「桂木、大丈夫か?」
「ええ、なんとか。でも、ごめんなさい・・。室田君達まで捕まるなんて」
「卑怯な奴らですよ!人質を盾にとるなんて!相浦も大丈夫デスか?」
「ああ、ほんと申し訳ない。桂木を助けようとして俺も一緒にこんなザマで、マジ情けない・・」
「いやそんなことはないぞ相浦。お前はちゃんと桂木を守っていた。立派なことだ」
「そうですよ!」
広い部屋は元々いくつかに分かれた病室でもあったのだろうが、廃墟化した際に壁を取り払われ一つの大きなスペースとなっている。残った支柱を背にして、4人はそれぞれ後ろ手に縛られ、座らされていた。
今この部屋にいるのは、人質となった4人のみ。部屋の入り口付近に見張り役だろう人物が一人いたが、他の数人の男達は隣の部屋にでもいるらしかった。
先ほどの金髪の男の話す声がわずかに壁越しに響いている。
4人は男達に見つからないように、小声で会話を続けた。
「それにしても、奴ら何者なんデスか?」
「それなんだけど、奴らの制服見たでしょ?あれ、豊永高校の制服だわ。私たちを連れ去った時、同じ制服を着た人達が4人、あと運転手は見えなかったけど1人、確実に5人はいるはずよ。だけど彼ら、一体どういうつもりなのかしら。堂々と制服着てこんなことして・・」
「俺たちが荒磯の執行部の人間だと知った上のことみたいだしな」
「執行部に恨みでもあんのか?けどそういうことなら・・、次に連れて来られるのは・・」
「久保田と時任か・・。目的が誰であれ、二人なら一筋縄ではいかんだろうが、やはり俺たちを盾に取られてはいくらなんでも戦いようがないだろう」
「そうデスね。・・できれば久保田達が来る前に、なんとか逃げ出したいところデス・・」
そのとき、誰かの足音がして、見張り役がその相手に頭を下げた。どうやら仲間の一人らしいが、桂木達は初めて見る顔だった。
先ほどの金髪の男を伴って現れた男は、黒い髪に眼鏡。細身の長身で、きっちりと制服を着こなしている。どうみても、進学校の生徒らしい”優等生タイプ”。隣の金髪とは明らかに違う種類の人間だった。雰囲気からしてこの男が主犯なのだろうか、思わず桂木たちが身構えるが、その男はちらりと一瞥してすぐに踵を返した。
「・・4人、か。―――おい、高本、あと一人が来たら始めるぞ。それまで目を離すなよ。なんでも暴力で解決しようとする奴らだからな」
「わかってるって」
高本と呼ばれた金髪の男は相変わらずにやけた笑みを浮かべて、黒髪の男の後ろからついて歩いていく。
再び4人になった空間で、桂木達はそれぞれ目を合わせた。
「・・聞いた今の・・」
「ああ、”あと一人”とは、どういうことだ?」
「well、藤原をはずしても、あと2人はいるはずデスが」
「連中、ちゃんと把握してないんじゃないか?」
「いいえ。それはないわ。私たちのこと念入りに調べているとしか思えないタイミングでの犯行。かなり周到に及んでいるのに、ただでさえ目立つおちゃらけコンビのことを知らないとは思えないわ。・・一体どういうことなのかしら?」
「分からんがとりあえず、じっとしておくわけにはいかないようだな」
「まずはどうやってこのロープを外すかよね」
4人は不可解に思いながらも、後ろでくくられたロープを外すべく、作戦を練り始めた。
「それは僕に任せてください!こんなこともあろうかと裾に刃を仕込んでおいたんデス!」
「さすがだな!松原」
「・・マジかよ。武士道にそんな手があったのか?」
「ofcourse!備えあれば憂いなし」
松原は後ろ手に器用に自分のロープを切った。スルリと紐が外すと見張りに気づかれないように、室田に刃を投げる。後ろ手にそれを拾った室田は、細かい作業は苦手であったがなんとか苦労してロープに刃を擦り当てる。そのとき――、
「――おい!なんだお前!!」
「!!」
突然発せられた男の声に、4人はビクリと飛び上がった。
バレたかと身構え恐る恐る振り向くが、見張りの男の声はどうやらこちらにかけられたものではないらしい。扉の向こうで男が誰かに声をあげている様子。ガタガタと騒がしい音に何事かと首をかしげていれば、ひょっこりと広場に顔をのぞかせた男。その男は見張りの男の腕を軽くねじり上げながら、こちらを見て「あれ?」とのんびりとした声をあげた。
「なにやってんの?それ、新しい遊び?」
「・・・・・・・く・、久保田!?」「久保田君!!」
そのあまりの呑気な声に、桂木達は呆気にとられながら、ここに呼ばれた最後の一人は久保田だったのかと、疑問が解消されて頷く。
だが、ふらりと部屋に入ってきた久保田の後ろにいる見知らぬ女性の姿に、桂木は目を丸くした。
そして必然的に浮かび上がるもう一つの疑問。
「・・・く、久保田君、時任は?」
「さぁ?」
「さぁ、って・・・・」
久保田の表情から時任の身に何かあったとは考えにくい。時任は無事として、どうしてここに呼ばれたのが時任以外の部員なのか・・。
「―――久保田!?なぜお前がここにっ?!」
その場に駆けつけたのは先ほどの男たちだった。黒髪の男が久保田を見て驚愕の声をあげたのを見て、桂木の疑問はますます深まった。
久保田が来たことに動揺しているのか、高本と呼ばれた金髪の男も目を張っていた。
――つまり、久保田はここにくるはずがなかったという事で。
「私が、連れてきたんです」
久保田の後ろに立っていた女性が静かに口を開くと、その場にいたすべての視線が女性に向かい、黒髪の男が噛みつかんばかりの勢いで目を剥いた。
「――結子!!どういうことだ!?」
「芦野先輩・・、私っ・・」
「――そういうことか。裏切ったのか、結子。久保田に鞍替えしたというわけか!?」
「っ・・!」
芦野と呼ばれた黒髪の男は、卑下するように結子を見下した。
事情がわからず呆気にとられている桂木たちだが、どうやら結子という女性と芦野は豊永高校の先輩後輩で、それ以上の関係らしいことがわかる。
それもどういうわけか、ひどくこじれているらしい。
彼女が大きく目を開いたまま何も言えずにいると、代わりに横からのんびりとした声が口を挟んだ。
「あー、それは違うみたいよ。芦野君、だっけ?彼女はアンタが好きだから言うこときいてきただけだってさ。」
「・・なに?」
「いやー、残念だったねぇ。俺以外の執行部員を拉致って、袋叩きにしようと考えてたんだって?」
「・・・・・・」
久保田の言葉に、捕まっていた4人が目を大きくする。久保田以外の執行部員を呼びつけ袋叩きにする、それが男等の目的だった。つまり、ここに呼ばれた最後の一人は、時任だったわけだ。
そしてなぜかこの場にいない時任と、袋叩きにされない予定だった久保田。
じっと自分を睨みつける芦野に、久保田は小さく息を吐いて言った。
「目的は俺・・だよねぇ?なのになんでこんな回りくどいことしてるのかな?」
「・・・・・・・・」
「それからもう一つ教えてくれない?アンタがオレの中学の同級生って聞いたんだけど、オレ覚えてないんだよね。なんか恨まれるようなことしたっけ?」
いつものように感情を表に出さない久保田の飄々とした問いに、芦野は睨みつけるように鋭く久保田を見つめ返す。少しの沈黙の後、芦野の表情が小さく歪み、ぼそりと呟いた。
「・・・・フ・・、・そうだろうな・・」
薄く笑みを浮かべて眉を寄せたその表情は、どこか悲しげににも思えた。そして芦野の絞り出すような声が辺りに響く。
「お前はオレのことなんか覚えてないだろうな。オレはおまえのように目立つこともなかったからな・・」
久保田は元来興味がないものに対してはとことん無頓着である。特に人間に対してのそれはひどく、よほどの関わりがないと記憶に残っていない。
それをよく知る執行部員達は、おそらく大人しい優等生タイプで執行部とも関わりのなかったのだろう芦野が、久保田の記憶に残っていないのも仕方がないのかもしれないと思った。
「久保田、お前はいつも人に囲まれチヤホヤされていた。松本と組んで学校を牛耳り、たいして努力もせずなんでもこなして、授業にろくに出もせずに成績は常に学年一。俺はいつも2位で、本当に目障りな奴だと思ったよ」
芦野の言葉に妬みの色が明らかに見えると、何となくこの男の目的が見えるような気がした。
「てっきりお前は有名進学校へ進むと思っていた。荒磯のようなゴミが集まる高校へいくとは思いもしなかった。しかし俺は、お前のおかげで推薦枠を譲ってもらったのだから感謝すべきか?」
芦野はハッと鼻で笑いながら、数年前の出来事を口にする。
記憶に残る久保田は今よりもだいぶ背が低く、あどけなさを残していた。それでも飄々とした風貌は昔からで。
当時芦野が初めてつき合った女子が言った言葉は、今でも忘れられなかった。
『ごめんね、私、執行部の久保田君が好きなの』
あんな奴のどこがいいんだ―――!!
俺とあいつとどこが違う―――?
悔しくて悔しくて、一つでも勝ちたいと思った。しかしそれは分厚い壁なのだと、理解せざるを得なかった。どんなに勉強しても、一度も勝てない。
いくら人の良い優等生でいても、周りは自然と久保田や松本に視線を寄せる。
のほほんと生きているだけですべての中心にいるような人物。誰もが妬むような位置にいながら、それもそれを本意とせずむしろ迷惑がっているような孤高の男。
嫉妬や羨望の目はいつしか憎しみにも似たものに変わっていく。
『久保田君、荒磯に決めたんだって!』
『えーっ!ウソ〜!?私も第一志望荒磯にしようかなぁ!』
『でも意外〜、てっきり上の豊永に行くかと思ってたぁ』
『”面白そうだから”って言ってたらしいわよ』
『あはは、久保田君らしー!』
そして追っていた背中は、勝ち逃げとばかりに姿を消した。
いつも追っていたものが突如としていなくなった虚無感。目障りなものがいなくなったと素直に喜べないのは、徹底的に与えられた屈辱が刻み込まれていたからだろうか。それは人生の汚点というように、いつまでも芦野の胸に深い敗北感を残した。
いつか、いつかあいつを越えてやると、歯を噛みしめ、豊永高校では成績を伸ばし、生徒会の書記に就いた。
執行部よりも上である生徒会にいることで、中学時代に根付いた劣等感を払拭したかったのかもしれない。
黙って聞いていた桂木たちは、なんとなく芦野の気持ちがわかるような気もしていた。
長いこと執行部としてつき合っているが、久保田は今でも掴めない男だと思っているし、時折見せる瞳の暗さに驚かされたり、一線引いたような壁を感じたこともある。
その底知れぬ男の器が、平凡な人間にとって羨ましくもあり、脅威でもあったのだろう。
「お前が荒磯でも執行部をやってると知ったのは、最近のことだ。ウチの不良グループから結子を助けた破天荒な荒磯執行部の名物コンビ。それがお前だと知って驚いたよ。まさかあの久保田が人助けをして、仲間なんてものを大事にしているとは想像もつかなった。―――そこで思いついたんだ。今のお前なら、俺でも勝ちようがあるってな」
「・・ふーん、それでこないだうちの裏庭で俺らを物色してたってわけね。どうりで視線感じたわけだわ」
「フ、気づいていたのか。計画を実行するために、結子に絡んだ高本らと手を組んだのもそのためだ。こいつはお前らにやられたことを根に持ってずっと探していたからな、利害関係が一致したのさ」
「そ〜そ〜!お偉い生徒会の芦野書記から誘拐劇のハナシもらった時にはワクワクしたぜぇ?」
高本がそう口を挟み、芦野は小さくクッと笑いをこぼして、久保田を見据えた。
「俺も楽しみで仕方なかったよ。大事な仲間をやられてズタズタになるお前が見られるってな!」
言い放った男の歪んだ口元。
高本は復讐に闘志を燃やし、嬉々として芦野の提案を受け入れたのだろう。高本が室田らを捕らえ動きを封じた上で最後に時任を呼び寄せ袋叩きにする。
元々結子を使いにやったのは時任を連れて来させるためだった。好意を持ったと勘違いさせれば久保田までついていくとは考えにくい。二人を離れ離れにさせ、久保田以外を呼び出してコトに及ぶ。何も知らない久保田が仲間をやられてどういう顔をするのか。
そんなシナリオだったのだ。
「予定は狂ったが、こっちにはまだ人質がいることを忘れるなよ、久保田」
「・・・・・・・」
そう言って久保田を睨みつけると、高本や他の生徒らもジリリと動きを見せる。男らの視線は久保田へと向かった。人質を盾に動きを制し、久保田を囲むつもりなのだろう。
緊迫感の漂う中、久保田は相変わらず細い目のまま、人差し指でポリポリと頬を掻いている。
憧れと嫉妬から自分の行く先さえ見失った哀れな男に、執行部の面々は少しの同情を感じながらも、怒りを露わにした。
「なんて男なの!久保田君への見せしめで私たちを誘拐して!」
「俺らをボコッて、自分のせいでって悲観する久保田を見たかったってわけか・・。ドSだな」
「ふむ、やはり卑劣な男だ」
「日本男児にあるまじきデスね!」
4人が口々に怒りを口にする。そしてさらにもう一声、ひときわ大きな声が辺りに響いた。
「人の大事なモン傷つけて楽しむなんて悪趣味なヤローだ!!」
「「「「・・・・ん?」」」」
最後の威勢のいい一言は、間違いなく4人ではなく。
声の主が誰であるか確信した面々の中で、その気配に気づいていた久保田が、ひっそりと息を吐いた。
「――時任!!」
相浦が叫んだ視線の先には、真っ直ぐにこちらを見つめる時任の姿があった。