はじまりの合図【16

 




寝取る・・・?

女に言われた言葉に目を見開く。

白い顔を怒りに赤く染め、忌々しげに眉を寄せて睨んでくる目に、ああ、となんとなく納得した。


そうか、こいつ、俺に久保ちゃんをとられたと思ってるのか・・・。

寝取るうんぬんは意味が分からないけど、久保ちゃんにフラレた腹いせってやつか?

あ、そっか。あんとき久保ちゃんがホモで男のがイイとか言うから、勘違いしてんのか。

――それってさ、逆恨みっていうんじゃねぇか?

・・・けどまぁ、キスしちまったし、全く勘違いってわけでもなかったりするけど・・。


そんな後ろめたい部分もあるせいで言い返せずにいると、女は俺を睨んでから「写真は後で撮るわ。見たくないから終わったら声かけて」と部屋から出ていった。

「お前待っ、――わっ!」


 その背を呼びとめる間も無く、
さっきまで胸ぐらを掴んでいた金髪男が俺を仰向けに転がしてきた。


「悪く思うなよ。おとなしくしてれば優しくしてやるぜ?」

「やれやれ、やっちまえっ!」


・・・
なんだ、こいつら?

さっきまでとは何かが違うことに気づく。異様にギラギラとした目に背筋がぞくりとする。

 両腕は後ろにあるまま、男に後ろから肩を押さえつけられて、足の紐が解かれたかと思えば今度は両足を二人がかりで押さえてくる。


「くそっ、はなせっ!」


圧倒的に不利だった。自由が利かない上に、相手は数もある。

四肢を押さえつけられれば、逃げようがない。

だけどこーゆーのはビビッたら負けだ。

たとえ半殺しにされても、ぜってえ負けねぇ。


「やれるもんならやってみろ!殴りたきゃ好きなだけ殴ればいいだろっ、倍返しにしてやるっ」

「はは、こいつ分かってねぇぜ」

「今からなにされるのか、おこちゃまには分かんねぇか?」

「っ・・!」


金髪の男が取り出したものがナイフだと気づいて体が強ばる。小型でも先の鋭いサバイバルナイフ。

そんなものを隠し持っているなんて卑怯な奴らだ、と叫ぶ間もなく恐怖に駆られた。

ナイフを制服のシャツの上に押し当てられたのだ。

刺されるっ―――!そう覚悟して目を閉じた瞬間、制服がビリリィっと悲鳴をあげた。


「――なっ・・!?」


無惨に引き裂かれたシャツ、真っ二つに制服を破られ絶句する。

奴らは肌蹴られた上半身を見るなり、口笛を鳴らした。


「ひょーっ、肌白ぇーっ」

「ひゃはは、胸ぺったんこだな」

「そりゃそうだろ。しっかし細ぇ腰だな、どこにあんな力があんだ?」


・・・・・・なんだ、これ。

何かが、おかしい。

当たり前だろ。俺は男なんだから、胸なんかあるか。そう言ってやりたいのに驚きに言葉にならない。

訳の分からない戸惑いに、やめろと叫んで身を捩るけれど、一人の手はあり得ないところへ伸びてきた。


「痛っ・・!」


胸元の先端―――普段触れることのないような場所を痛いほどに指先で潰され、こねるような動きを見せる。そのたびに楽しげな笑い声が響いてカッと頭に血が上る。


「てっ、てめぇっ!ふざけんなっ、やるならさっさとやれよっ!」

「へぇ?早く欲しいわけかぁ?」

「へへ、やっぱこいつ分かってねぇな、教えてやれよ」


金髪野郎はイヤな笑みを浮かべたまま、更にあらぬところを触ってきた。俺は「うわっ」と素っ頓狂な声をあげる。

尻だ。制服のズボンの上から、後ろの方をさわりと触られたのだ。


「なっ、なっ、何すんだっっ!!」


気味の悪さに青くなって叫ぶと、金髪は信じられないことに、自分でズボンの中心を撫でていた。

そいつのモノがテントを張っていることに気づいてぎょっとした。


「今からお前は女の代わりになるんだよ」

「・・・・は?」


そんなセリフを吐かれた瞬間、俺はピシリと固まった。

・・・・女の代わり?・・なんだそれ・・・。

意味が分からずぎゅっと眉を寄せる俺を見て、金髪男は完全に形を成した自身を手に口端をつり上げて見せる。


なぜだろう。

なんだか分からないけど、とてつもなくイヤな予感がする。これ以上聞かない方がいい。こういうときの俺の勘はずば抜けているもんだ。

気分が悪い。訳はわからないけど、生理的に気持ち悪い。

そんな心の声は届くはずもなく、男はなおも言葉を続けようとする。


「分かるか、お前のそこに、俺のコレを――、」


やめろ、もういい―――――

俺がそう止めようとしたときだった。

その一瞬早く、奴らは黙りこむことになった。

さっきから――いや、もうずっと前から頭を占めていた人物が、俺の代わりに奴らの口を塞いだのだ。


「はい、そこまで」と、低い声が聞こえた瞬間、唐突に訪れた静寂。

あまりのコトの成り行きに衝撃を受けていたせいで、俺もそして周りの奴らも、人の気配には気づかなかった。

 けれど俺には、声だけで十分に分かる。


考えないようにしていたんだ。

久保ちゃんが助けにきてくれるんじゃないか・・なんて、そんなこと考えないようにしていた。だって、俺は助けを待つような女々しい男じゃねぇし。

それに、久保ちゃんのことばかり考えてると、どうにか張っていた気が弱くなっちまいそうだったから――。


ざっと音がしそうなほど全員が、一斉に出口の方を見やる。

そこには長身の男がいた。のっそりと立ち尽くし、正面からこちらを見ているけれど、猫背であることがなんなく分かる。


「・・・久保ちゃん・・・」

両手をズボンのポケットに無造作に突っ込んで、興味なさそうに立っているけれど、その目はどこか鋭くも見える。どんなときでも冷静で何事にも動じない表情だけれど、その目が今は少しだけ何かを秘めている。俺にはそう分かった。そして―――。 

その姿を一目見て、俺はやっぱり自分がどれほどこの男を待ち望んでいたのか、思い知らされた気分だった。


「それ以上、時任に汚い言葉吐かないでくれる?」

「――く、久保田っ!?」


久保ちゃんがそう呟くと、男等が面白いほどに慌てふためく。

どうやらこいつらも久保ちゃんを知っているらしい。まぁそうか、荒磯の奴なら誰でも知ってるだろう。

驚きざわつく奴らを見ながら、俺は緩みそうになる気を張って、とりあえず自分のすべきことを考えた。

 今なら反撃できる。こんな目にあわされた礼は10倍で返してやらなければ気が済まない。そしてなによりも。

・・・・これ以上、未来の”相方”にみっともねぇとこばっか見せたくない。


今だ、と呼吸を止める。

予想外のキャストに気を取られて、脚の拘束が緩んだ瞬間を狙った。思い切り蹴りあげた膝は金髪の男の顎にヒットして、そいつは鈍いうめき声とともに後ろへ倒れる。そのまま左右の男等のスネにも蹴りを入れ、後ろの奴には後頭部から頭突きをいれる。

そして制服を切り裂いたナイフを後ろ手にとり、ぷつりと紐を切った。

一連の行動は考えるより先に再現できていて、一撃ずつ食らった奴らが起きあがる頃にはすでにそいつらに向かい合っていた。


「お見事」


奴らの向こう側から、久保ちゃんが微笑んでくれる。

その姿に俺は、心底ホッとしていた――。






 



 

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