監査の決定事項は次の3つだった。
・執行部は監査の下にあり、その間監査委員も執行部と同等の権利を有する
・監査委員同行による巡回調査の受け入れ
・ここ1年の勤務報告、会計帳簿類の提出
何もしなくていいという松本の言い分であったが、仰々しい内容だった。しかも2週間という長期間である。
たかがイチ生徒のタレ込みで、言われもない言いがかりをつけられ、監視されるなど桂木達はもちろんいい気はしなかったものの、監査により執行部の合理性が認められれば誰も批判はしないだろうということ、プラスうまくいけば部の予算を増やせるかもしれないという不確定ながらも甘い松本の言葉で渋々納得させられたといった感じだった。
一番大変なのは相浦と桂木だった。予算収支の経理帳簿から日々の勤務報告書と月別年別の勤務一覧などその提出のために資料づくりに大忙しである。そのため室田と松原も内勤に駆り出され、藤原は資料室と部室を行ったり来たりしている。
そして巡回調査をするにあたって巡回メンバーも変えられることになり、期間中は久保田・橘ペア、時任・澤村ペアの2ペアで回されることになったのだった。
「お前らっ!何してんだっ!」
澤村と巡回に行っていた時任はカツアゲの現場を目撃すると、イライラした気持ちを晴らすかのように不良たちを蹴散らしていた。
「くっそーっ!あの狸に上手いこと丸めこまれたぜ!なんで橘の野郎が久保ちゃんと一緒なんだよっ!!」
時任にとって問題はそこである。というのも、時任の中で今や歩くフェロモンのような橘と、来るもの拒まずといった久保田を二人きりにさせたくなかったのだ。(あくまで時任の視点である)
本来ならば思いきり憂さ晴らししたい所なのだが、監査中ということで自粛せざるを得ず、行き場のない怒りが募る。
すると突然、黙って見守っていた澤村が真面目な面持ちで口を開いた。
「時任先輩は、そんなに自分と一緒が嫌なのですか?」
「―――へ?・・いや、いやっつーか、なんつーか」
自分の存在を申し訳なさそうに聞いてくる澤村に時任は口ごもった。
「では、久保田先輩と一緒じゃないのが、嫌なのですか?」
「なっなんだよそれっ、俺はガキじゃないっつーの!別に久保ちゃんいなくても平気に決まってんだろっ」
澤村の質問に思わずムキになって否定する。時任の心情を突いたような澤村の質問は、バカにしているわけでも、悪気があるわけでもないらしかった。澤村は時任の答えに安心したように頬を緩めると、右手を差し出した。
「そう・・ですか、良かった。時任先輩、先輩は執行部のエースだと聞いています。2週間ですが、ご指導のほどよろしくお願いします」
それまで表情の変わらない印象だった澤村がそう言ってニコリと微笑むと、周囲にいた女生徒達から黄色い悲鳴が起こる。転校してきたばかりだというのにそのルックスのせいか、澤村は女生徒に人気があるようだった。普段無愛想な者の笑顔は新鮮でより魅力的に見えるものである。自分以外に集中する視線の中であるが、時任は礼儀正しく微笑みかける目の前の後輩に、目を丸くしていた。
“執行部のエース”・・自称するばかりだったその肩書きを頭ではんすうすると、(こいつ・・、そんなイヤな奴じゃねえのな)とこれまでの澤村への自分の態度を少なからず反省したものだった。単に褒められて嬉しかったのか・・。時任は我儘ではあるがその辺りは真っ直ぐで、単純、いや誠実な男なのだ。
「おう!分からないことがあったらなんでも聞けよっ、よろしくなっ」
そう言って向き合うと先程の不機嫌さもどこへやら、笑顔で握手をしたのだった。
そんな二人の様子を中庭を挟んだ廊下を歩きながら見ていた久保田は、無表情に煙草をふかしていた。
「時任君、仲良くしているようですね。・・気になりますか?」
久保田の隣を歩いていた橘がその目線に気づいて微笑みかけている。
「いんや?別に」
時任と久保田が分かれて別々に巡回しているというだけでも十分珍しく、周囲の視線を痛いほどに受けていたのだが、その久保田の新しい相手があの橘とあっては周囲の好奇の目は止まらなかった。なんせ橘は“校内抱きたい男No.1”の異名を持つ男。かたや久保田はそのルックスからか男女問わず人気があった。そんな二人が並んで歩いているだけで、ある種の人間でなくともついつい目を奪われてしまうのだった。
(久保田君と橘君よっ!かっこよすぎっ)
(まてよ、あの二人ならどっちが受けなんだ?)(そりゃ橘だろ)
残念、橘は攻めでした。と詳しい某漫研部部長なら突っ込みを入れているだろう。
なにやら時折見せる橘の笑顔と怪しい雰囲気の二人、そんな二人は人々の妄想の中で膨れあがるのだが、当の本人たちにそんな色っぽいものがあるはずもないのであった。
「澤村君と同じ中学だったらしいですね。とても良い青年だと聞いています」
「そうらしいねぇ」
「・・ですが、1つ気にかかることがあるんですよ」
橘はそう言うと意味ありげに流し目を送った。
「・・・」
何の反応も見せない久保田だったが、それまでと違う沈黙がその先を促しているのだと判断した橘は満足そうに笑みを濃くする。今朝の生徒会室でただ一人、橘だけが久保田の瞳に宿る何かに気づいていたのだ。
「彼、僕と・・・、同じようなにおいがするんですよね」
橘が悪戯っぽくそう言うと、久保田は目線を合わせることなく、ふーっと煙を吐き出し
「それって・・、ちょっと厄介ね」
と口端を上げただけだった。
監査が入り1週間経った頃。
これまでの執行勤務報告や会計帳簿類の提出を終え、叩かれても幸い埃らしきものは出てこなかった。巡回でも桂木に重々注意されていたおかげか、なるべく大人しくしていたため、特に大きな事件にも合わずにいたのだった。
だが、執行部にはなにやら不穏な空気が漂い始めていた。
放課後の執行部室、みな思い思いの時間を過ごす中、時計を見た澤村は時任に声をかけた。
「時任先輩、巡回のお時間です」
すると時任も笑顔で頷いて立ち上がる。
「おうっ、よし行くか!」
監査が入った時は荒れていた時任も、澤村が礼儀正しく良い後輩だったせいか、1週間経つ頃にはすっかりこの状況に慣れているようだった。
時任が澤村と元気よく巡回に出かけた後、
「oh,なんかすっかり仲良くなったんですね、あの二人」
そう言って良かった良かったと頷く松原に、その場が凍りついた。
時任と澤村が意外にうまく公務をこなしていることを面々は分かっていたのだが、久保田の前でそんなことを口にできる命知らずは他にいない。松原はとても真っ直ぐな侍の心を持ってはいたが、空気を読む力を持ち併せてはいないようである。
窓際の椅子に腰かけて煙草をふかすいつもの久保田であったが、おそらく触れるだけで息ができなくなるような黒い妖気のようなものを滲みだしているのだろうと、室田も相浦もそちらを向く勇気もなかった。
この1週間久保田と時任は家でこそ一緒だったが、学校ではほとんど一緒にはいれなくなっていた。時任はそのことに少ながらず寂しそうな顔を見せてはいたのだが、久保田の態度は全く変わらなかったのだ。いや、周りにしてみれば変わらないからこそ、その実何を考えているのか分からない怖さがあったのだが・・。そしてそこは長い間を共にした執行部員達である。久保田の無表情ながらも明らかにドス黒い殺意にも似たオーラを、少なからず感じ取っていたのだった。
そして空気の読めない補欠部員がここにも一人。
「久保田せんぱぁーい、時任先輩と澤村ぁ、いい感じみたいですしぃ、このまま僕をパートナーにしませんかぁ??」
(((―死ぬぞ、藤原・・)))
これ以上余計なこと言われちゃたまらない今すぐ藤原を沈めようと、桂木がハリセンを取り出そうとした時、書類に目を通し終えた橘が立ち上がった。
「久保田君、僕たちも行きましょうか」
誘うように艶っぽい笑みを浮かべると久保田は、「ほーい」と軽い返事し、二人で執行部室を後にしたのだった。
残された面々は肩透かしを食らったかのように目をパチクリとさせるが
「oh、なんかこっちも意外とうまくいってるんですねぇ」とまたまた松原が呟くと
「そ、そんなぁ〜!」と泣き叫ぶ藤原以外のメンバーは
(((それは、ないだろ・・)))
と心の中でつっこみをいれたのだった。