「「「―――時任!!」」」
静けさの中、室田と松原、相浦と桂木の悲痛な声が響いた。
背後から鉄板のようなもので殴られた時任は、その場に力なく崩れ落ち、その頭部からは血がじんわりと吹き出し、額が赤く染まっていく。
「・・・・ひ・・」
高本はその様子を間近で見てナイフを持つ手を震わせていた。不良とはいえ所詮悪ぶった半端なもの。自分を大きく見せるために所持しているナイフは、脅しに使うほどしかなく実際に血塗れの人間を見たのは初めての事だった。
高本の腕がゆるみ、その場に座り込んだ結子が、驚愕に目を開いたまま呆然と芦野を見上げると、芦野は蒼白な顔をして、ガシャンと鉄の廃材を地面に落とした。
「・・・は、はははっ、やった。これで、俺の勝ちだっ・・」
力ない笑い声が辺りに響く。
「時任!しっかりして!!」
桂木が駆け寄り必死に時任の名を呼ぶが、時任は身じろぎもしなかった。
「―――お前っ!よくも!!」
怒りの形相で、松原と室田が芦野を睨みつけ、目の前にいる敵を邪魔だと言わんばかりに一気に叩きのめした。
闘志を燃やした二人の戦いはさらに鋭さを増し、次々に敵をけちらしていく。
それまで防御一方だった相浦も乱闘の渦に飛び込み、陰に隠れていたはずの藤原でさえ、木材をブンブンと振り回して決死の戦いを挑んでいた。
「――くっそー!!時任ぉぉ!!」
「う、うわぁぁぁぁん!!」
時任が倒れたことで、これまでにない怒りがそれぞれを突き動かしていたのだ。
桂木は時任の側で必死に何度も呼びかけていた。返事もなく血を流す青白い顔に、押し寄せてくる恐怖からなんとか身を奮い立てる。
「い、五十嵐先生に・、いいえ、ここからなら病院の方が近いわ!早く連れていかないと、――久保田く・・っ」
時任を運びだそうとして、ごく自然に出た名前に、ハッとした桂木は周囲を見回した。
―――久保田君は・・・!?
突如、桂木の胸にさらに押し寄せる、もう一つの不安。
時任がこんな時に、あの久保田君が黙っているはずがない―――!!
足がすくむような嫌な予感がよぎった、そのときだった。
――――ゴキィィィ!!
「うがぁぁぁあ!!!」
こもったような何かが折れる音と、断末魔のような悲鳴。その場にいたものが愕然と目を剥いて凍り付く。
「・・・・・く、久保・・田?」
相浦が呆然と呟いたのは、信じられない光景を目にしたからだった。
尋常でない悲鳴をあげる芦野は、背後から久保田に地に押さえつけられ、その右腕があり得ない方にねじ曲げられていた。
先ほどの音が骨をへし折った音だと気づいて、桂木は息をのみ、その場にいたものは皆、絶句した。
それでも久保田は腕をはずさなかった。さらにぎりぎりと音を立ててねじ曲げ、もう抵抗などできるはずもないのに、その手を離そうとはしない。それどころかもう片方の腕に手を伸ばし、同じようにひねりあげ始めた。
「・・ひっ――うがぁっ!!」
「――あ、芦野先輩っ!!」
悲鳴をあげながら駆けよる結子を、桂木が必死で羽交い締めにする。今近寄れば危険だと直感的に察したのだ。
「だっだめよ!久保田君!!―――みんな、久保田君を止めて!!」
「・・・・!!」
室田と松原、相浦も反射的に危険だと悟るが、久保田を止めようとして、体を強ばらせた。
久保田がちらりとこちらを窺った眼に、ビリリと電流が走ったように動けなくなる。
味方であるはずの自分達でさえ、背筋が震えるほどの暗い瞳。
誰であっても許さないといったような鋭い眼光に、萎縮して立ち尽くした。
時任を傷つけられ我を失った久保田は、芦野の計画通りの姿。しかしその結末は予想できないものに違いなかった。
桂木はなんとかしなければと冷や汗を流しながらも、こうなれば誰にも止められない事を、どこかで悟っていた。
―――いつか、こんなことになるんじゃないかと。