愛と青春の事件簿【8】

 


 

荒磯高校裏門から抜けたある通りの裏路地には、廃墟になった工場の跡地があった。不良の大塚らが学校をフケて、たまに良からぬ悪だくみを行うのもこの近くである。

しかしさすがに夜になるとその見慣れた顔は見えなかった。

その廃墟は夜になると灯りもなく真っ暗だったのだが、四方を壁に囲まれ閉塞感はあるものの崩れ落ちた天井からは月の明かりが差し込み、ライトがなくとも不便はない暗さだった。



 

その部屋の隅に、後ろ手に両手を縛られた格好で気を失って横たわっている時任がいた。一人ではない。広めの敷地内には男が6人ほど時任を囲み、薄ら笑いを浮かべている。

ある者はビデオカメラを片手に持ち、何人かの男は時任が身じろぐ様を楽しげに見ては冷やかすような声をあげている。その異様な雰囲気から、時任にただ暴力を加えようというだけではないことが分かる。

そして、一番時任の近くに立ちつくしていたのは、澤村だった。

澤村は無表情にじっと時任を見下ろしていた。黙ったまま立ちつくす澤村の後ろから、ビデオを手にした男が楽しそうに言った。


「ホラ、ヤレよ、澤村。撮っててやるからさ。そんで次は俺な」

「まったくお前らはもの好きだな。俺は見てるだけでいいや。うまいこと執行部は活動停止になったわけだし、あとはこのビデオさえ取れば最高のカードになるぜ。これで俺らは荒磯のトップってわけだ」


そう言ったのは瀬戸である。


「澤村、計画はお前の言うとおりうまくいったな。あとは執行部共々このままうまく生徒会本部を失脚させればいい。ハハ!しかし見ものだな。あの時任先輩がこんな目に合ったと分かれば生徒会のやつらはどんな顔するだろうな、なぁ澤村」


瀬戸はそう言ってうっとりと笑みを浮かべると、ナイフを取り出して澤村へ投げて渡した。

澤村は無言のまま時任の前に腰をかがめると、そのナイフをパーカーにあて、ビリビリと破り始めた。やがて露わになった白い肌と細見の腰に後ろの男がヒューと楽しげな口笛を鳴らす。

時任はそのわずかな衝撃で、小さく身じろぎした。


「・・っ」


仰向けに寝かされた時任の身体を、澤村は跨るようにして近寄る。その手がゆっくりと時任の頬に触れた。深く閉じられた目には、長いまつ毛が濃く影を落としている。

それでも意志の強さを感じさせるのは、時任と2週間を共にしたからに他ならない。

 

いつでもどんな時でも、真っ直ぐな瞳は心を映すかのように美しく、自分を気にかけてくれた。

――――けれど、これで終わりだ――・・・

こんな卑怯な真似をして触れられたと知れば、どんな顔をするのだろう。恨みや憎しみとはほど遠い性格であっても、決して自分を許しはしないだろう。それならそれで、殺したいほど憎まれた方が、突き放され忘れ去られるよりもずっと・・・・。

 

苦しげに少し開いた唇に引き寄せられるように、ゆっくりと澤村の唇が降りていき、いよいよ触れようというとき、ピクリと動きを止めた。

頭に響いたのは、明るく威勢の良い、何度も聞いた声―――。


『よろしくなっ』


それはペアを組むことになったときの、時任の笑顔だった。

はじめは不機嫌にしかめられていた顔も、次第に笑顔を見る機会が増えていた。

夏のひまわりのような笑顔に、目を惹かれた。


そして次々に、澤村の頭に響き始める。


 

『お前強ぇーな』


素直にそう褒められたのは初めてだったのかもしれない。


『人生も学校生活も、楽しまなきゃ損だぜ?』


子供のように無邪気に目を輝かせながら、自分を心配してくれた悪戯っぽい瞳。

喜怒哀楽が激しく感情豊かな表情の中に見えた、強い意思。

その全てに澤村は惹かれた。その綺麗な目、触れると柔らかそうな髪、引き締まった体は抱きしめると驚くほど細かった。

触れたい、そばにいたい。怒った表情も、悲しげな瞳も、凛とした強い心も―――、澤村が惹かれたその想い、・・・それは真実だった。

そして――――、


『澤村はココの生徒だ。文句付けるなら俺が相手になってやるよっ!!』


 

綺麗に澄んだ瞳は怒りを帯びて、そう相手を怒鳴りつけた。真っ直ぐな瞳で、自分を守るように庇ってくれたのは、時任だった。

 

 

「―――――っ・・」

動きを止めた澤村は、苦しそうに眉を寄せ、ぎゅっと目を閉じた。

そして強く唇をかみしめると、時任の唇ではなく、代わりにその細い首筋へと唇を寄せた。


「ぅう・・」

頸動脈あたりにチリッとした痛みが走り、時任は大きく身じろぎする。

僅かに開けられた瞳は、いまだ霧がかかったようにはっきりとしない。

しかしすぐ耳元で、聞き覚えのある声が静かに時任に届いていた。


(あなたは、本当にバカだ。俺なんか、信じるなんて・・)


苦しそうに小さく囁かれた言葉に、時任がぴくりと反応した。


「・・さ、わ・・むら・・?」



 

 

ビデオを回していた男が焦れながら、いよいよかと唾を飲み込み、画面を食い入るように見ていると、ふっと突然そこに映っていたはずの澤村の背中が消え、息を呑んだ。

「!?」

その瞬間声にならない悲鳴をあげながら、男は後方へ吹っ飛び、強く床に叩きつけられ手にしたビデオが大きく音を立てて割れた。

「なっ!!」

周りの男らは一瞬何が起きたのか分からなかった。

そして突然その場に立っていた2人がひっくり返り、うめき声をあげて倒れはじめるとようやく、誰が敵なのか気付いた。


「さ、澤村!てめぇっ!!」


澤村はゆっくりと立ち上がると、唖然とする瀬戸の腹に拳を打ちこみ、逃げに走ろうとする仲間に蹴りをくわせる。驚くほどの速さだった。逃げようとしていた男らの前にふわりと降り立ち、一人の鳩尾に拳を入れると同時にもう一人の後頭部に手刀を打ちこんだ。

全てが数十秒の出来事だった。そして、澤村はそこに一人立っていた。

まだ意識のはっきりしない時任を一度振り返り、ゆっくりとその場を後にしたのだった。










「―――――時任・・。」


ようやく時任の黒い瞳がはっきりと開かれたのは、久保田の膝上で、抱き起こされていたときだった。


「・・・・久・・保ちゃん・・?」


時任が呟くようにそう言うと、久保田がホッとしたような表情になる。


「あれ?・・俺・・・?」


何だか久々に近くで見る久保田の顔をまじまじと見つめながら、身体に鈍い痛みを感じて眉をひそめた。


「まだ、動かない方がいいみたいね」


時任は何かを思い出すように目を開くと、辺りをゆっくりと見回して倒れた男たちを確認する。澤村の姿はなく、瀬戸もいなかった。


「これ・・、久保ちゃんが?」

「・・・・いんや」

「・・・・・・・」


教室で意識を失ってから、ぼんやりと思いだす悲しげな男の顔。そしてうっすらと記憶に残っていた澤村の声。

時任は引き裂かれた自分の服と、両手首に赤く残る紐の後を見つめると、ぐっと両手に拳を作り、強く握りしめた。


「・・澤村・・。あいつ、ただじゃおかねぇ。」


ぎりぎりと歯を食いしばる時任の首筋に赤い跡を見つけて、

「・・そうね。」と久保田が低い声で言う。

久保田の表情こそ、いつものように細められた目を変えることはなかったが、明らかに纏う空気が違った。誰かを殺さんばかりに殺気立っているように見えた。

時任はだるい身体を支えながらゆっくりと立ち上がり、久保田を振り返った。


「久保ちゃん、手だしすんなよ。俺がやる」

「・・・・・・・」


一言で牽制され、久保田は深く息を吐いた。

強い瞳で真っ直ぐに言い放つその姿は、あまりにも時任そのもので、その意志は誰にも変えられないということを久保田は知っている。諦めにも似たため息だった。



 

その後、倒れていた男らを生徒会に引き渡し事情を聴くとともに、翌日学校にも姿を見せなかった澤村と瀬戸の悪事は徹底的に暴かれることになった。


 

 

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