愛と青春の事件簿【5】

 


 

「時任、昨夜もずいぶん遅かったみたいね。また相浦ん家?」


久保田の問いかけに、時任は目を泳がせて頷いた。


「え、あ・・、うん・・。・・ちょっと、ゲーム、夢中になっちまってさ・・」

「・・そう」


監査最終日の朝、学校に向かう途中、ここ数日一緒に過ごすことが少なくなりつつある二人の会話は、それと比例して今までとどことなく違う、ギクシャクとした違和感があった。

例の写真を見た日、同時に澤村からの告白を受けた時任は、ずっと複雑な想いを抱えていた。あの写真を思い出すたびにズキリと胸に痛みが走る。その意味もわからないまま、ずっと考え込んでいた。写真に写るもう一人の男は、久保田の元パートナーであり、昔の久保田を知り尽くしている人物。距離はあるように思えても心の中では繋がっているとしか思えないような二人の関係。それが気にならないと言ったらウソだ。なにせ時任が知るなかで松本は、自分の思うようにしか動かない久保田を、唯一動かせる人物なのだ。

久保田と松本がそういう関係なはずはないと信じていながらも、これまで何度も感じた、不安に思う要素が頭の端によぎる。考えれば考えるほど胸の痛みとワケの分からないイライラが募り、時任は今日まで写真の真偽を確認するどころか、久保田とまともに話もできていなかったのである。

あの日から感じる胸の苦しさと久保田への気まずさからか、時任は久保田と一緒には家に帰ることを避け、学校が終わるとなんだかんだ言い訳をつけてゲーセンで時間を潰したり、相浦の家に遊びに行ったり。夜になれば家に帰ってはいたが、久保田が起きているだろう時間を避けるように、なるべく顔を合わせないようにしていた。

だからといって二人にケンカをしてるような険悪感はなかった。時任はただどうしてよいのか分からず、つい久保田を避けるようになっていたのだった。久保田もまた、時任の帰りが遅いことを心配しながらもそれ以上のことを聞きはしなかった。それが二人の亀裂を静かに大きくしているようだった。

 

二人はその日も、いつものように授業を受け、いつものように執行部へと足を向けた。


「時任先輩、巡回の時間です」

「お、おうっ」


2
週間続いてきた澤村との巡回は今日が最後となる。時任はその呼びかけに顔を上げ澤村と目を合わせて返事をする。が、時任は目線を不自然に泳がせた。澤村との例の件以来、時任は澤村とも以前のように接することが出来なくなっていたのだった。

時任と澤村が部屋を出た後、桂木が心配したように久保田を見る。


「ねぇ久保田君。あれ、大丈夫なの?」

「・・・んー、あれって?」


煙草をくわえたまま、首をひねる久保田に桂木は眉を寄せた。


「・・分かってて言ってるでしょう?」


室田や相浦でさえ時任の様子がおかしいと気付いていたのだから、久保田が気づかないはずもないのだ。

久保田と時任の間が少し違和感があること、そして恐らく澤村と時任の間にも何かあったのだろうということ。自分が出しゃばるのもおかしいかと、しばらく黙って様子を見ていた桂木だったが、久保田の煮え切らない様子に耐えかねての質問だった。

さぁ?と言わんばかりに微笑む久保田に桂木は大きく息を吐いた。


「まぁいいわ。それよりも・・どうにかならないの!?この煙っ!!」


そしてもう一つ、
桂木がどうにかしたいと思うのは、前にも増して久保田の喫煙量が増えたことだった。ふーっと吐き出される白い煙に、桂木は咳きこみながら窓を開けた。

換気扇では追いつかないほどの煙の量に部室は霧が張ったように白く染まり、久保田専用の灰皿は藤原が何度灰を捨ててもすぐにいっぱいになっていた。

久保田は何を言っても心ここにあらずといった様子で、窓の外を眺める。反射するメガネで表情が見えないが、おそらくいつものように細い目で時任の後姿を追っていたのだろう。桂木は再び大きくため息をつくと、監査最終日にして何か悪いことが起こるのでは、と嫌な寒気に身震いしていた。

 

 

 

「時任先輩」


廊下を歩きながら後ろからの呼びかけに時任がピクリと反応を見せた。


「・・その様子だと、例の写真のこと、久保田先輩に聞いてないんですね・・」


澤村の静かな声に時任は振り向かずに「・・あぁ」とだけ答える。


「そうですか。でももうその必要はないかもしれません。・・実は俺、その写真の出所、掴めたんです」


澤村の思わぬ言葉に時任は反射的に振り向き、目を大きくした。


「っ・・それ、ほんとか!?」


澤村はうつむきがちに頷くと、事の経緯を話し始めた。


「この写真は、信憑性は定かではないですが、盗撮です。その割には堂々と、何というかうまく撮れている。そして、間違いなく校内で撮られたものです」


写真の精巧度から合成の可能性は低い。しかし真実であっても盗撮となると外部の者が久保田の背後から撮ることは簡単なことではない。それにそこに写る背景が見覚えのある生徒会室に似ていることから内部の者である可能性が高いと考えたという。確かに写真に写る窓からは校舎の一部が見えていることから、校内であることは間違いなかった。


「・・実は、写真部が怪しいと思い、内密に写真データの保管庫を調べさせてもらいました。すると、そこに・・・最近のデータに例の写真が含まれてあったのです。それと撮影者のIDも・・」


データから出てきたIDを元に写真部員を割り出したということだった。それは2年の瀬戸という部員だった。


「・・瀬戸・・知らねぇ。そいつがお前に写真を?」

「そこまでは、わかりませんが・・」


時任は澤村が数日でそこまで調べていたことに驚きながらも、久保田に聞くことも、何もできなかった自分に苛立ちを覚えた。瀬戸という名の2年生は聞いたこともなかったが、証拠が出た以上、時任が動かないわけがなかった。


「澤村、俺が話してくる。お前は動くな」

「・・・わかりました」


澤村は時任がそう言いだすと分かっていたのか、聞き分けよく頷いたのだった。

 

 

下校時刻をとっくに過ぎてはいたが、写真部にはまだ数人生徒が残っているようだった。一人の部員に瀬戸を呼び出してもらうと、瀬戸は部室の中にどうぞと丁寧に時任を招いた。

部室には瀬戸を含む部員が3人。瀬戸はごく普通の生徒のようだった。しかしそのか細い身体に似合わない、人を嘲ったような笑みが鼻につく男だと思った。時任は勧められるまま腰かけると、瀬戸をまっすぐに睨みつけていた。


「嫌だなぁ、時任先輩、そんなに睨まないでくださいよ」


瀬戸が含んだような、嫌な笑みを浮かべる。

時任は眉を寄せながらポケットからぐしゃぐしゃに丸められた例の写真を取り出し、瀬戸に突きつけた。


「これ、お前が撮ったのかよ?」

「・・ああ、そうですけど?」


瀬戸が写真を一瞥して、意外にもあっさりと認めると、時任は拍子抜けして一瞬目を丸くしたが同時に腹立たしさを露わにした。


「お前っ!なんのためにこんなのっ!それも何で澤村に渡したんだよっ!」

「・・それは別に合成でもなんでもなく、本当のことですよ。澤村に渡したのはいずれ時任先輩に渡ると思ったからです。時任先輩とは面識がなかったもので。俺はそれを偶然見かけて撮っただけ。だいたい校内でこんな写真撮られる方が悪いですよね。先輩もそう思いません?」


時任には瀬戸の目的が分からなかった。なぜ自分に渡す必要があるのか、それも自分とは面識がないから澤村に渡したという。では澤村とは面識があったのか。

しかも瀬戸は謝罪をするわけでもなく、何の非もないと言い切ったあげく、撮られる方が悪いと言ってきたのだ。時任はぐっと言葉に詰まりながらも、拳を握り締めた。


「実はその一枚だけじゃないんです。あと数枚、お二人のもっとすごい場面を撮ってデータに入れておいたんですけど、昨日から見当たらないんですよね。おかしいなぁ」

「っ・・・、・・お前、目的は何なんだよ」


瀬戸の言葉が胸に突き刺さるように苦しさを感じる。時任は拳をそのままに低く唸るように言った。


「別に。ただ面白そうだなと思っただけですよ。あ、そうそう、データはもうないけれど、現像した数枚はここにありますよ。」


データがないのは澤村が調べた際に抜き取っておいたのだろう。ということは今時任が持っている写真のみということになる。しかしその現像していた写真が入っているらしい茶色い封筒を瀬戸がひらひらと振ってみせたのだった。


「てめえっ!」


時任はたまらず椅子から飛び上がり、瀬戸の胸倉を掴んだ。大きな音を立てて椅子が倒れた時にはすでに、拳を振り上げ瀬戸の顔を殴りつけていた。容赦ない一撃に、か細い瀬戸は軽々と地面に吹っ飛ぶ。

2人の写真部員は困惑した様子で、立ち尽くしていた。時任は瀬戸を追うように窓際に詰め寄ると再び胸倉をつかんで引き起こした。

するとそこで突然、瀬戸の態度が一変した。


「―――すみませんっ!!なんでも差し上げますからっ!!これで見逃してください!!」


と大きく声を荒げ、手にしていた茶封筒を時任の前に突き出したのだ。


「・・は・・・・・?」


さっきまでの瀬戸とは大違いのへりくだり方に、時任は訝しげに眉を寄せ、目を丸くしながらもその茶封筒を受け取った。

そして次の瞬間――、


バタン!!


扉をあける大きな音が部室に響き渡った。


「お前らっ!何をしている!?」


そう叫んで突然扉を開けたのは、生活指導の教師だった。

時任は瀬戸から手を離すと突然の訪問者に目を丸くした。生活指導の教師がなぜここにいるのだろうかと。下校時刻は過ぎているし、通常であればこの写真部室のある棟に顔を出すことはないのだ。教師は瀬戸と時任を交互に見やり時任の手にある茶封筒を目にする。


「時任、その封筒はなんだ?」


時任はハッとして思わず隠そうとした。それもそうだろう。中には久保田と松本のキス以上の現場が収められているらしいものが入っているというのだ。中を確認できずにいたがそれを教師に見られるというのはどうしても避けなければいけないと思うのは普通だろう。しかしそれがまずかった。これでは何かありますと言っているようなものだ。


「よこしなさいっ!」


焦りを見せる時任に教師は怪しみ、封筒を奪い取った。


「あっ・・!!」

時任はしまったといったように唇を強く噛んだ。


「っ・・なんだこれは!!」


封筒の中身を見た教師が声を荒げる。時任は思わず睨むように瀬戸と目を合わせた。そしてその瀬戸の顔がにやりと笑みを浮かべたことに気づき目を開く。しかし驚くのはそれからだった。


「時任っ!――なんだこの金は!?」


思わぬ言葉に振り返ると、教師がワナワナと、茶封筒から出された万札数枚を握り締めていた。


「・・・・なっ?!」


なんと、その茶封筒には写真ではなく、金が入っていたというのだ。

時任は訳が分からず唖然とする中、瀬戸と部員2人がおずおずと頭を下げた。


「先生っ・・僕ら、時任先輩に、脅されて、仕方なかったんです!」

「・・はぁ!?」


耳を疑わんばかりの言葉に時任は愕然とした。


「や、やはりそういうことか、時任。執行部の過度の暴力による恐喝。まさかとは思ったが、お前が犯人だったとはな!」


教師の思わぬ言いがかりにやっと事が呑み込めた時任は声を荒げた。


「恐喝なんてっ、俺がするわけねぇだろうがっ!!」


瀬戸との写真のやりとりなど教師が知るわけもない。しかも被害を訴えた生徒は2年で問題の特にない、あまり目立つことのない、か細い生徒だった。教師は時任が一方的に2年を殴りつけ、無理やり金を奪ったように見えたのだった。

それにしてもタイミングがよすぎる・・・。瀬戸にやられたのだと気づいた時任は怒りを露わに瀬戸に罵声を浴びせた。


「てめぇ!!瀬戸っ!!いい加減にしろよっ!!!」


そのあまりの覇気に演技ではなく怯えたように教師の後ろに隠れる瀬戸にとっ掛る。


「と、時任!やめなさい!」

教師が止める間もなく時任が右腕を振り上げ、殴りつけようとしたそのとき、何かに、がしりとその腕をとめられたのだった。


「っ!?・・・く、久保ちゃんっ!?」


殴りつけようとするその右手を軽く止めたのは、他でもない、久保田だった。


「久保ちゃんっ!放せよっ」

「だーめ、落ち着いて。時任」


久保田にしっかりと掴まれる意味も分からず憤慨していた。


「だって!こいつらはっ・・」

「誠人、何の騒ぎだ」

「っ!!」


瀬戸にハメられたということを久保田に説明しようとしたとき、久保田の後ろから松本が姿を現し、時任は言葉を呑んだ。

思わず写真を思い出し、何も言えなくなった時任を久保田が覗きこむ。しかし時任はフイと目線を外したのだった。


「松本!これを見ろ。生徒会執行部ともある生徒が恐喝事件を起こすとはな」


教師は生徒会長である松本の姿を確認すると、そう言って時任を蔑むように見ながら茶封筒から出た万札を掲げて見せた。


「だからっ!違うっつってんだろっ!!」


瀬戸を殴りそこなった時任は久保田に掴まれていた腕を振り払うと、教師に向き直り力強く言い放った。


「お前、教師に向かってなんだ!その口の聞き方はっ!」


生活指導をするこの教師は、自由な風潮の荒磯の中では珍しく頭が固く、厳しい教師だった。しかし悪い教師というわけでなく、いたって真面目な教師だったのである。校舎で平気で煙草を吸う久保田や暴力での制裁を加える執行部を、前からあまりよく思ってなかったこともあるのだが、そう言った面で他の教師より何かとぶつかることが多かった。

そのたび、生徒会長である松本になだめられていたのだが、今回は事が悪い。よりにもよってこの教師に目撃されてしまったのだ。ハメられたということを説明することの方が難しい。

瀬戸らが隠れるように事を見守る中、時任らの怒声を聞きつけて、残っていた生徒が何事かと集まってくる。松本は難しい顔のまま、この場をとりあえず収めることにした。


「事実確認は後日行う。だが、ここに明確な物証がある以上、時任君、悪いが執行部の活動は一時停止とさせてもらおうか」

「っ!!」


時任が憤り舌打ちをするが、教師は松本の言葉に一応の落ち着きを見せたのだった。

そしてその様子を少し離れたところから澤村が見ていた。その表情には何も浮かんではいない。怒りも悲しみもない。ただ、その瞳はじっと時任だけを捉えていたのだった。


か、かわいそうな時任くん;;

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