肩を並べて【1】

 



学校の西門から少し入ったところにある裏庭。

その木陰で、双眼鏡を手にした他校の制服の二人組が、ひっそりと会話をしている。

荒磯の学ランの中で、濃緑のブレザーは明らかに浮くだろうが、ひとけの少ない場所と夕暮れ時ということもあってか、その侵入者に気づく者はいなかった。


「おい、見ろ。あれが荒磯執行部のツートップ、久保田と時任だ」

「ああ、間違いねぇ。あいつらだ・・!やっと見つけたぜ」


キッチリと制服を着こなした黒髪の男が、同じ制服を反対にだらしなく着こなした男へと双眼鏡を手渡してやると、男は金髪に染めた頭を怒りに逆立てながら唸った。

黒髪の男は中指で眼鏡を上げ直し、淡々と話を続ける。


「生徒会本部には頭の切れる奴らが上にいるが、実際執行部の権力とやらで、ここではあの二人が一番恐れられているらしい」

「フン・・、デカイ顔しやがって。見てろよ、落とし前はきっちりつけさせてもらうぜ」

「焦るな。計画通りに実行すれば、すべてうまくいく」


黒髪の男はそう言うと再び双眼鏡を覗き、口端を引き上げたのだった。








―――ある日の放課後のこと。

荒磯執行部の面々は、それぞれのデスクワークや巡回もあらかた終え、のんびりと思い思いの時間を過ごしていた。松原と室田は武道の稽古に勤しみ、相浦と時任は対戦ゲームに没頭し、久保田は一人、温かな日差しを受けてのんびりと本を読みふけっている。補欠の藤原はそんな久保田の傍で携帯灰皿を片手にスタンバイ。

そんないつもの、ごく穏やかな時間。

それがふと、動きを変えたのは、今まさに扉を開けて入ってきた執行部の紅一点によるものだった。

桂木は席に着くよりも先に、片手に抱えていた小包を時任の目の前にポンと置いて言った。


「はい時任。お届けものですって」

「あ?・・・なんだこれ」

「執行部の時任に渡してくれって、1年の子がそこの校門で、他校の女の子に頼まれたらしいのよ」

「マジ?すげぇじゃん時任!他校の子って誰だよ?」


綺麗にラッピングされたそれは、誰がどう見ても女の子からのプレゼント。

一緒にゲームに向かっていた相浦が興味津々に体を乗り出し、松原と室田は興味深げに近寄る。一気に皆の注目を受けながら、時任は得意げに鼻をならした。


「さぁな。俺様のファンは荒磯だけじゃねぇからな。いちいち把握してられっかよ」

「oh、ではFANからのPRESENTというわけですね!」

「うむ、珍しいな。久保田や松原宛ならよく目にするが」

「時任先輩宛だなんて、嫌がらせで何かゴミでも入ってるんじゃないですかぁ?」

「ほざけ、補欠!俺様のモテぶりにひがんでんじゃねぇよ」


松原と相浦の羨望の眼差しと、室田と桂木の好奇の目、藤原の妬ましげなヤジを受けながら、時任はおもむろに小包の包装を破り始め、いつの間に傍にいたのか、くわえタバコの久保田は「あーあ、そんなビリビリに開けて」と呆れながらもしっかりとその手元をのぞき込んでいる。


「・・なんだ?お菓子と、手紙?」


中には手作り感満載のクッキーと、ピンク色の便箋。乱暴に封を切る時任に相浦が冷やかすような声をあげた。


「ラブレター入りかよ〜、なんて書いてあるんだ?」


『先日は、助けて頂いてありがとうございました。これはほんのお礼です。良かったらもう一人の方と一緒に召し上がってください。  甲斐田結子』


「・・ってダレ?」


手紙の最後に記された聞き覚えのない名前。首を傾げる時任の横で、久保田が思い出したと言ったように、ぽんと手をたたいた。


「あ〜なるほど。その”もう一人の方”って俺だわ。ほら時任覚えてるしょ?こないだ駅近くの裏通りで・・」

「・・・・あ」

「なんだ何か思い出したのか、時任」


久保田の言葉で、数日前の記憶を思い返す。


確かあれは、学校の帰りに駅近くのCD屋に寄った時のことだった。表から1つ裏路地のひとけの少ない場所から聞こえた、女性の悲鳴。とっさに駆けだした自分の後ろから、久保田が興味なさげにタバコを吹かしながらも付いてきて。


「そうだ、あのとき、女が絡まれてて。女1人にガラの悪ぃ男らが4〜5人でさ」

「時任が見てられないって、そいつらボコボコにしちゃったんだよねぇ」

「久保ちゃんだって、楽しそうに混ざってたじゃねぇか!」

「だってねぇ。相手はナイフも持ってたし、危ないじゃない、時任が」


自称ケンカのプロとあっても、相手の数が多い上、刃物を持っていては、穏やかではない。

いつもは後方で見守る久保田だったが、その日は少し派手に暴れたのだった。


「じゃあ、コレはあん時の女からお礼ってわけか」

「なになに時任、その子美人だった?どこの子?」

「知らねぇよ、顔も覚えてねぇし」



元々自分以外には興味のない時任は、偶然助けた女子高生という、男にしてみればオイシイ出会いすら興味がないようで、あわよくば自分も、と期待した相浦だったが「やっぱりか」とがっくし肩を落とした。

久保田はそんな二人の横から、手紙をちらりと見やる。久保田もなんとなくしか女性の顔を覚えていなかったが、確かにあの後『荒磯執行部のエース』だと時任が名乗っていた。それでちゃんとココに届いているあたり時任の”自称”もあながち外れてもいないのかもね、と小さく笑う。


するとふと、鋭い視線を感じ、久保田はその先を辿って首を傾げた。


「・・どったの?桂木ちゃん。そんな怖いカオして」


じーっとこちらを睨みつけている桂木にそう尋ねると、桂木は掌でバンッと机を叩きつけ、目をつり上げた。


「笑い事じゃないわよ、久保田君、時任!二人とも校外でそんな無茶しないでよ!何かあったらどうするのよ!」

「ま、まぁ桂木、一応人助けなわけだし、なぁ松原」

yesそうです!正義の執行部員として、か弱い女性を助けるのは当然のことです!Good job時任!」

「それとこれとは別よ!!」


桂木は常々、学校外でも腕章を常備する事にぬかりはない。校外であっても腕章があれば公務を堂々と行うことができるからだ。

しかし今回のような場合には、そういうわけにもいかない。相手が荒磯の生徒じゃない以上、執行部といえどもただのケンカ。悪くすれば傷害事件にもなりかねないのだ。


「大丈夫だって、桂木。ナイフ持って脅すような、敵にもならねぇ卑怯な奴らだったんだ。それでもちゃんと手加減してやったんだし。なぁ?久保ちゃん」

「まぁ、そーね。時任にナイフ向けたヤツはちょっとお灸すえた感じだけど、骨にはいってないと思うし」


揚々と答える時任と、のんきな声の久保田に桂木は長いため息を吐いた。

この二人に限って怪我をさせられる心配は少ない。だが、相手に与えるダメージを思えばこそ桂木の不安はそこにあった。時任はいつもケンカ好きのように派手に前線を踏み出していくタイプだが、相手の力に合わせて加減を考えている。

久保田も時任を見守り、本当に危ないと思うときだけ、そのずば抜けた身体能力を披露しているが、加減が利かなくなることがあるのはむしろ久保田の方だと、桂木は考えていた。

普段穏やかな久保田が、相手の生死すら考えず無謀に力を振るう場合・・、その理由は、おそらくたった一つだと。

これまで大きな事件はないが、桂木はその片鱗を何度か目撃していた。


以前久保田は公務中に、一人でその場にいる全員をボコボコにしたことがあった。

後に話を聞くと、相手の拳が偶然時任に当たってしまったことがきっかけだったという。

時任の怪我は大したことはなく、その場はなんとか収集がついたが、転がる不良達を見下す久保田の目に、ぞっと冷たいものを感じたことを覚えている。


そして久保田がそんな目をするのは、いつも時任が関わるときだったのだ。

久保田を本気にさせるのは、相手は関係なく、いつも時任の身に何かがあった場合。


たった一つの大事なモノを守るためなら、久保田はためらいもなく相手を殺してしまうかもしれない。そう思わせるような冷たい目は、時任を強く想う故のモノで。


時任もまたそんな相方に全幅の信頼を置いていて。それも、ただの友達の枠には到底ハマりきれないほどに強く、深く。


しかし周囲から見ればあからさまな相思相愛の二人だけれど、時任のソレは多分、無自覚なもの。二人の関係はおそらく一般的な色恋いとはほど遠いところにあるのだろうと思う。


―――まったく、あんたたちは一体これからどうなりたいのよ?


いらぬ世話と分かっていながら、ついついそう突っ込みたくなる。

あからさまな久保田と無自覚な時任は、互いに分かり合っているようで、どこか不安定にも感じて。

二人の強い絆と結びつきの影にある、久保田の暗い脆い心のバランス。その危うさが、見る者を不安に思わせた。


これで二人が本当にくっつきでもしたら、何かが変わったりするのだろうか。


そんな疑問が沸き上がって、少なからず二人の関係をじれったく思っていた自分に気づき、桂木はやはり余計なお世話だと自嘲的なため息をついた。


「それにしても少しは気をつけなさいよ。腕章の効力は荒磯だけのものなんだから」

「わーってるって、なぁ久保ちゃん」


無邪気な笑顔を見せる時任に、聞いているのかいないのか久保田はいつもの細い目で「ほーい」と返事をする。その頼りなさは相変わらずで、桂木は『だから一番心配なのはアンタなんだって!!』と心の中で叫ばずにはいられなかった。


「甲斐田結子ちゃんかぁ。どこの学校の子だろうな?」


クッキーを頬張る時任の横で手紙を読みなおしていた相浦がそう言うと、久保田が再びポンと手をたたいて「あー」と間抜けな声をあげた。


「思い出した、制服。たしか濃緑のブレザーに紺のプリーツスカート。んで確かボコった男らも同じブレザーだったっけ?」


どうやら成敗した男等と、このプレゼントの送り主の制服の話らしいが、それに思い当たったらしく、桂木が今度は驚きの声をあげる。


「それって、もしかして豊永高校の制服じゃない!?」

「豊永高校って、バリバリの進学校のか?うちと同じ私立だけど、かなり偏差値高かったような・・」

「人間、頭じゃねぇだろ相浦。あいつらどう見てもガラの悪ぃ不良だったぞ」


時任が嫌そうな顔でそう言うと、室田と松原も驚いたようで「頭のイイ不良っているんデスね」「ある意味両立できてすごいんじゃないか」と関心をみせている。


「でもまぁ、将来を担うだろーエリートがあれじゃあ、日本の未来も思いやられるねぇ」            


久保田はのんびりとそう呟きながら、いつものように窓際に腰掛けて、ゆっくりと煙を吐き出した。


そのとき、窓の外へふとやった目が一瞬何かを見つけたように、鋭く細められたが、それは何かの気のせいだったのか・・・、久保田は特に気にとめた様子もなく、タバコをくゆらせたのだった。




続きますv

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