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 恋唄…【2】ボディ―ガ―ドはお任せあれ!



「脅迫状?」

「はい」


神妙な面もちで頷いたのは、工藤のマネ―ジャ―だった。

突然現れた工藤に、どういうことだと詰め寄る時任を久保田がなだめつつ、後から姿を見せたマネ―ジャ―はしきりに落ち着かない様子で汗を拭っている。


マネ―ジャ―の話によれば、行方不明になったわけじゃなく訳あってわざと姿を消したらしい。

どうやらニュ―スとは事情が大きく異なるらしかった。



はじまりは、工藤の事務所に届いた脅迫状。

毎日何百というファンレタ―が届けられる工藤の事務所。

そこに混じっていたのはファンとは間逆のものだった。ものすごい数の手紙からそれを引き当てたのも神業であるが、その封筒を開けばイタズラと片づけるには危険なものだったのだ。


「コンサ―トの中止?」

「はい。来週の武道館コンサ―トを中止すると発表しろ。でなければ、工藤ハルキの命はないと・・・」

「マジかよ」


コンサ―トを中止しないと、工藤ハルキの命はない。

イタズラにしては度がすぎる脅迫。手紙だけじゃなく、匿名の電話やメ―ルが同じ内容で相次いだのだという。

こうなると事務所も黙っていられない。

警察に知らせるなと釘を刺されている為、表だって通報することもできない。


「警察にガ―ドを頼み、中止にすることも考えたのですが・・」

「――冗談じゃねぇよ。武道館コンサ―トは俺の夢だったんだ。こんな脅迫に屈して中止なんてするわけがねぇ!」

「・・と本人もこの調子でして・・」


夏でもないのに汗をかくマネ―ジャ―をよそに、工藤は鼻息を荒くさせる。

黙って聞いていた時任は、訝しげに眉を寄せた。


「それでなんで行方不明になってんだよ?」

「これは社長の案だよ。とりあえずコンサ―トを最優先にするためにその直前まで行方不明にして犯人の目をくらます。当日は予定通り行って、念のためにコンサ―ト中とその後にはガ―ドをつける。犯人は武道館コンサ―トに念を置いてるみたいだから、それさえこなせばなんとかなるだろってこと」


安易な考えに聞こえるが、工藤にとっても事務所にとっても武道館コンサ―トを成功させることは大きな意味があるものらしい。身に及ぶ危険はあるものの、中止した場合の損失を考えれば、背に腹は代えられないというわけだろう。


なるほど、と時任は頷く。

その日までは身を隠しておかないといけないということ。

それは分かった。

黙って煙草をふかす久保田の隣で、「で?」と時任が口を出した。


「今こんなうろちょろしてていいのかよ。あぶねぇんじゃね?」


そんな複雑な事情があるのに、工藤はなぜここにいるのか。肝心の理由が分からないのだ。


「だってさ、警察にガ―ド頼めないんじゃどうしようもねぇだろ?初めはSPでも雇うかって言ってたんだけど、それも目立つからさ、俺が提案したんだ。もっといいボディ―ガ―ドがいるってさ」


工藤はそう答えるとニヤリと笑みを浮かべた。

それを見て久保田は表情を変えず、小さく息を吐く。


「うん、なんか嫌な予感」

「あ?」


どうやら事情が読めてしまっている久保田と、その隣でなんのことだとクエスチョンマ―クを浮かべる時任に、工藤は声を高らかに言った。


「っつ―わけで、今日から1週間俺のボディ―ガ―ドよろしくな!久保田に時任!」


・・・・・・・・・・・・。

「――はあっ!?」

「・・・・・」


やっぱりと言わんばかりの久保田に、目を零さんばかりに大きく開いて驚く時任。

大量の汗を浮かべてマネ―ジャ―も深々と腰を折る。

どうやら事務所内でも決定事項のようだった。


「オレ達、善良なイチ高校生ですが・・」

「大丈夫だって!身を隠すだけでいいんだし、犯人にこの場所は分かりっこねぇんだから。お前等はただ俺を匿ってくれればいいんだよ」

「はあ・・」


前回工藤を守った実績によりマネ―ジャ―にも信用されているらしく、行方不明案を出した社長も工藤と同じ年頃の子らとなればそっちの方が目くらましになるだろうと承諾したのだという。


道理で。手荷物がボストンバッグ2つもあると思えば、工藤の荷物だったようだ。

確かに工藤や事務所に何の関係もないこのマンションであれば、足もつきにくいだろう。

公共の宿泊所よりもはるかに安全なホテル代わりというわけだ。

押し掛け女房のような強引さでこられては、久保田も呆れるしかなかった。


一方、隣で黙っていた時任は、一人で何やらぶつぶつと呟いていた。


「・・俺たちが、ボディ―ガ―ド・・・」


ボディ―ガ―ドという言葉で思い浮かんだのは、つい最近までハマって見ていたSPモノのドラマ。

あまりの格好良さにDVDをレンタルしてまで観ていた時任には、なにげに旬の話題だったりするのだ。


「お二人は荒磯執行部の最強コンビだと伺っています。身体能力も知性も申し分ないと。前回も見事ハルキを守ってくださったようですし、今回もぜひお願いします!」


(誰に聞いたんだか・・)

相方が喜びそうな過剰なほどの誉め言葉を聞いて、久保田は天を仰ぐ。

大方、前回仲良くなったらしい保健医の五十嵐あたりからの情報だろう。

うまく依頼をなすりつけるにはどうすればいいのかと。


そしてその目論見通り、久保田の隣の人物は思った通りの反応を見せていた。

勢いよく上げた顔は、キラキラと輝いている。


「最強コンビッ・・・そうだ、その通りだぜ!――よし、任せろ工藤。この最強のボディ―ガ―ド、時任様がお前を守ってやるよ!な、久保ちゃんっ」


(あ―、やっぱり?)


「最強」「ボディ―ガ―ド」というワ―ドが気に入ったらしい時任はもうやる気に満ちあふれていた。

時任がここまで乗り気となると、久保田に拒否権は無い。

・・そもそもこのマンションは久保田のものなのだが、そんなことを気にしてくれる時任ではないのだ。


幸い今はまだ冬休みのまっただ中。

学生の本業を怠ることなく、また公務にも影響はない。


結局、その日から武道館コンサ―トまでの1週間、久保田と時任はつきっきりで工藤を匿うことになったのである。





^^☆

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