上げしていた奴らだ。街で偶然居合わせて、俺はそれを止めに入った。

他校の奴らも混じってて殴りあいになって、それが学校にバレて俺も絞られたんだ。まぁ、殴りあいといってもほとんど俺は無傷だったし、日頃の行いの悪いこいつら相手だったからかなり大目に見てもらえたんだけど。

 ・・・じゃあこいつらは俺に恨みがあって、こんな真似を?

くそ、やべぇな。よりにもよってこんなやつらに捕まっちまうなんて。
身動きとれねぇんじゃ、さすがにヤバイ。



「やっと起きたの?」

どうにか紐を外そうともがいているときだった。

高い女の声と近づく足音がした。男等の隙間から見上げると、細い脚と短いスカート。さらに視線をあげれば、そこにいたのは髪の長い女子生徒だった。

それがさっきナイフを突きつけられていた女だと分かって、目を見開く。


「あ、お前、大丈夫かっ・・!――――え?」


違和感に驚く。さっきまで泣いていた女とは全く別人のように見えた。

いや、同じなんだけど、様子が違う。

そしてよく見ると、女の顔に見覚えがあることに気づいた。


「お前・・・!?」


”S女のマドンナ”


そこにいたのは久保ちゃんの腕にまとわりついてきた、あの女だった。

女は絶句する俺を見下ろして、ゆるりと笑みを浮かべていた。


「さっきは助けてくれてありがとう。ふふふ、ごめんなさいね。まさか本当にこんな手でのってくれるとは思わなくて」

「こんな手・・って・・」

「貴方のコト調べさせてもらったの。ずいぶん正義感の強いイイ子ちゃんみたいじゃない。だから襲われたふりしてみたんだけど、ホント見事に騙されてくれちゃって、楽しかったわ」

「襲われた、フリ・・?」

まだ分からないの?と高笑いする女に呆気にとられながら、ようやく事態が呑み込めてきた。

つまり、この女は襲われたフリをして俺を呼び寄せたっつーことで。最初っから俺が目的だった・・?

頭で理解すると同時にふつふつと怒りがこみ上げてくる。

「・・お前、どういうつもりだ・・っ」

「あら、分からないの?」

「分からねぇから聞いてんだろ!」

「そう、じゃあ教えてあげる。貴方に恨みがあるからよ」

「は・・・?」

「―――まずは痛めつけて」


女がそう言うなり、男に胸ぐらを捕まれ引き上げられた。


「くっ・・」

「桜子には感謝だな。今回のターゲットがこいつだとは思わなかったぜ。ラッキー」

「っ・・!」


ニヤリと笑った男に殴られて再び床に転がる。

そのまま男らの攻撃が始まり、俺は最小限で済むように攻撃に合わせて避けるのに精一杯だった。逃げることも紐を解くことすらままならない。

急所をガードするものの、無防備になった背中や脚に衝撃が走る。素手ならまだしも武器で頭でも殴らようものなら洒落にならないと思ったけれど、一応バカでも考えているのか顔や体を狙ってやられた。口の中が切れたらしく、じんわりと鉄の味が広がる。


「いいわ。ふふ、いい顔になったじゃない」


女が至近距離で俺をのぞき込んで笑う。それが心底楽しそうに歪んで見えて、思い切り睨みつけた。


「てめぇっ・・」

「あらあら怖い。―――なによ、ホモのくせに」

「・・・は・・?」


心底軽蔑するような目でそんなことを言われて目を丸くした。

ホモ・・・、って。・・・・・俺が?


「ホモ?マジかよ、気持ち悪ぃ!」

「でもこいつ結構キレイな顔してんぜ?」

「まぁ、うちの女共も騒いでたもんなぁ、それがホモかよ!ウケるっ」


囲んでいた奴らが一様に騒ぎ出した。

―――ふざけんなっ。俺はホモじゃねぇし!

だいたいホモって言ったのは久保ちゃんであって、断じて俺は違う、・・・・はずだ。

一瞬夢を見たことを思い出して自信が無くなったことはこの際おいておこう。


「そうだわ、ねぇあなたたち。この子やっちゃってよ」


唐突に女が目を輝かせて言った。すると男達が顔を歪める。


「はぁ?マジかよ、こいつ男だぜ?」

「ぜーってぇ無理!」

「俺もパス」

「あら、お礼なら弾むわよ?」


何の話だ。

軽く揉め始めた奴らに眉を寄せながら、女を睨み返す。

とにかくどうにか紐を解いて逃げなくてはと、闇雲に手首を動かしてみても、少しだけ緩みはするが外れそうにない。

 そうこうしているうちに、一人の男―――俺を殴って起こした金髪野郎が、胸ぐらをつかんで顔を近づけてきた。


「じゃあ俺がやってやるよ」

臭い息が頬に触れてぞくりと悪寒が走る。

つーか顔近い!気持ち悪いっつーのっ!

「く、は、なせっ・・!」


ニヤリといやな笑みを浮かべる奴をギッと見返す俺の周りで、ほかの奴らが騒ぎ始めた。


「げぇ!お前マジで?」

「ああ、俺もそっちの趣味はねぇけどさ、こいつならイケそうだからな」

「ひゃははっ、すげぇ、楽しそー」

「ひゃー、俺見たくねぇし」


ぎゃあぎゃあと好き勝手騒ぐ奴らがうるさくてたまらない。さっきからこいつら何を言ってるんだ。意味は分からないけれど、俺が不快なことであることは確かだろう。

顔を引き起こされて無理な体勢が苦しくて顔を歪める俺に、女が腰を折って顔を近づけてくる。

「決まりね。写真撮ってばらまいてやるわ」


間近で見た女は多分キレーな顔をしていた。けれどそれは表面的なもので、歪んだ表情は俺から見てもみっともないほど醜く見えた。


「私の久保田君を寝取るなんて悪い子だもの。アンタなんてボロボロにしてあげる」

そうして女は歪んだ顔で、うっとりと笑った。

 



 

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