愛と青春の事件簿【3】

 


 

「澤村って、空手っつーか、なんかケンカし慣れてねぇか?」


時任の率直な感想だった。ペアを組むようになって1週間、何度か不良らに制裁を加える機会があったのだが、明らかに人数的に不利な状況にあったときでも、二人が負けることはなかった。時任が1人に拳を振り上げる間、澤村は2人を伸していた。その戦いぶりは時任も目を大きくするほど見事なものだったのだ。

時任の戦い方は野性的な勘もあり、抜群な運動神経が成せる技であった。もし空手でもしていればそれに準ずる戦い方になるのが普通であろうが、澤村は鍛えられた武術というよりも時任に通じるものがあるように見えたのだ。

すると澤村が俯いて、口を開いた。


「・・・自分は小さい頃から勉学も武術も両親に教育されてきました。武道は空手だけでなく様々な分野を・・。自分の身は自分で守れるようにと」

「へぇ、すげぇな」

「いいえ、すごくなんて、ないです。・・俺はしょせん、自分の身が可愛いだけですから・・」

澤村は相変わらず無表情であったが、どこか神妙に、悲しそうに見えた。

「・・?」


時任が訝しげに何か言いたそうに口を開きかけた時、


「よぉ、仲良しの執行部ってのは、あんたらか?」


突然の不法訪問者らによってそれははばかられたのだった。

先日逃げ帰った3年の不良たちが仲間を集めてきたらしい。見知った顔が彼らの後ろで睨みを利かせていた。しかも人数は10数人。そしてその半数が隣校の制服をだらしなく身にまとっていた。


「なんだ?お前ら、その制服、うちのじゃねぇな」


時任の目が鋭く睨みつけられたのは、その男たちの数人が角材などの武器を手にしていたからだった。そんな大層なものを手にした大所帯に、近づかれるまで何で気づかなかったのかと舌打ちする思いだった。

ここは執行部とは逆の棟の外れでもあった。逆サイドを巡回しているだろう久保田らに加勢を頼むには無理な場所だったのである。たとえそれが可能でも時任が橘に応援をたのむことはなかったのだが・・。

時任はまず一般生徒を巻き込む恐れがないか考えた。だが幸い下校時刻からだいぶ過ぎていたため今残っている生徒はほとんどいないようだった。監査が入っているとはいえ、これは十分に暴れていい状況だったのである。


「へへへ、ちょっとダチに助太刀を頼まれたってわけよ。いわゆる正義の味方ってやつだな」


と一番頭らしき男がジャラジャラと鎖を振り回す。


「へぇ、不良ってのは他校にも仲間がいるもんなのか?わざわざやられに来るなんてご苦労なこったな!」


時任はそう言うと臆することもなく、強気な笑みを浮かべて身構えた。


「へっ!華奢なガキじゃねぇか!それに・・ん?お前っ・・澤村か!?」

角材を手にしていた男が澤村を見て驚いたように目を開く。


「お前、荒磯にいたのかよ。・・へぇ、お偉い政治家の息子さんはいいよなぁ。何したって転校で済むってわけだ。お前のせいで何人退学になったと思ってんだよっ!」


時任は目を丸くした。どうやら澤村の前の高校の不良で、知り合いらしいが、友好的ではないことは確かだ。時任は澤村に目線を移すと、澤村は何も言わずただ不良らを見据えていた。その瞳は無表情とはまた違っていて、ひどく冷淡な眼にも見えた。


「・・・・・」

時任は不良たちに睨みをきかせると、拳をぐっと握る。


「お前ら!!うだうだ言ってんなっ!澤村はココの生徒だ。文句付けるなら俺が相手になってやるよっ!!」


時任の怒声に澤村の瞳が少し驚きで見開かれる。時任は叫ぶと同時に床を蹴り、相手が武器をふり上げる前に素早く拳を叩きこみ、振り回す鎖を避けると鳩尾に蹴りを一撃、瞬時に3人がその場に倒れた。

「てめえっ!!」

それを合図に不良たちと澤村も一気に乱闘へと入っていった。

この場に久保田と橘がいれば不良らも踏みとどまったかもしれないが、こちらはたった二人である。加えて相手は武器を手にしていた。しかし、多勢に無勢の不利な状況だったにも関わらず、それから10分とかからずに時任と澤村は二人で全員を叩きのめしたのだった。特に澤村はやっと本気を出したのか、そのケンカの強さは並ではなかった。鍛え抜かれた腕力、脚力は相手に一撃で大きなダメージを与え、的確に急所を狙っていた。時任と同じく攻め一手の闘い方である。

久保田と時任の場合、時任をメインとしたコンビネーションが目立つが、時任と澤村になると二人ともお互い着実に相手を倒していくタイプであった。


「お前、やっぱ強え〜な」


全て片付いた後、時任は疲れた〜とその場に座り込みながらも、勝ち誇ったような笑顔を浮かべている。

かたや澤村は難しい表情をしたまま立ち尽くしていた。


「・・先輩、さっきの奴らのこと、何も聞かないんですか?」


澤村は時任の横でぐっと眉を寄せていた。おそらく先ほどの不良たちの言葉で、時任が訝しげな眼で自分を見るだろうと思ったのかもしれない。


「・・聞いてほしいのかよ?


そんな澤村に時任がぼそりと言うと、澤村は唇をかみしめ、無言で首を振った。


「・・
お前さぁ、前のガッコ、楽しくなかったのか?」

「・・え?」


予想外の質問に澤村は、地面に尻をついたまま自分を見上げる時任とはじめて目を合わせた。


「お前、無表情だし妙に礼儀正しいけど、こうやって悪い奴にちゃんと拳をふれる強い奴だ。それに縁あって荒磯に来たわけだし、人生も学校生活も、楽しまなきゃ損だぜ?」


溢れんばかりの笑顔で先輩らしい言葉をかけた時任を、澤村はまぶしそうに眼を少し細めると、「・・はい」とひとつだけ返事をしたのだった。

時任はそれ以上何も聞かなかった。誰にでも知られたくない過去があるものだ。それ以前に人の詮索をすることが好きではなかった。澤村にとってはそれが不思議なことだったのかもしれなかった。いつもと変わらず世間話を始めた時任の横顔を、じっと見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

「―― 時任先輩、久保田先輩とは高校に入ってからですよね?」


そろそろ戻るかと、二人で執行部室に帰るときのことだった。唐突に澤村が口を開いた。


「中学の頃の久保田先輩、どんなだったか知りたいと思いませんか?」

「あー、まぁ、そりゃあ・・」


すっかり陽の傾いた校舎の廊下を並んで歩きながら、澤村がそんな話を持ちかけ始めた。時任は(そういえば同じ中学だって言ってたな・・)と思いながら相槌を打っていたが、実際久保田の中学時代については知りたいと思う気持ちがあったのも図星であった。曖昧に答える時任の心情をくみ取ったのか、澤村が話を始める。


「久保田先輩達が3年の時、俺は1年の執行部に任命されました。久保田先輩は松本会長とツートップで執行部を仕切ってて、不良からも一目置かれる存在でした。2人とも人気も実力もある方でしたし、同時に2人でいることがとても、似合いすぎていて・・、彼らを割って入るものなんて誰もいなかったくらいです。」


時任は松本が久保田の元相方だということは知っていたのだが、その時のことをリアルに耳にすると胸がチクリと痛んだ気がした。

(そういや久保ちゃん、松本のことえらく買ってたもんな・・・)


「・・だから正直、驚きました。久保田先輩の横に自然と時任先輩がいるってことに。・・二人は付き合ってるんですよね?」

「・・・・・・・」


時任は最後の澤村の一言を理解するのに時間がかかったのか、会話に思いっきり間が空く。


「・・・・は?・・つ、付き合うってそりゃ相棒としてだな・・、それって、付き合うって言うのか?」


澤村の口から思わぬセリフが飛び出し、しどろもどろになりながらも「付き合う」という意味を自分なりに消化している時任だった。


「そうなんですか。じゃあ久保田先輩はまだ松本先輩とお付き合いされてるんですね」


だが澤村がそう言うと「付き合う」の意味が恋愛のそれだったと確信し慌てて振り返った。


「ちょ、ちょっと待て。久保ちゃんの名誉のためにフォローするけど、松本はともかく、あいつはノーマルだぞ。(巨乳好きって言ってたし)それに松本には橘っていうれっきとした・・」

「――はい?お呼びですか?」

「うわっ・・!」


ちょうど廊下の角を曲がったところで音もなく現れたその壁に、時任はぶつかりそうになりながら驚いて大きく飛びのいた。突如現れたのは他でもない、橘だった。まさしく噂をすればなんとやら、である。


「たっ、橘っ、おどろかせんなよ」

「ふふ、お二人のお帰りが遅いので、桂木さんに言われて迎えに上がったのですよ。それで今、僕の名前呼びませんでした?」

「べ、別になんもねーよ。それより久保ちゃんは?」


話していた内容が内容なだけに慌てて話を変えた時任である。


「彼は松本会長のところです」


しかし橘の言葉に思わず眉をひそめた。


「そうかよ。・・お前は行かなくていいのか?」

「はい。今日の副会長職の公務はすでに終えておりますし。それにお邪魔かと・・。会長と久保田君の間には僕には無い何かがあるようですからね。」

「・・何かってなんだよ」

「さぁ?」


先ほどまでの澤村との会話をすべて聞いていたのではないかと思うような意味ありげな言葉に、時任は不機嫌さをあらわにするが、橘は最後の問いには答えようとせず時任もまたそれ以上聞くことができなかった。それは橘がいつもの余裕の笑みを見せながらもどこか寂しげに見えたからかもしれない。

澤村との話もそのままに、公務を終えることになってしまったのだが、いくら澤村が久保田と松本の関係を誤解しようとも時任がそれを信じるわけもない。だが、以前久保田に松本への“10円の借り”の話を聞いた時、そんな冗談だけでなく他にも何かあったのではないかと思っていた事は事実だった。

そんな疑惑に輪をかけて、橘の意味深な言葉とどこか悲しそうな表情が、もやもやと時任の中を駆け巡っていく・・。

そしてその影は、執行部に降りかかる大きな事件の序章となるのだった。


序章が長っ・・(汗)

 

 次へ

 戻る