肩を並べて【8】
こうなればきっと、誰にも止められない。
そんな気がしていた。
どこか一線引いたような、人との関わりを避けていた久保田が、時任がいると嘘のように親しみやすくなり、纏う空気が和らいだ。
時任の隣に、居場所があるからこその、今の久保田。
決して誰も自分の内に入れなかった久保田の懐に、飛び込んでいった時任が、今や久保田のすべてを握っていると言ってもいい。
喜怒哀楽のすべて、それこそ、これから先の人生さえも――。
けれどもし、その居場所がなくなるようなことがあったら・・?
――もし時任に久保田よりも大事なものができたら・・。
――もし時任の身に何かあったら・・。
余裕があるように見えて、これまで危ういバランスをとっていた久保田が、その時どうなってしまうのか・・。
想い合う二人の、想像したくない結末。
その不安が今、目の前にあった。
ど、どうしよう――!!
――誰か・・!!
桂木が祈るような気持ちで強く願ったとき――
・・・・それは不意に、耳に飛び込んだ。
「―――久保ちゃん。」
その声だけが、久保田の耳に届く。
どんな騒音の中にいても、無数に自分の名を呼ぶ中でも。
たった一つ、久保田を振り向かせる、声。
待ち望んだ声が、その場を静かに包み込んでゆく。
ぴたり動きを止めた久保田が、ゆっくりと振り返ると、そこには目を覆いたくなるほど強く、まっすぐに自分だけを見つめる綺麗な瞳。
上半身を起こし、血塗れの額を拭おうともせずこちらを見据えるその瞳が、言い諭すように光を帯びる。
「何やってんだよ、久保ちゃん。俺はここにいるぞ。」
「・・・・・・・・」
その瞬間、久保田は背中を這いあがっていた恐怖が、ゆっくりと消えていくのを感じていた。
時が止まったかのように、ぼやけていた視界が次第にクリアになってきて・・。
足下から捕らわれていた冷たく真っ暗な闇が、時任の瞳の小さな光に照らされていく。
ああ、やっぱり―――。
お前だけが――
お前だけが、俺を引き留めてくれる。
お前の声が、瞳が、その強い光が。
俺のすべてを魅きつけ、捕らえる。
「もう、いいから。―――やめとけ。」
そのたった一言で、身も、心も。
「・・・・・・うん。」
一つ頷き、素直に腕を放す。
引き寄せられるように時任の傍に近づくと、頭を垂れて力が抜けたようにしゃがみこんだ。
「・・死んじゃったかと思った・・」
「ばーか、オレ様がそう簡単に死ぬかよ」
「うん、・・そうね。」
目を閉じて確かめるように呟いた久保田に、時任は青白い顔で笑みを浮かべて見せる。
痛みを感じさせない強気な笑顔は、久保田を安心させるためのもの。そして同時に、凍り付いていた周囲の空気を柔らかく溶かしていくものだった。
衝撃的に呆然としていた者達は、その空気の変化に包まれるように戦意を無くし、敗北を悟った不良達は我先にと逃げ出すが、高本は腰を抜かしたようで尻餅をついたまま動けずにいる。
一方では、うつ伏せに倒れた芦野の傍で、結子は一人泣きじゃくっていた。腕の骨折、命に別状はないだろうが大怪我には変わりない。
他にもすぐに病院に直行すべき者は数名いたが、室田や松原、相浦と藤原の姿を見れば、擦り傷だらけではあるが大した怪我はしていないようだった。
「・・は―――っ・・」
そんな様子を見渡して、ようやく長い息を吐いた桂木は、再び久保田と時任を見やった。
「・・あ、久保ちゃん、なにシャツ破ってんだ?」
「止血用のホータイ。いいから、じっとしてて」
「・・・へいへい。」
さすがに辛いせいか、おとなしく言うことを聞いている時任の横顔は、至極落ち着いていて。
自分のシャツを破ったせいで不格好な姿をした久保田は、時任の額に即席包帯を巻きながら、周りのことなど何も目に入っていない様子。
・・こういう様子を見れば、いつもの立ち位置と真逆で、久保田君が時任に寄りかかってるっていうのが、よく分かる気がする。
桂木はようやく冷静に回りだした頭で、そんなことを考えていた。
端から見て、二人の関係をじれったくも感じていたけれど、今日はそれを思い改めるべきだと思い知らされた。
友達とか恋人だとか、そんな枠でこの二人は存在しているのではないということ。
たとえば人が生きるために何が必要か考えてみて、それは空気だったり、水だったり。そういったレベルでこの二人はお互いを必要としている。いや、たぶん、理屈なんかじゃなく、そんなことよりも何よりも、優先されるべくある存在。
無自覚で、無邪気だと思っていた時任は、多分そんなこととっくに気づいていて・・・。
だからこそ、あの状態の久保田君を止めれるのは、自分だけだと知っていた。
二人は繋がりあっている。誰にも邪魔できないほど深いところで。それもこれ以上ないほどに・・・。
・・・その相思相愛ぶりが、”恋”でもあるってことには、どうやら気づいてないようだけど・・。
桂木はそんな思考に行き着いて、ふっと笑みをこぼしたのだった。
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