愛と青春の事件簿【4】

 


 

監査期間が終わるまで、あと4日。

執行部を掻きまわしていた慌しさも落ち着き、桂木を筆頭に執行部員誰もがこのまま何事もなく終わるだろうと思っていた頃、静かにコトは動き出していた。

 

その日、時任と澤村はいつものように公務にあたっていた。久保田と時任が別れたという噂により、一時は、絶好のチャンスとでも言うように不良らの素行の悪さが目立っていたのだが、橘や澤村の強さを身にしみて逃げ帰った不良らは、また以前のように表だって揉め事を起こすようなことはなかった。お馴染みの大塚らも例外でなく、時任はここのところ憂さを晴らすこともできず、モヤモヤとしながら暇を持て余していたのだが・・。

放課後のひとけの少ない廊下を歩きながら、時任は「あーあ、つまんねぇなぁ」と伸びをした。そのままチラリと少し後方を歩いていた澤村に目をやって、そして小さく息を吐いて言った。


「お前さ、何か俺に言いたいことあんのかよ?」

「・・・・・」


足を止めて振り返った時任に、俯いたまま澤村もまた足を止めた。

時任は怒っているわけではなかった。その表情も少し訝しげな雰囲気がありながらも様子のおかしい後輩を心配している顔が覗いている。

澤村の様子が何かおかしいと気付いたのは、今日の昼のこと。

昨日までは特に変わったこともなかった。しかし今日は、いつものポーカーフェイスが明らかに感情を覗かせていると分かる。何か悩んでいるように俯きがちで、時々何か言いたげにジッと時任を見つめていた。そして何度か時任を呼びとめては「すみません、何でもないです」と口ごもっていた。あまり人のことを詮索することを良しとしない時任だったが、さすがに何かあったのか心配になり、巡回からの帰り道でその疑問を本人に問うことにしたのだ。


「あと4日でもさ、俺は一応お前の相方なわけだし。ちゃんと聞くからさ、言えよ」

「・・・時任先輩・・」


俯いたまま沈黙する澤村に、時任が諭すように言うと、澤村がようやく意を決したように口を開いた。


「・・実は、今日、こんな写真が俺の机の中に・・」

澤村は言いにくそうにそう言うと制服のポケットから一枚の写真らしきものを取り出す。


「写真?なんの?」

時任はおずおずと差し出された写真を覗き込み、・・・そこに写っている二人の男を見て、思わず息を呑んだ。


「な・・んだ、これ・・」


時任の切れ長の瞳が大きく見開かれる。

その眼に映ったものは、久保田と松本の姿だった。おそらく隠し撮りなのだろう。写真は久保田の右後方から撮られていた。壁際に背をつけるように立つ松本の顔横は、久保田の右腕が松本を囲むように置かれているため僅かしか見えない。二人の表情こそ見てとれないが、壁際に追い込んだ松本を逃がさないように壁に纏いつけ、その二人の顔は限りなく近づいているように見えた。

それは誰が見ても一目でわかる、―――キスの現場だった。

口元はその角度から見えこそしないが、それは確かにキスをしているようにしか見えない。

後ろ姿でも時任が久保田を間違えるわけはなく・・・、それは紛れもなく久保田だった。

時任は何かで殴られたような衝撃を覚え、顔をしかめると同時に胸に鋭い痛みを感じる。その痛みの意味が分からないながらも、信じられないといった表情で写真を見つめていた。


「・・時任先輩、やはり二人はそういう関係だったんですね。でも、なんでこんな写真が俺に・・」


合成かとも思われたが、その写真は合成ならば精巧すぎた。そして写真は丁寧にも日付入りで、その日付は数日前、久保田が松本の所へ行っていると橘から聞いた日だった。


「俺、こんな写真、どうしていいか分からなくて・・。誰が何のためにと考えると、生徒会に報告した方がいいのかって・・。けれど松本会長に直接渡すのは、どうかと・・・、・・時任先輩?」


何も言わず立ち尽くす時任を不審に思ったのか、澤村が時任の肩に手を置いた。

俯いて写真を見つめる時任に身長差からか覗き込むように様子を窺うと、時任の辛そうに歪めた顔が澤村の目に映った。


「先輩・・・。・・・貴方、やはり、久保田先輩のことを・・・」


澤村は驚いたように目を開き、そう呟くように言うと、肩に置いていた手にぐっと力を入れ、

―――強く引き寄せて、時任を抱きしめた。


「っ・・!?」

突然の澤村の衝動に我に返った時任が、写真を握り締めたまま離れようともがく。しかし澤村の力強い腕がそれを阻んだ。澤村は離れようとする時任の力をものともせず、肩に顔を埋めるように強くその細い身体を抱きしめた。


「澤村っー?!は、放せっ・・」

「――時任先輩っ、俺は、貴方が・・、貴方が好きみたいです」


静かに、けれどもはっきりと言い切った澤村の声が耳元から直接響く。時任はわけも分からず、驚きのあまり、もがいていた動きを止めていた。すると澤村がそのまま話をはじめた。


「俺、父親が政治家で・・、あまり評判良くないことばかりしていたせいか、小さい頃、誘拐未遂にあったことがあって・・・、それから身を守れるように鍛えられてきたんです。・・でもそれは俺の身を心配してくれたわけでなく、名誉ある政治家の立場を守るだめで・・。」



『お前っ、何やってるんだ!親に迷惑をかけるな!』


誘拐未遂事件に合った時、警察に保護され無事に家に帰り着いた自分に、投げかけられた親の第一声。そのときの心情を表わすように、澤村は眉を寄せると、ぎゅっと目を閉じて抱きしめる腕を強くした。


「それから俺は、親に迷惑かけないように、常に人の上に立つように、成績も武術も上を目指して、トップを維持するために、・・・俺は汚れたこともした。俺は、いつの間にか・・、嫌っていた父親のような政治家に少しずつ近づいていたのかもしれない・・」


時任は澤村に抱きしめられるという異常な状態に困惑しながらも、真剣な口調で、これまで聞くことのなかった澤村の生い立ちに耳を傾けずにはいられなかった。


「けれど、そんな俺を貴方は、ほめてくれました。あいつらが殴りこみに来た時も、俺をここの、荒磯の生徒だと庇ってくれた・・。嬉しかった。だから俺は、・・いつの間にか貴方を・・・」

「っ・・・!」


そう言って抱きしめたまま首筋に顔を埋めた澤村に、時任は眉を寄せると静かに口を開いた。


「澤村・・、・・放せ・・」


その声の冷静さに澤村は逆らえず、腕の力がゆっくりと弱められる。


「・・時任先輩」


それでもすぐ手が届く距離で向かい合った二人にしばしの沈黙が訪れた。

時任は右手にぐしゃぐしゃになった写真を握ったまま、顔を上げると澤村としっかりと目を合わせた。そして大きく息を吸い込み、「ごめん」―――と言った。


「俺は、お前の気持ちに応えられない。男だからとかそんなんじゃなくて、俺はお前をそんな風に見れない」と。


強く、はっきりと言い放った言葉は時任の性格を表すかのように潔く、その瞳もまっすぐに強く美しいものだった。これまで時任は何度か同性から告白を受けたことがあったのだが、その度に嫌悪感からか拳を振るって応えていた。しかし澤村への返事にはそういう偏見もなく、あくまで真剣に受け止め、真実を述べたのだった。

それは澤村の告白が、嘘のない心からの言葉だと時任が感じ取ったからなのかもしれない。

そしてあまりにまっすぐに自分に返ってきた言葉に、澤村はしばし辛そうに眉を寄せる。


「・・・それは久保田先輩がいるから・・ですか?」


絞り出すような澤村の声に、時任はしわだらけになった写真を更にぎゅっと握りこんだ。


「・・久保ちゃんは、関係ねぇよ。・・この写真の真実がどうだろうと、俺の気持ちに変わりはねぇ」


少し低い時任の声に、澤村はじっと立ち尽くしていたが、


「分かりました。・・でも、その写真は先輩が持っていて下さい。誰が何のために俺に渡したのかは分かりませんが、そこに写っている真偽だけでも確かめてください。」


そう言い、頭を下げると足早にその場を後にしたのだった。

時任はぐしゃぐしゃに丸まった写真をポケットへ突っ込む。そして少し汗ばんでいた手で制服の胸元をぎゅっと掴んだ。まるで何かの痛みを耐えるように眉をしかめながら、苦しそうに・・・。

時任はグッと胸に押し寄せる苦しさに耐えることで必死だった。だから気づきもしなかった。

背を向けて歩きだした澤村が、堪えるように強く拳を握りしめ、


「・・・アンタも、アイツと同じなのか・・・・」


そう唸るように小さく呟いたことを・・。


むん・・・;

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