翌日、捕えた写真部の生徒の口から、執行部の金銭恐喝事件は虚言の上、自作自演だったことが証明され、生活指導の教師が松本と執行部へ頭を下げにきた。
時任の容疑も解け、同時に執行部の謹慎も無効となり、執行部の面々もほっと安堵したのだが、事件の内容を聞いて、桂木は複雑に顔をしかめていた。
「じゃあ、その写真部の瀬戸ってやつは、澤村君と組んで生徒会の失脚を狙って、生徒会の荒さがしをしてて、偶然久保田君と松本会長の写真を撮ったってこと?」
部室に集まった執行部員に久保田が事の成り行きを説明していたところだった。
「そう。本当は松本と橘の噂を写真に収めて、スキャンダルにしたかったらしんだけど。まぁそれも今更だからね。瀬戸はそれよりも面白いものが撮れたって喜んでたみたいよ?」
薄い笑みを浮かべて話す久保田の隣には、真剣な表情の時任がいた。
時任にしてみればその写真が原因でずいぶん悩むことになったのだが、その真剣な表情には安心する様子も、怒り心頭なわけでもないらしかった。そんな時任を面々は横目で気にしながらも話を続けた。
「つまり結果的に写真を元に時任を騙して、その場に予め呼んでいた生活指導の教師を目撃者にさせて、時任を恐喝の現行犯に仕立て上げたというわけか」
室田が難しい顔で腕を組むと、松原が怒りに眉をしかめた。
「oh、no!男のする事じゃありません!なんて奴ら!」
「ほんとよ!執行部の失態を生徒会本部に焚きつけ、その信頼を無くし、会長を失脚させる。そう考えたわけね!ひどい悪知恵だわっ!」
桂木も興奮気味に怒りを露わにする。
「そうなると松本も執行部に厳罰を与えない限り、生徒会が責任を取らざるを得なくなる。どちらにしてもいい起爆剤になるというわけ。」
一人冷静な久保田はそう言うとため息のように、ふーと煙を吐き出した。
あえて澤村の時任への想いには触れないことにしたようだった。
松本会長に身柄を渡された写真部の生徒の証言は中学の話もあった。
その写真部の瀬戸を中心とした数人は、澤村と中学時代の先輩後輩だったとのことで、瀬戸は澤村が会長を務めた間、1つ上でありながら補佐として書記につき、よく知る仲だったという。年下の澤村を会長として支持していたのは恐らく澤村のバックをみてのことだろう。
中学時代、松本らが卒業した後、すでに新会長は決定していた。しかし澤村らはどんな手を使ったのか、新会長の失脚とともに、新しく生徒会を立ち上げたのだった。おそらくは今回のような卑怯卑劣な手が使われたのかもしれない。澤村代議士の力があったのかもしれない。どちらにしろ真っ当な手段ではないことは確かなようだった。
そんな澤村をよく知る瀬戸は、前高校での事件を知り、澤村が転入してきてすぐに、気に入らない生徒会と執行部を潰そうと持ちかけたという。
松本会長の失脚は執行部の失脚であり、執行部の失態は生徒会の失態でもある。それを狙ったものだった。まずは執行部の恐喝容疑を垂れこむ。澤村は生徒会の内部を探り、何食わぬ顔で、例の写真を回した。内部分裂を狙った写真が撮れたのは偶然だったが、狙い通り執行部の活動停止に追いやり、仕上げにかかったというわけだ。
「でも、澤村君は時任を拉致っておいて、突然裏切ったわけでしょ?どういうことなのかしら?」
ふと不思議そうに桂木が首をかしげると、久保田が頷いた。
「人を使って俺に時任の居場所を教えたのは澤村・・。何よりあんな大勢を一人で伸せるような奴はそうはいないしね。」
昨夜、松本・橘と話を終え生徒会室を出た久保田に、写真部2年の男子生徒が声をかけた。
近くの廃墟にて時任が待っているという伝言を久保田に伝えるよう、ある人に頼まれたという。おどおどと挙動不審な少年を問い詰めると、時任を拉致り暴行しようとしたこと、澤村に裏切られたあげく脅されて伝言番に走らされたことを白状した。
「じゃあ、瀬戸は澤村に裏切られ逃げてるってわけね。ってことは二人は別々にいる可能性が高いわね。どうするのかしら・・・。このまま学校、辞める気かしら」
「そ、そりゃそうだろ、戻ってきたところで、二人とも居場所はないだろ」
相浦が苦虫を噛んだような顔でそう言った時、バンとドアを開けて、息を切らした男子生徒が駆け込んできた。
「執行部っ!!」
「なあに、また喧嘩?」
桂木がそう聞くと、男子生徒はブンブンと首を振って、ひどくあわてた様子でこう言ったのだった。
「ち、違うリンチだ!1年の澤村がやられてる!!」
澤村は昨日時任が捕らえられていた近くの廃墟地に転がっていた。
そこは昼間でもひと気がないはずだったが、今日は倒れた澤村を囲むように20数人程の男たちが砂埃をあげていた。
澤村は瀬戸に呼び出されるまま、そこに一人で姿を現し、待ち構えた不良たちはそれぞれ用意した武器で四方から攻撃を加えたのだった。
その不良たちは、前の学校で澤村の指示で教師を暴行し、退学処分を食らった一味だった。
何とか逃げ帰った瀬戸が、思いつくあらゆるルートに手を回し、澤村に恨みのあるメンバーやツテのある不良をかき集めたのだった。
不意をつかれたとはいえ、澤村ほど武術に長けていれば反撃はできるはずだった。しかしそれをすることはなく、澤村は黙って殴られ続けていた。
囲んだ男らは澤村の力をその程度だと思ったのか、薄ら笑いを浮かべながら、べっとりと血に濡れた鉄パイプを再度振り上げようとしていた。
「おい、次殴るならこっちにしとけよ、死んだらシャレになんねぇぜ」
瀬戸は呆れたようにそう言うと、男に角材を渡した。その男は澤村の策謀にて退学になったうちの一人で、やっと恨みを晴らせると、嬉々として瀬戸の呼び出しを受けたのだった。
「へへ、じゃあ半殺しにしとくか?俺らはこいつのせいで人生めちゃくちゃになったんだ。2度と起き上がれねぇ身体にしてやるぜ」
恐らく退学後、組にでも属したのか、その男も含めて数人はちんぴらのような格好をしている。
男はそう言ったとおり、今度が頭や首を避けて、背中や足を角材で容赦なく叩きつけ始めた。
「・・っ・・」
澤村は一言も悲鳴を上げなかった。
ただ、蹴られ、殴られ続けていた。
頭から血を流し、朦朧とする意識の中で、澤村の頭によぎるのは、走馬灯のように流れて行く
―――過ぎ去った過去だった。
小学3年生、誘拐未遂にあったときの恐怖と、煩わしそうに歪んだ父親の顔。
ダントツの票数で生徒会長の座を掴んだ中学時代、その裏で自分がやってきたこと。
ろくな思い出じゃなかった。自分の人生なんてこんなもんだろうと諦めていたこともあった。
そうだ。―――あの男に会うまでは。
――あの男に出会ったのは高校に入学してからだった。
男の名は内海雄一、科学の教師だった。
夏前のこと、結成したばかりの生徒会が解散することになり、その後釜の生徒会長として俺は立候補し、並みいる3年の候補者を抑え、圧勝した。
入学してすぐの生徒会長当選は、高校始まって以来の快挙ともいえた。俺はそれだけ文武両道で周囲の信頼も厚かった。だが実際は・・。
『澤村、教師を買収したというのは本当か!?』
いつものように生徒会の業務を終え、呼び出しを受けた教頭室での出来事だった。
『・・教頭先生、何のことですか?』
教頭が眉をひそめて単刀直入に切り出した。その語尾には疑いではなく、断定するような言いようだった。
『嘘をつくな。内海先生に聞いたんだよ。一体何の為の選挙だ!そうまでして人の上に立ちたいのか!?』
教頭の言うことは事実だった。俺は裏から手を回し、生徒会を失脚に追いやり、その上で選挙に大きく関わる教師を買収していた。父親の仕事のせいか、幼いころから権力の使い方を知っていた俺は、そのくらいの小細工はわけもなかった。そしてまた教頭にバレたくらいでうろたえることもなかった。
しかし俺は教頭の言葉に違った意味で衝撃を受けていた。その話が、”内海先生から漏れた”ということに驚いたんだ。
そうか、そういうことだったのか、と。
そして気づけば俺はすべてを見下すように、冷やかに相手を見ていた。口元には自然に笑みが浮かんだ。
『・・教頭先生、あまり滅多なことを口にされないほうがいい。あなた方の身のためですよ』
その脅しの効果は絶大だったのだろう。教頭はそれ以来何も言ってこなかった。
使い慣れた権力の力はやはり健在で、結局は自分の思い通りになる、そう分かっただけで腹の中から笑いがこみあげ、同時に吐き気がするほどの怒りが湧き上がった。俺はとりあえず、父親の名に最も敏感だった校長に頼み、教頭の首をはねさせた。
それでも胸が休まることはなかった。イライラが募り、息苦しくなるほどの苦い衝動がこみ上げた。
―――あの男が、内海が、自分を売るような真似をした!
その事実が深く胸を突き刺し、やがて深い憎悪となり、その矛先は内海だけに向けられていた。
内海は穏やかで優しく、生徒からの信頼も厚い教師だった。
俺はあの男を唯一、信用していた。
『澤村君、部活に入らないか?』
弱肉強食の世の中をすでに悟ったような気になって、高校生活にすでに何も見出すことのできないと壁を張っていた俺に、あの男は何かにつけて俺に付きまとっては、新しいことに誘いをかけた。
『そんな愛想笑いばっかりじゃあ疲れるだろう?部活でもやれば普通に笑えるぞ』
初めは自分の隠していた皮を剥がれたようでいい気はしなかったが、熱心に自分に触れようとする内海に、俺は次第に心を打たれ、何かあれば真っ先に相談するほど心を許していた。
父親の敷くレールが負い目だった俺に、『お前はお前の道を探せばいい』と言ってくれた男だった。
多分、俺にとって、名ばかりの親よりもずっと、心の近い存在だった。
しかし、その関係はもろくも崩れ去った。
選挙活動で不正を働いたことを内海に知られたのがきっかけだった。内海はそれ以来、俺を白い目で見るようになっていた。
俺には耐えられなかった。だから使える手は使おうとした。だが内海は、父親の名を口にしても、校長に口をきいてやるといっても、俺の味方をしようとはしてくれなかった。
唯一の味方だと思っていた男は、一気に離れていった。
耐えがたい屈辱だった。その上、ある程度正義感の強い教頭への告げ口までしたという。
―――――あいつが、俺を裏切った・・・!
胸をえぐられたような衝撃を覚えた。
そして、俺は行動を起こした。
俺は手を汚すことなく、従えていた不良達に金を与え、内海を袋叩きにした。初めて感情的にコトを起こしていた。後始末のこともロクに考えられないほど・・。
内海は一命は取り留めたものの重傷を負い、事態は明るみに出ることになった。
実際に危害を加えた不良グループは十数人退学処分が下されたが、首謀者である自分には、校長の計らいか、軽い停学のみの処分だった。
あの人だけだったんだ。
”澤村”という名を気にせずに、一生徒として俺に接してくれたのは・・。だからこそ、裏切られたことが、許せなかった。
決して自分の手は下さずにあの男を傷つけた。
いや、恐らく自分ではできなかったんだ。いくら憎んでいても、あの男を手に掛けること自体、俺には恐ろしくてたまらなかった。
そうやって俺は、あの人を傷つけて、何が変わったというのだろう。
俺が足を運んだときにはすでに意識なく横たわっていた。
力なく血を流し倒れたあの人を見て、感じたのはただの空しさだけ・・。
あの人に分かってもらいたくて、ただ、憎くて・・・・
―――――そして俺は、あの人を失った。
誰もいなくなった。
常に上を目指せと言われ目指した先には、父親が敷いたレール、使い慣れた権力を誇示するだけの父親のような大人。
一番嫌っていたはずの大人への道しか自分にはなかった。それだけ俺は汚れていたのだから。
言われるまま転入した荒磯でもそうだった。瀬戸に言われる間もなく、俺は上を目指すつもりだった。有能な生徒会といえどもそんなこと造作もないことだ。
だけど、そんなときだった。
俺は、あの人と会ってしまった。
子供のように目を輝かせ、生き生きと輝いた人だと思った。
あの男のように、心の熱い男だと思った。
そしていつしか、俺はその強い瞳に惹かれた。
――――もう、大事な人を傷つけたくない。
あの時、時任へと伸ばされた手を止めた、ただ一つの理由。
眩しいほどのあの人の笑顔は、誰にも汚されるものじゃないと思ったから―――。