キス、しちまった・・・。
試してみる?なんて、軽口を実行する久保ちゃんは本当何考えているのか分からない。
初めてだったのに、と抗議しようとしたら、久保ちゃんは男同士だから別にいいでしょ、なんて。
そう言われてみりゃいいのかなって一瞬思ってみたはいいけどさ、良く考えたら・・・
―――全然良くないっての!!!
だって、変だろ?
久保ちゃんも変だけど、俺が変なんだよ。
だって、だって。
俺、やっぱおかしいのかもしれない。
だって、男と・・久保ちゃんとキスした時、・・・すっげくドキドキした――!!
心臓が飛び出しそうで、顔が熱くて。
少しかさついた温もりが触れた瞬間、体の奥が重く疼いた気がした。
それからその日は久保ちゃんの顔がまともに見れなくて。
変に意識して、心臓はどきどきしてて。
変だ。やぱり変だ。
久保ちゃんが、前よりもずっと男前に見える気がするし・・。
俺、どうしちまったんだろう・・・・。
「時任、帰ろうか」
「・・おう」
すっかり定位置となった久保ちゃんの隣で、教室を後にする。
気がついたらこうやって一緒に帰るのも当たり前になっていて、昼休みも一緒に過ごしてるし、前にも増して友達になれたって気がする。
キスされてからもそれは変わらなくて、久保ちゃんはさっぱり気にしてないみたいだし、俺はそれはそれでいいんだって思ってた。
あれはただの実験で、じゃれ合いみたいなもんで。
ただの冗談なんだから。
・・・だけど。
「久保田君っ!!」
街を歩いていると、甲高い声に呼び止められた。久保ちゃんが振り返るのと同時に俺も振り返ってみれば、そこには見覚えのない女がいて、目を丸くした。
驚いたのは、その子が美少女だったからという理由ではなく。
ぽろぽろと涙を流していたから―――。
「やっと会えた!電話もメ―ルも全然返してくれないから、私っ、すごく寂しかった!」
目をキラキラさせて久保ちゃんに抱きつく女を、呆気にとられて隣で見ていて。
周囲の好奇の目に晒されながら、ドラマ並みの抱擁を見せる女に、ただぽかんと口を開けるしかなかった。
だけど、その女が有名なS女の制服を着ていることに気づいて、あることを思い出す。
『S女のマドンナがさ、久保田にハラまされたって』
ドクリ――、と胸が不穏な音を立てた。
もしかして、一度きり、ホテルに行った女って、こいつ・・?
その疑問が正しかったことを、女の口から出た言葉で確信する。
「どうして会ってくれなかったの?もしかして変な噂のこと気にしてるの?」
「いや、それは気にしてないけど」
「良かったぁ!私久保田君とちゃんと付き合いたくて、友達に相談してたんだけどどういうわけか変な噂になちゃったから困ってたのっ」
嘘つけっっ。
久保ちゃんは腹いせだって言ってたぞ。
大方自分で噂流して同情誘おうとでも思ったんだろって。
「ね!今から付き合ってよ!デ―トしてくれない?」
「でも俺今日は予定あるし」
「いいでしょ?なんなら、すぐにホテルでもいいわよ?・・この前より楽しませてあげるから、ね?」
「っ!!」
うっとりと囁く女に、息を呑んだのは俺。
久保ちゃんはぽりぽりと頭を掻きながらぼんやりとしているけど。
とんでもねぇ・・・。
今、すっげぇ言葉が聞こえたぞ。
ホテルに誘うなんて。この前より楽しませてあげるって。
こんな街中で、それも隣に俺っていうダチがいるの分かってて言う言葉かよ。
まるで、俺に聞かせるみたいに・・。
なんだろ、すっげぇイライラする。
目の前で繰り広げられるやり取りをこれ以上見たくなくて、「先に帰る」と口を開こうとしたときだった。久保ちゃんが、やんわりと女の手を振り払った。
「う―ん。やっぱパス」
「え!ど、どうして?」
「俺、今からこいつと約束あるし、それに・・」
「それに?」
「あんまアンタとのセックスに興味ないんだよね」
俺はさっきまでの怒りはどこへやら、あまりの言葉に体が硬直した。
女も見て分かるほどに、ビシリと固まっている。
キレ―な顔が怖いくらい強張って、あんぐりと口を開けている。
きっとフラれたことなんてないんだろう。
多分、こんなこと言うのは久保ちゃんくらいな気がする。
「あ、別にアンタが悪いわけじゃないから。まぁそうだなぁ・・・俺、ホモなんだ。だから男の方が好きなわけ」
ぐいっと俺の肩を抱くようにして、久保ちゃんはそう言った・・。
「・・・・・・・・はぁっ!!!???」
一瞬の沈黙の後、盛大に声を上げたのは、俺。
「じゃそゆことで。サイナラ」
そのまま俺の腕を引っ張って、立ちつくす女に笑みを見せて歩き出す。
呆然と俺たちを見送る女が視界からいなくなって、ようやく我に返った。
「ちょ、ちょ、ちょっと久保ちゃんっ!?」
「ん―?」
ぐいぐいと腕をひかれて歩きながら、さっきの言葉が頭をぐるぐると回る。
「久保ちゃん、ほ、ほ・・・」
「ほ?」
「ホモって・・、嘘、だよな?」
「ん―、多分」
「たっ多分ってなんだよ、多分って!」
ホモって・・、つまり男が好きってことだろ?
・・・・いやいやいや!
そんなわけがないとブンブン首を振っていると、久保ちゃんは俺の腕を放して、煙草に火をつけている。
ふ―っと白い息を吐き出すと、俺に細い目を向けた。
「うん、女の子としかキスもセックスもしたことなかったんだけどね。お前とこないだキスしたじゃない?」
「う?・・な、なんだよ、いきなり」
さらりとそんな話を出されて言葉に詰まる。
人がわざと触れずにいたっつーのにっ。
思い返すだけで顔が熱くなりそうな話題に、無意識に眉根が寄った。
「うん、それで、反応しちゃったから」
「・・反応?何の話だ?」
少しばかり警戒しながら話を聞いて、首を傾げた。
会話の意図が分からなかった。
だけど、次の一言で、俺はピタリと足を止めて目ん玉ひん剥くほどの衝撃を受けることになる。
「――だから、お前とのキスで、勃ちゃったの」
「・・・・・は・・?」
ココがね、と自分の下肢を指差す久保ちゃんに、視線をそこへやってみて・・・・・
次の瞬間、
「◇#☆Ж●ξ!!??」
「あはは、時任、言葉になってないよ」
声にならない声を上げる俺に、久保ちゃんはのんびりと笑った。
な、な、な・・なんて言った?
今ものすごいこと、あり得ないくらいサラリと言われなかったか!?
こんな時にテンパる俺は普通だろ!?
「まぁ、正しく言うと、あん時は分からなかったけど、一人になって思い返した時に反応したっていうか。・・・うん、まぁだから俺ホモなのかなぁって思って」
のほほんとそんなことを言ってウンウンと頷いている久保ちゃんが、おかしいってことは誰が見ても一目瞭然だ!
だってだって、俺とのキスでた、勃ったって・・。
それって、つ、つまり・・。
―――つまり、どういうことだ?
「・・そ、それって意味分かんねぇんだけど・・。俺はそういうのお、女ともしたことねぇからさ・・」
「うん。そうだよね。俺もどうしてかなって不思議」
不思議って・・・。
勃つってことは、キモチイイからってことだよな。
でも、あん時のキスって軽く触れただけであっと言う間だったし、キモチイイとか悪いとか感じる間も無かったんだけど・・。
ほかに感じたものといえば、やっぱかなりドキドキしたってことくらい。
確かに俺も久保ちゃん相手にあそこまでドキドキするのはおかしいって思ってたけど。
「・・・久保ちゃん・・、それってキスが原因なのかな」
「うん?」
「・・いや、俺もあれからなんか変だから・・」
「・・・・・」
あれから、変に久保ちゃんのことばっか考えちまうし。
あんなことしちまったから、おかしくなったんだ。
真剣にそう考えて眉を寄せていると、久保ちゃんは短くなった煙草を捨てて揉み消して。
そのあと、俺の目を見てこう言ったのだ。
「―――じゃあさ、もう一回試してみようか?」