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 愛と青春の事件簿【10】

 


 

「おいおい、寝るにはまだ早いっての」


瀬戸は眉を寄せて、動かなくなった澤村の髪を掴んで顔を引き起こすと、澤村は小さなうめき声をあげてうっすらと目を開けた。


「なぁ、澤村ぁ、ひどいことするじゃないか?お前がフラれたっつーから、狙いを時任に変えたってのにさー。ここまで首尾よくやってたってのに、今更良い子ぶるってのか?ふざけんなよ?」


ぎりぎりと襟元を締め上げながら瀬戸は怒りに顔を歪める。


「くっ・・・」

「お前のせいで、学校にバレたんだ!俺は停学か退学になるかもしれないっ。くそっ!ふざけやがって!・・・どうせお前はまた父親の力で、のうのうと生きていくんだろーなぁ?まったく腹が立つ野郎だぜ!」


瀬戸は澤村の頭を地面に数度叩きつけると、話を聞いていたチンピラ風の男が口端に笑みを浮かべ、思い出したように言った。


「そういえば、澤村ぁ、あの内海って野郎に入れ込んでたんだっけ?あいつをボコったあの日、内海になんて言って呼び出したか知ってたか?」


先程しこたま殴った角材は血に濡れていた。男はそれを澤村の顎をしゃくるようにぐりぐりと押しつける。


「っ・・・・」

「へぇ?なんて言ったんだ?」


瀬戸が興味深げに男に促すと、男は楽しげに眼を細めて言った。


「澤村を拉致してる、助けたければ一人でこい、だ。」

「!!」


初めて澤村は驚愕に目を開いた。その眼は信じられないというように、恐怖にも似た驚きだった。


「つまり、内海はお前にボコられるとも知らずに、お前を助けるためにノコノコ一人でやってきたってわけよ!なんともかわいそうな男だよな!お前みてぇなホモ野郎に騙されるなんてよ!」


澤村はその事実を知らなかった。あのときは頭に血が上り、一刻も早く内海に後悔をさせたかった。手段を選ぶヒマもなかったのだが、まさか内海が自分を助けようとしたなんて夢にも思わなかった。いや、あの時はもう澤村の裏の顔を全て知っていたはずの内海が、一人で自分を助けにくるなど考えられなかった。

もしそれが真実ならば、内海はまだ澤村のことを信じていたことになる。

けれどもし、それが真実だったら―――?


『澤村君、君がいくら大きな力を振りかざそうと、僕の意志を変えることはできないよ。ちゃんと自分で考えて改めるんだ』

あの時、諭すように言われた言葉は、あの男を現すかのように正義感の塊のようなことで。

それが癪に障って、余計に酷く憎しみを持った。


だけどもし、それが真実だとしたら、本当に裏切ったのは、内海ではなく、自分の方だったのかもしれない。

いや、それなら納得できたのだ。待ち構える不良達の中、内海がたった一人で乗り込んでいったワケが。教育熱心で、正義感の強かったあの男が、自分を見殺しにできるはずもないことは分かり過ぎたことだった。


「あ?なんだこいつ、震えてやがる!」


男は目を丸くして嘲った。澤村は倒れたまま、両肘で身体を支え、顔を隠してうずくまっていた。

体中にびりびりと走る激痛も、男たちの嘲笑いも、聞こえていなかった。

目を閉じて、浮かぶのは、自分が陥れた教師と、まっすぐに自分を見つめる時任の姿だった。


―――大事な人を信じられず、裏切ったのは俺の方だ―――!!


「はは!泣いてんじゃないか?いいざまだな!」


瀬戸がそう言って、手にしたバッドを振り上げたときだった。



「被害者面の次は、弱いモノいじめかぁ!?一般生徒の瀬戸君」


 

高らかに辺りに響く聞きなれた声に、蹲る澤村がピクリと反応を見せ、男らの視線が一斉に注がれる。


「―――執行部!!」


瀬戸が驚きに眼を開き、歯ぎしりした。

そこには時任と久保田の姿があった。


「・・時任先輩に久保田先輩、何か御用ですか?」


あくまで余裕を見せた表情で瀬戸が口を開くと、


「澤村に用があんだ。返してもらおうか」


時任が堂々と言ってのける。

その声が届いたのか蹲ったまま澤村の瞳が薄く開かれるが、その眼は視界をはっきりと捉えてはいないようだった。

時任はそんな澤村の姿を見て眉を寄せ、久保田は呆れたように言った。


「瀬戸君だっけ?善良な生徒だから分からないかなぁ。それ以上やると澤村、間違いなく死ぬよ?」


久保田の言葉に思わず言葉につまる瀬戸だが、二人を知らぬ男らにとっては、たかが二人がこの人数になにができるとばかりに薄く笑みを浮かべる。


「なんだぁお前ら?」

「俺たちは荒磯高等学校の執行部だ。瀬戸と澤村はうちの生徒。学校の外でも騒ぎを起こされると困るんだ。さっさと部外者は帰れ」

「ふざけんな!俺らは復讐してんだ!ここでやめれるかよっ!こんなやつ別に死んだってしるもんかよ!!」

「ふーん、じゃあアンタはその復讐すべき憎い人物のせいで、一生牢獄で過ごすような目にあってもいいってこと?」


男らはぐっと言葉に詰まりながらも、久保田の悠長な口調が気に障ったのか、額に青筋を立てていきり立った。


「っ!うるせえっ!ふざけたやつらめっ!お前らも袋叩きにしてやる!!!」


それが合図となった。

男らは武器を手に久保田と時任へ向かって走り出す。

人数は圧倒的に不利だった。しかしそれに臆する二人ではない。

前に出たのは時任だった。武器を持つ手を蹴り飛ばし、一気に相手の懐に入ると強烈なアッパーを繰り出す。闘争心を隠そうともせず真正面から向かい合う時任の弱点は死角だが、それを久保田が放っておくわけもなかった。久保田は時任の背後に背をつけたようにぐるりと回りを見ると、襲いかかってきた攻撃をひょいひょいと交わし、それでも時任の死角を守りながら容赦なく相手を殴りつけた。

恐らく一人では難しかっただろうが、二人での攻撃はまさしく向かうところ敵なしだった。

時任は激しく動き回りながら、前だけを見つめた。まるであとは任せると背後の人物に言っているように。

久保田は当たるところのなかった静かな怒りを、ここぞとばかりに相手に叩きつけている。相手はすべて一撃で落としていた。


「な、なんだこいつらっ・・!つえぇ・・!!」


徐々に攻撃に戸惑いが出てくると、もう勝負はついたものだった。

武器はすべて叩き落とし、数分後にはうめき声だけがその場に響いていた。

その場に立っているのは、執行部の二人と、呆然とした瀬戸の姿のみ。


「さぁて、善良な瀬戸君、どうする?」

「くっ・・!くそっ!!」


じりりと後ずさり落ちていたナイフに目をやるが、それよりも先に時任の声が戒めた。


「やめとけよ。今なら学校だけで済むんだ。お前が今ふざけた真似をしたって、何にもならねぇぞ」


びくりと肩を震わす瀬戸に、久保田が「そうそう」と相槌を打った。


「べつにやるんなら、こっちも手加減しないから、俺はそれでもいいけどね」


口端に笑みを浮かべながらのほほんと言う久保田の目は、笑ってはいなかった。その姿を横目で時任が呆れたように息を吐く。

瀬戸にとってそれは十分に脅しになったようだった。久保田の目の光を見てガクガクと足を震わせた。


「・・っ・・」


そうして観念したように、がくりと地に膝をついたのだった。




時任は、瀬戸がうなだれる横をすっと通り過ぎると、血だまりの中で横たえる人物の元へと足を向けた。


「・・おい、生きてるかよ」


見下ろす先には、一目で重傷と分かる澤村の姿がある。時任の呼び掛けに、ようやく薄目を開けた澤村はぼんやりとして時任を見つめ、そして消え入るような声を発した。


「・・・す・・みません、時任先輩・・・」


苦しげに寄せられた眉は、全身が痛むためではなかった。

こんな自分を、裏切り者の自分を、時任は躊躇することなく助けた。

愛する人を裏切り続けた自分が、地獄に落ちるのは当然なのだと、覚悟を決めた澤村にとって、それはまるで、一本の蜘蛛の糸のような光。

傾いた日の光が時任を背後から照らし、その表情こそ見えないが、澤村は目を剥いて目の前の光を見続けていた。瞳にもりあがる涙が、やがて地に染みを作っていくことにも気付かずに・・・。


「元気になったら一発なぐらせろ。それでチャラだ」


あまりにも潔い時任の言葉が、澤村の胸に温かく響く。


「・・・・はい・・」


久保田もひょいと顔を覗きこむと、飄々として言ってのけた。


「俺もいいかな?また治療に当分かかっちゃうだろうケド」

「・・・久保田先輩・・、すみません」

「アンタが瀬戸を裏切ってくれたから大ごとにはならなかったからね。・・・まぁ、未遂じゃなかったらこの場で俺が殺してたけど」

「――久保ちゃん・・」


さらりと言ってのける台詞は決して脅しではないことが分かるからこそ、時任は横目で諭すように名前を呼ぶが、久保田は気にした様子もなかった。


「あーはいはい。じゃあそういうことで」





その後、室田や松原、相浦や生徒会の援軍の元、怪我人は全て荒磯の保健室へと運ばれた。ここまで酷い喧嘩は類を見なかったが、保健医の五十嵐は警察に届けることはしなかった。

ここは穏便に済ませたいという、松本会長と理事長の頼みだったのだ。

五十嵐は状況を呑みこんで松本に言った。


「ほとんどがうちの生徒じゃないからそれは構わないけれど、澤村君の怪我は酷いわ。応急処置はしたけどきちんと病院に行かないと大変よ」

「分かりました。それは私の方で澤村君の親に連絡を取りましょう。あとの連中はお任せします」


松本は深々と頭を下げると、怪我だらけの男らを保健室に残し、その場を後にしたのだった。




保健室で全ての手当てを終えた五十嵐は、身動きも取れない男らの前で怪しげに微笑みを浮かべていた。


「ふふ、分かったわ」


松本会長に頼まれちゃ、断れないわよねぇ。と楽しげに独り言を呟いている。

意識のある男らが、訝しげにその姿を見る。しかしこれから自分の身に起こることを予想することはできなかったのだった。


「さぁ、あんたたち。私がたっぷりと更正させてあげるわよ~




その日、学校中に男の悲鳴が轟いたが、執行部の連絡があったせいか、誰も保健室に近づくことはなかったのだった。


次回完結ですv

 

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