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肩を並べて【4】
「暗くなる前には終わらせたいなぁ・・」
薄汚れ年季の入った建物を見上げて、ぼんやりとつぶやく。それも正門ではないせいか、周囲は雑草が生え茂り、ひとけも全くなかった。
橙に染まる空は明るいが、あと数時間もすれば街灯の少ないここらは真っ暗になるだろう。ただでさえ薄気味悪い廃墟病院であるのに、夜になればいい肝試しスポットになるに違いない。できれば遠慮したい場所だった。
ポケットにつっこんでぐしゃぐしゃになった白い紙切れを取り出して背後を振り返る。
「まぁ、仕方ないか。こんな手紙もらっちゃあ。・・・・ねぇ、甲斐田結子サン」
振り返った久保田の視線の先に、一人佇む女子高生の姿。久保田は再び視線を戻し、錆び付いた門の入り口をふわりと飛び越え、内側から門の鍵を開けてやる。すると彼女は少し視線を揺らしながら、中へと続いた。
『・・私と一緒に来てくださいっ!』
あの時彼女はそう言って、久保田を呼び出した。慌てて時任と会わないように逃げ出した彼女。久保田もまた時任に知らせることなく、ここに足を向けた。
――――なんだかなぁ・・・。
タバコに火をつけ、敷地内へ足を踏み入れる。後ろからついて歩く彼女の歩幅にあわせてゆっくりと歩きながら、久保田は視線は前に向けたまま、のんびりと問いかけた。
「・・それでアンタは、結局どうしたいのかな?」
「っ・・・・・」
「はっきり言って、オレには全く興味ないんだわ。アンタらが何をしよーと、邪魔だったら排除するだけだし。
だけどさ・・。」
言葉をとぎり、不意に足を止めると振り返って笑みを浮かべた。
「ヒトの大事なものを巻き込むようなコトするんなら、噛みつかれても文句言えないよね?」
「―――!」
彼女は目を張って、息をのんだ。
口元の笑みとは全く異なる、久保田の深い暗い眼差しに、背筋がぞくりと震える。
「・・わ、私っ―――・・」
震える両手を握りしめ、彼女は泣きそうにくしゃりと歪めた顔をあげる。瞳を潤ませながらもしっかりと久保田の目を捉えていた。
怯えながらも何かを決心したような顔だった。
「こんなことしてっ、あんたたち、ただですむと思ってるの!?」
男らに囲まれ、きつく後ろ手に縛られながら、桂木は気丈に言い放った。
ワケも分からず校門で男らに捕まり、有無を言わさず相浦共々拉致され連れて来られた先は、廃墟化した病院跡地。ひっそりとした空間に桂木の高い声が響いた。
数人の男らの中に、ひときわ目立つ金髪を立たせた男がイヤな笑みを見せる。
「ったく、うるせぇなぁ、いい加減黙れよ。カワイー顔して威勢がいい女だなぁ。おとなしくしてればお前は助けてやっていいんだぜ?オレは女には優しいんだよ」
「助けられたって、嬉しかないわよ!あんたみたいな汚い奴らヘドがでるわ!」
キッと目を吊り上げ睨みつける。どんな時でも桂木は桂木だった。
彼女が持つ強い正義感は、暴力に屈することなどまっぴらだと、まっすぐな瞳が物語っている。
「~なんだと?このアマァ!」
「――や、やめろ!!」
激高した男が手を挙げたと同時に叫んだのは相浦だった。桂木と同じく別の男に拘束されている為、身動きがとれず、それでも相手を睨みつけた。
「なんだぁ?オマケで捕まったお前が相手してくれんのか?」
男は優位な笑みを浮かべながら、成す統べのない相浦の胸ぐらを掴みあげる。
殴られる、そう覚悟した相浦が冷や汗を流しながらぎゅっと目を閉じたとき
「そこまでだ!二人を放せ!」
聞き覚えのある声と同時に、二人が姿を現した。
「――む、室田!?松原!!」
「二人ともどうしてここへ!?」
驚きに声をあげる二人に、松原が竹刀を構えて手紙を掲げてみせる。
「手紙をもらったんですよ。ご丁寧に住所入りの」
「さぁ、何が目的か知らんが二人を返してもらおう」
室田と松原に届けられた手紙には書いてあったのは、この廃墟病院の住所。二人はそこに正面から向かい、ようやく人質になっていた二人を見つけたのだ。
「おまえ等動くな!何のための人質だと思ってんだぁ?」
「――桂木!」
金髪の男は口端に笑みを見せながらそう言うと、後ろから桂木の頬にナイフを突きつけた。
また同時に仲間の男が相浦の首に腕を回している。
「この女の顔に傷付けたくなかったら、おとなしく武器を捨てろ。――おい、その二人を縛れ。下手に動くなよ。こっちは二人も人質がいるんだぜ」
「くっ・・」
「shit!」
室田と松原は悔しげな声を漏らしながら、武器を取られ後ろ手に縄を掛けられる間、動くことができなかった。
ようやく桂木の頬にあてられたナイフが離れた頃には、二人も身動きが取れないほどに縛られていて、桂木はがくりと膝をついた。
「卑怯ものっ!!」
「はははっ!聞いたとおり仲良し執行部ちゃんだな!まぁもう少しおとなしくしとけよ。ホントのお楽しみはこれからだぜ?」
男は胸ポケットにナイフをしまうと、楽しそうに笑ったのだった。
プルルルプルルルプルルル・・・
「くそ、アイツ携帯出ない!こんな時にマジで女と会ってんじゃねぇだろうな!」
「く、久保田先輩が女とあってる!?そ、それ本当ですかぁ!!?」
「うるせぇ!それどころじゃねぇだろ!久保ちゃん待ってらんねぇ!いくぞ藤原!」
「あ、ちょ、ちょっと時任先輩!!」
ブブブとポケットの中で振動していた動きが止まる。
久保田は着信履歴を確認したが、無言のまま再びポケットにつっこんだ。
―――怒るだろうなぁ・・。
新たにたばこに火をつけながらそう考えるが、電話をかけ直そうとはしなかった。
執行部の仲間にこんな事件が起きていると知れば、正義心の強く仲間想いの時任のこと。一人でも敵地に乗り込んでいくだろう。
できればこういうことにはあまり関わってほしくなかった。
校内であればよほどのことがない限り、そう危険もないが、公務外である以上それも保証できない。
たとえ相手が武器を持っていても、拳一つで戦おうとするまっすぐな瞳を思って、久保田は目を細める。
・・・いつもオレの目の届くところで、笑ってくれれば、それで満足なんだけど。
―――エゴ、だぁね・・。
それは至極自分本位な考えで。時任の一挙一動に、目に見えるものすら見方を変えざるを得ないほど振り回されている自分を思えば、これほど不可能な願いもないだろう。
危険であればあるほど喜んで渦中に飛び込んでいく気性と、時には自分のことよりも人を思いやる優しすぎる性格。
それを一番近くで見せつけられてきて、不安に思わないわけがない。
時任にもし、何かあったら・・・・、と考えるだけで足下から這うような寒気がする。冷たくて深い暗闇はやがて足下から体の全てを犯していくように、飲み込んでいく。
まるで底のない沼に徐々に堕ちていくように・・・。
それを何より恐れている自分が、妙に人間らしく感じられた。
結局は自分のためか・・。そう結論づけて煙と一緒に苦い息を吐いた。
「・・・さて、行きましょうかね」
自分勝手な想いを押しつけることはできないけれど、それでもやはりそこに立っていたいと願う。
時任の隣という、唯一の居場所に・・。
ようやく動き出しました・・つ、続きますv
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