事実はホラーよりも奇なり?【6】
シン、と静まり返った室内は再び真っ暗になる。けれど先ほどまで感じていたような薄気味悪さは無くなっていた。
これでようやく今回の公務が終わったのだと、面々にもほっと安堵の空気が流れた。
「はぁ、一件落着ってことね」
「うむ、そのようだ」
手にした懐中電灯もちゃんと点く。桂木はそれを不思議そうに見たあと、ポケットから札を出してぼやいた。
「結局このお札効かなかったわねぇ。まぁないよりはマシだったのかもしれないけど」
「心の持ちようだな」
「そういうことデスね」
それぞれ脱力しながら、相浦が「それにしてもあの男、全く久保田に似てなかったなー」と思い出したように言う。
「そうか?少し目元が似ていた気がするが・・」
「背の高いところはそっくりデスよ」
「偶然同じ名前だったってだけでしょ。それだけで襲われちゃたまらないわよ」
「はは、そりゃそうだな」
和やかに会話する四人とはよそに、時任はいつまでも天を仰いでいた。
消えていった二人をぼんやりと見送る時任を久保田も黙って見つめていたが、やがて時任が細い体をぶるりと震わせて小さくくしゃみをすると、久保田は落ちてあった制服を拾った。
「時任、ほい」
「ん・・、あぁ、サンキュ・・」
渡された制服に袖を通す時任を見やりながら、久保田は目を細める。
「ねぇ、時任。・・さっきの、どこまで覚えてる?」
「え?どこまでって・・?・・・気がついたら久保ちゃんの膝の上にいて、女が襲いかかってくるから咄嗟に立ち上がって・・」
「あ―・・、やっぱ、その前は覚えてないかぁ」
予想通りの答えに久保田はふうと息を吐いた。寒っと両腕をさする時任を見やる目には、何となくうらみがましさがこもってしまう。服を脱ぎ捨てたのは時任なのだが、そのことすら記憶にないのだろうか。そうなると憑りつかれていたことにも気づいていないのかもしれない。
「なぁ、その前って?」
不思議そうに首を傾げる時任に苦笑して、それならばともう一つ尋ねた。
「じゃあさ、お前自分が言ったことは覚えてる?」
「え」
「ゆ―れいに言ったこと。俺のことは絶対誰にも渡さないって、アレ」
「・・・・あ・・」
「ふーん、それは覚えてるんだ?」
久保田を庇う瞬間、時任が叫んだ言葉は無意識のものだったのかもしれない。それでも聞かずにはいられない。あれは確かに時任そのものだった。
「ねぇ、あれって本当?」
「な、なんだよ、本当って・・・」
「本当なら、さ。もう一回言ってくれないかな?」
「は?・・な、なんでだよ」
キスをした記憶がなくとも、無意識であったとしても、あの時言ってくれた言葉は本心だと自惚れたい。
せめてそのくらい言ってもらっても罰は当たらないだろうと久保田は時任をじっと見やるが、時任は中途半端に制服を羽織ったまま体を強張らせている。
「俺、よく覚えてないからさ、ちゃんと聞きたいなぁって。・・・・ダメ?」
「う・・・」
下から縋るように見上げると、時任は頬を赤くして眉を寄せる。揶揄い半分であれば嫌だと断られるだろうが、久保田の目は真剣だった。それに気付いた時任は首を振ることもできない。
桂木達はすでに部屋を出ていた。今から藤原の救出にでも行くのだろう。
二人きりで絶好のタイミング。恥ずかしがり屋の時任でも、今なら言いやすいはずだとさらに詰め寄る。久保田が「お願い」とせかすと、時任は視線を小さく彷徨わせながら「わ、分かったよ」と怒ったように言った。
「・・・・・お、俺は」
「うん」
たどたどしく時任が口を開く。久保田の切実な願いを受け入れた時任は、それでも恥ずかしさを隠せず視線を伏せて続けた。
「久保ちゃんは俺の相方で・・」
「うん・・」
「だから絶対誰にも・・わ、渡さねぇから・・」
「――うん」
やっぱり、本物の時任だなぁ、と久保田は目を細める。大胆な時任も捨てがたいが、感情の分かりやすい純粋な時任が一番だと思う。
「ありがとね?」
眩しそうに見つめながら頬を緩めると、時任の頬はさらに朱を帯びていった。
そんな中久保田は戸惑うように揺れる時任の瞳に、何か別のものを感じていた。そして時任も、何かハッとしたような顔で久保田を見上げてくる。
「・・・・あ・・、俺・・」
間近で交わる視線は、逸らされることなく絡み合っている。綺麗な瞳を真っ向から受けて久保田は吸い寄せられるように一歩近づいた。
「く、久保ちゃ・・」
薄く開いた唇、そこに触れた事実を無かったことには到底できない。久保田の指がそっと時任の頬に触れた。
「時任――」
そして。
「久保田しぇんぱ―――いっっ!!」
唐突に割り込んできたのは、がく―っと力が抜けるような鳴き声。瞬間、二人を纏っていた空気が霧散した。
この邪魔者が唐突なのはいつもの通りである。
犬であればきゃ―んきゃ―んとまとわりつく勢いで、藤原が二人の間に突撃してくる。
室田達に助けられ一番に久保田の元へと駆けてきたのだろう。その後ろから残りのメンバ―も戻ってくる。
霊を封じていた強い札の代わりに持参した札を貼り付けたところ、簡単に藤原は脱出することができたらしく、意外と効くのねと桂木が感心していた。
しかし少しばかりタイミングが早すぎるようである。いいところだったのになぁ、とぼやく久保田の声は誰にも聞こえない。
藤原にいたってはそれどころじゃなく、時任の姿を見て愕然と目を見開いた。
「ちょっ!時任先輩っ、アンタ、な、なんて格好してるんですかぁぁl!!」
「あ・・、こ、これは」
「やっぱ気づいた?」
あまりにも自然に桂木達がスル―していたから忘れそうになるが、時任はずっと上半身裸だった。今では制服を羽織っているものの、その下に着ていたはずの衣
服は床に散らばったままであるし、裸に制服のジャケットのみを羽織っているという姿はある意味何も着ていないよりも怪しい。がさつで子供っぽいイメージの
時任であるが、酷く色気を感じるその姿に、桂木や室田達はあえて尋ねなかった。
しかし藤原にとってはゆゆしき問題。
シャツを拾い上げ慌てて着込む時任に、藤原が憤怒の形相でぷるぷると震えている。
「い、いったい密室で久保田先輩と何してたんですかぁ!!」
「うっ、うるせぇよっ!!ゆ―れいが勝手に脱ぎやがったんだよっっ」
「そんなことあるわけないじゃないですかぁ!さ、さては時任先輩、暗闇をいいことに久保田先輩に迫って・!」
「せっ迫ってねぇ!!」
「僕の久保田先輩になにしてるんですかぁぁ!!」
「勝手にてめぇのもんにしてんじゃねぇよっ!なんもしてねーっつってんだろ!」
赤く染めた頬が怒りの為だけとは思えない時任に、藤原はさらに噛みつき、いつものように不毛なやりとりに発展していく。
そしてそれを止めるのもいつもの怒号と天誅だった。
「うるさーいっっ!」
「いってぇ!」「いったぁぁぃっっ!」
「ほら、帰るわよ!もう明日になっちゃうじゃない!」
時間は深夜。放っておけば朝まで言い合いしていそうな二人を桂木はいつものように涙目で黙らせ、それを合図に一行は腰をあげた。
「よし帰るか」
「長い一日でしたね」
「本当よ、もう幽霊退治なんてこりごり」
「でもまぁ、これで暖房器具確定だな」
「当然よっ、こんな思いしたんだから!」
校舎を出るとあたりはすっかり闇に落ち、真っ暗だった。晴れているはずの空を見上げると新月なのか月は見当たらず、代わりに星々が明るく煌めいている。
ひやりとした夜の空気と静けさに、いつまでも騒がしい声が響いた。
「時任先輩っ!久保田先輩に何もしてないでしょうねっっ!」
「し、してねぇ―よ!いつまで言ってんだ、この補欠っ」
何度叩かれても学習能力のない藤原に喧嘩を売られては黙っておけないとつい時任も応戦し、そうしてまた桂木の一喝を食らうことになる。
「あんた達、近所迷惑よ!黙りなさい!」
「あいたっっ!!」
「いってぇ!桂木っ、何回も叩くなっって!」
幽霊退治には用をなさなかった桂木の武器は、やはり用途が限られているようである。心なしかその威力が強いのは、非日常的な恐怖から解放されたことによる妙な達成感のせいのなのかもしれない。
ワイワイといつもの調子で騒がしく校舎を後にしながら、最後尾を歩く久保田はのんびりとしたものだった。
慣れた手つきで、懐からタバコを取り出す。けれど火をつけようと口に銜えたところで、何かを思いついたように再びポケットにしまってしまった。
そうしていつまでも元気の良い相方の後ろ姿をぼんやりと眺めて、小さく呟いた。
「・・・・”ゆ―れいが勝手に脱いだ”、ねぇ?」
――――――覚えてないんじゃなかったっけ?
霊に操られたことは覚えていないという時任と、何かを思い出したようにも見えた時任の揺れた瞳。
もしかすると時任は―――。
そこまで考えて真っ暗な空を仰いだ久保田は、ふっと息を吐いた。
「・・ま、いっか」
いくつかの散らばる星空から、時任の後ろ姿に視線を移して、いつものように目を細める。
それからふっと口元に笑みを刻んだ。
覚えていようがいまいが構わない。時任が大切な相方と想ってくれている以上に、久保田には変わらない想いがある。
――――それこそ、仲良く天に召されたあの二人のように強い想いが。
そしてなにより、未だ久保田の唇に残る時任の僅かなぬくもりは、消すことのできない真実なのだ。
それを煙草などで邪魔するのが、勿体なく思えるほどに甘いぬくもりが。
ふと振り返った時任と視線が合う。
途端に照れたように時任は頬を染めて笑顔を見せる。
いつものように無邪気なだけの笑顔とは、わずかに違うと感じる笑顔。
久保田は確実に変わった何かを予感して、楽しげな微笑みを返した。
end
完結いたしました!拙作を最後まで読んで下さりありがとうございました!!リクをいただいたT.T様、ブログにて改めてお礼を書かせて頂きます<(_ _)>
戻る