はじまりの合図【18】―2
***
手当をしてもらってから少しうとうとしてしまって、気づいたらソファに横になっていた。
いつのまにか外は真っ暗で、帰るのも面倒くさくなっていたら、久保ちゃんが「泊まって行けば?」と提案してくれた。
断る理由なんかなく、俺は喜んで頷いた。
泊まりなんて初めてだ。ちょっとした旅行気分でワクワクする。
「あー、腹減った」
それもそうだ、時計を見ればもう夕食の時間を超えている。よく動いたからその分腹もすいていた。
「めんどいだろ?そうだ、出前にしようぜっ」
なんだかウキウキと嬉しくなって、待ち時間の30分なんかまったく苦にならないから不思議だ。
「おう!」
ここ、なんだかやたらと居心地がいい。
さっきもつい寝ちまったし、安らぐっていうかなんていうか。
なんかこういうのっていいなと思った。
テレビをつけなくとも、なにを話さなくとも。
人一人分開けた隣に久保ちゃんがゆったりと座っている。俺はその距離になんだかドキドキしたり、ほっとしたり。
この近さが、俺たちの近さのように感じる。
久保ちゃんにまた近づけた、そんな気がして胸があったかくなる。
ソファの背に寄りかかるようにして思い切り伸びをする。
すると本当にヒリヒリと体中が痛んで、うっと息をのんだ。
その中でもビリっと痛んだ場所は普段ならあり得ない場所で、ゲッと顔をしかめる。
好き勝手に触られたことを思い出して、再び怒りがこみ上げてくる。
まったく変な嫌がらせしやがって。
「乳首だよ乳首っ、腫れて痛ぇのっ」
だって服に擦れるだけで痛いんだぞ。
「?」
なんか、怒ってるように見えたのは気のせいか?
訳分からないことを言われて生理的に気色悪かったんだけど、結局あいつら何がしたかったんだろう。
リンチに合うかと思えばそんな空気でもなかったし。
「?うん・・?」
唐突に流れたおかしな空気になんと言っていいか分からず
「唇切れてる・・、ねぇ、ここは触られなかった?」
「え?」
いつの間にか、すぐ近くに感じる久保ちゃんに、急速に心臓が踊りだす。
「キスも、されてない?」
「はぁ?されてねぇよ。だいたい野郎同士でなんでキスなんか、・・あ。」
「お、おう・・」
覆い被さってくるような大きな体に、目を丸くした次の瞬間、口端に濡れた感覚。
まさかと考えるより早く、傷口をぺろりと舐められていたのだ。
一瞬、キスされるかも、と身構えはしたけど、まさか舐められるとは思わずぎょっとして胸を押し返す。けれど久保ちゃんは構わずに頬の傷にも舌を這わしてきた。
じたばたする俺に構わず「消毒ね」なんて久保ちゃんがのんびり笑う。
暢気な笑顔に抵抗するのもバカらしくなって、だんだんと力が抜けてくる。
「うん、犬だよ。―――お前だけに懐いちゃった、どうしようもない犬」
おれだけに懐いた――?
・・・それって、松本よりも?
そんな疑問は浮かんだけど、多分聞く必要はないって思った。
だって”俺だけ”なんだから。
特別な言葉に、ふわりと嬉しくなってくる。
「可愛いって、――俺が?」
「ち、ちがう!犬だったらってこと。自分だけに懐く犬って可愛いじゃん」
「久保ちゃんは犬じゃねぇって、――うっ」
違う、そこは傷なんかない。そう言おうとするのに、耳たぶをねっとりと唇に含まれて息を詰めた。
ぴちゃぴちゃと水音がダイレクトに脳に響いて、思わず身をよじる。そのまま温かな舌は無防備な俺の首筋へと下がっていく。
悪寒に似ているけど、決して不快なものじゃない。
それどころか急速に体に熱がこもってくる。
「え、あっ・・や・・っ、久保ちゃん・・っ!」
犬っていうか、そういうんじゃなくて――。
腫れてぷっくりと赤いものが、久保ちゃんの舌に潰され舐められ吸い込まれていくのが見える。
あまりの光景に、眩暈がしてくる。
久保ちゃんの吐息が肌にかかっただけで、ぞくぞくする。
これ以上されたら、間違いなく勃つってば。
もうすでに高ぶり始めてるんだ。これ以上はもう、引っ込みがつかなくなってしまう。
今度はゆっくりと顔に近づいてくる、久保ちゃんの端正な顔立ち――。
――ああ、やっぱ、こいついい男だな。
けど認めざるを得ない。
近づいては離れて、頬に、目に、鼻先に。そして唇に何度も何度も降ってくる。
気恥ずかしい、くすぐったい。だけど優しいキスが嬉しくて、久保ちゃんの胸元のシャツをぎゅっと握る。
すると、不意に、唇が深く重なった。
息をつくのが難しいほど、厚い舌が俺を絡めて離そうとしない。それでもどうにか応えることができたのは、2度目だったからか。
すぐにタバコの臭いは気にならなくなった。
久保ちゃんの匂いも、たぶん俺の匂いも。
一緒になって分からなくなる。
体は熱くてたまらないのに、胸の中がいっぱいで、温かいものにたっぷり満たされているような、不思議な感覚。
それをどうにか言葉にしたいけれど、俺にはうまく言い表せない。
僅かに離れたキスの合間に、久保ちゃんが囁くように言った。
「好きだよ・・」
ハッと目を見開いて、至近距離で穏やかな瞳を見る。
だってあれは夢だった。
――――だけど、これは。
「時任、好き」
俺が知りたかったことも、きっと。
本当は言いたいことがあるのに。
・・・いや、多分、塞がれていなくても俺はまだ言えない。
言えないんじゃなくて、言いたくない。
だってそんなの、・・・・恥ずかしすぎるだろ。
一番近くにいたいなんてさ。
俺が素直にその言葉を口にできる日は、きっと遠くない。
そんな気がした。
End
一応完結ですが、番外の続編があります。裏になりますので大丈夫な方はお進みください(*^_^*)
戻る