キミの虜【1】

 



囚われたのは、どっちだろう。

視線の行方にすら嫉妬するほど、お前のすべてを閉じこめてしまいたいと思う身勝手な欲望。それはじりじりと己の身を焦がす。

お前しか見えない俺。
俺の手を取ってしまったお前。

囚われたのは、どっち―――?






「なぁ、相浦、今晩泊めてくんねぇか?」

「・・・・・へ?」


いつもと変わらぬ穏やかなスクールライフを送っていた執行部員。その部室でのこと。

室田と松原は巡回に出ており、残りの部員は思い思いの時間を過ごしていた。

今日は特に大きな事件もなく、相浦の担当帳簿も黒字とまではいかないものの、器物破損王である時任の活動が穏やかなせいか出費も減少傾向にある。

相浦としてはこの数日間の穏やかな時間を、楽しみのゲームでもしながらゆっくりと過ごしたいと願っていたのだが、その破壊王であり、がさつな俺様キャラであるはずの時任が、いつもとは全く異なった弱々しい様子で突然そんなことを言い出すものだから、何事だと思うのも当然かもしれない。
その理由を尋ねると、時任は相浦の耳元にひそひそ話をするように近づいた。


「だって・・・俺、今日は帰りたくねぇんだ・・」


ブホッ―――!!



相浦がすすっていたコーヒー牛乳を盛大に吹き出したのは不可抗力だった。桂木や藤原が汚いだの騒いでいたが、問題はそこじゃない。


―――なんなんだ、その一昔前のギャルが使うような誘い文句はっ!!

一体全体、時任らしからぬ、このしおらしさは何なんだ。

「帰りたくない」なんて目尻さげて俺の返事を待っているのか、少し切なげに見上げてくる目とか、なんか、ウルウルしてちょっと気まずいんだけど―!と変な汗を流している。


「か、帰りたくないって、久保田と何か・・」


そこまで口にしてひゅっと息をのんだ。

そういやここには張本人がいるじゃないか!と、おそるおそる窓際に目をやれば、やはり長身の男が本を片手に細い目。

そして、その細い目が一瞬、ちらりとこちらに向けられた。


ひっ――!!

今、確実に体温が2、3度下がったぞ!?この時任の上目遣いのお願いを受け入れれば、俺の身が危ないんじゃ・・。

頭を抱える相浦の思いを知らない時任は、拗ねたような声をあげた。


「なんだよ・、泊めてくんねぇのかよ?」


少し眉を寄せた時任が頬を膨らまして見上げてくる。けれどやはりそこにはいつものような元気はなくて。相浦は「いや、そうじゃなくて・・」と言葉を濁しながらも、一体
何があったんだろうと、少し心配になっていた。このままだと他に泊まる場所を探しかねない様子に、それならば自分が泊めてやるべきかと真剣に悩む。

友達を泊めるくらい別に悩むようなことはないはずだが、後ろから時折突き刺さるような視線の意味を考えれば、命に関わる決断なのかもしれず、究極の板挟みにさらに苦悶する。


――ど、どーすりゃいいんだっ、俺っ!


そこに割って入ったのは桂木だった。

「あら、いいじゃない相浦君。1日くらい泊めてあげたら?」
「い!?い、いやだって・・」


無責任としか思えない発言に相浦はぎょっとするが、気をよくした時任が目を輝かせて笑った。


「そうだよな!じゃあ相浦、今日はよろしくなっ!」


あああ――!!そんな嬉しそうなカオされたら断れないじゃないかっ――!!


何も知らぬ無邪気な笑顔に、相浦は青くなるしかない。しかしその一方、どこか温かな喜びを感じているのも事実だった。
いつものような騒がしさも元気もない時任が、何かを思案する様子で自分に頼みごとをする。頼られる嬉しさというものか、それが自分の胸を温かくしているのだと思った。
それと同時に、時任がとても嬉しそうに、でもどこか切なげに笑ったりする様子に、なぜか心臓がどきりとして。

―――い、いや違うぞ。今のドキリは板挟み状態の極限的心理からなるもので・・。


一人自問自答する相浦の背後から、不意に低い声が響いた。


「じゃあ、時任をよろしくね?相浦君」


―――ぎゃあああ〜!!!でたっ!!!


「く、く、久保田っ!」


ぞくりと背筋を走る恐怖に振り返ることもできずにいると、そのまま久保田はカバン片手にドアへ向かい「じゃあ、お先に〜」とのんびりとした声を残して出て行った。


「あ、あれ・・・?」


拍子抜けするほどあっさりと一人で帰っていった久保田に
「時任、久保田とケンカでもしたの?」と不思議に思ったらしい桂木も首を傾げている。


「・・べつに。」


フイと目をそらして言った時任に、聞かない方がよかったかと読んだ桂木と相浦が目を合わせたが、そんな空気の一つも読めない人物が明るい声をあげた。


「あー、もしかしてっ!ついに二人は破局、ですかぁ!?やっと久保田先輩が僕を選ぶ日がきたようですね!!」

「うるせーよっ、補欠。お前は黙ってろ」

「そんなこと言ってぇ!時任先輩もしかして久保田先輩にフラレちゃったとかぁ!?」

「・・ちげーよ、そんなんじゃねぇ。もういいから引っ込んでろブサイクめ」

「なんですって〜!!」


はじまったいつもの猿ケンカだが、時任はやはり元気がないようだった。久保田が先に帰るとよけいに落ち込んだようだし、そういや今日は二人とも、目も合わせてなかったようなと、相浦はふと思い返す。


学校でも執行部でも、家に帰っても常に一緒にいるという二人の関係に、興味がないといえば嘘になるが、第三者がその間に入り込んではいけない気がする。それも今回はケンカでもしたのか少しギクシャクした感じで。

けれどいつも一緒にいるからこそ、少し離れて考えてみる時間が必要なこともあるのかもしれない。

友達として少しだけ助けの手をのばしてあげるのも、自分の役目なのかと、相浦は思った。


そんなこんなで、時任を泊らせることにした相浦だが、後々どっぷりと後悔することになろうとは知る由もなかった。






その日の夜。一緒に相浦の家に帰宅した時任らは夕食を終え、とりあえずゲームでもするかと二人でテレビの前に座っていた。


「うちさ、両親共働きだから夕食はいつも作り置きでさ、あんまイイ飯じゃなくて悪かったな」

「いや、うまかったよ。いつもと違った味で・・」

「いつもはやっぱ久保田が作ってんのか?」

「・・まぁ、ほとんどな。カレーばっかだけど」

「そっか」


ちゅどーんという効果音に、画面を見れば戦闘機は粉砕され、GAMEOVERの文字。

どうやら久保田のハナシは避けた方がいいのかもしれない。得意なゲームで惨敗している時任に「今日は不調だな」と取り繕った笑いをした。


「・・・・・・」


しかし会話が続かない。一体本当にどうしたというんだろうと思いつつ、らしくない時任になすすべなく、早々に寝に逃げることにした。


「時任、ベッド使えよ」


風呂からあがった時任にそうすすめると、時任はまだ乾いていない髪からポタポタと滴を落としながら「俺、床でいい」と首を振った。


「んなわけいくかよ、俺は床に布団敷いて寝るから遠慮するなよ。じゃないと俺が久保田に怒られるだろ」

「・・・・なんで久保ちゃんが出てくんだよ」

「あ・・、えっと・・」


またやってしまった。今日は久保田は禁句らしいけど、どんな会話するにしても、それは避けて通れないのは仕方がない気がする。これ以上よけいなことを言わないためにすぐに寝た方がいいのだろうが、気になって仕方がなかった。

一体何が時任を、そこまで追いつめているのか・・。


「・・お前さ、ほんとは何かあったんだろ?マジ大丈夫かよ?」

「ん・・・」

「いや、話したくないんだったらいいんだけど・・」

「・・・ワリ。大丈夫。ちょっと考えごとしてるだけだから・。・・ありがとな、相浦。」


―――どっきーん!

そ、そ、そんなカオするなぁ!!


相浦は思わず固まって凝視していた。

照れたようなそれでいて妙に穏やかな笑顔、こんなカオもできるんだと驚いてしまう。

しおらしい時任ってのは、かなり危険な気がしてきた。

伏し目がちな瞳がまつげの長さを際だたせて、流し目とかそういう作られた表情よりもよけいに色っぽいっていうか、時折上目ヅカイで見る瞳は塗れた漆黒のようにツヤツヤと輝いていて、キレイで・・、なんていうかこいつ、すげーかわい・・

――――って!!なんじゃそら!!

ナイナイナイ――!!

落ちつけ俺、こいつはあのガサツでオレ様な時任だぞ。一時の気の迷いだ!!そうだ、そうに決まってる!

なのに・・

ガシガシとタオルで髪を拭いている姿さえ、なんだか可愛く見えるのはなぜだ!

幸い、一人悶絶する相浦に時任は気づいた様子もない。相浦はその整った横顔から目が離せず、視線を滑らせた。

貸したパジャマのボタンを上2つほど開けているせいで見える鎖骨。そこに髪の滴がすーっと滑っていく様子を見て、急に鼓動が高鳴りだす。


―――やばい。やばいぞ、まさか俺ってそんなシュミがあったのか?いやいや!でもなんにせよ、時任だけはダメだ。友達だし、仲間だし、それになにより、

・・・・・俺の身が危ない!!


この場にいないはずの相手からの殺気を感じながら、ぶるると身震いする。

もう今日は寝てしまおう。それが一番だ、と結論づけた。

・・・・のだが、


・・・ね、眠れないっ―――!!

電気を消してから数時間。ようやく隣のベッドから時任の寝息が聞こえるようになって安心したが、いざ寝ようと目を閉じていても、どうしても眠れない。少し高い位置にいる時任のカオは見えないが、さっきから妙に気になって仕方がないせいだった。


―――思えばこいつの寝顔なんて、見る機会あったっけ?


執行部員の仲間になってから一度でもあっただろうかと考え始めるが、居眠りを目撃することはあっても、いつもそばに久保田がいたせいかそれを直視しようと思うことはなかった。これまでただの友達としか思っていなかったのだから、当然で。いやこれからももちろんただの友達なんだけど、と首を振る相浦だったが、思いとは裏腹に、無意識に上半身を起こして隣をのぞきこんでいた。


「・・・・っ」


相浦は思わずゴクリと息をのんた。暗闇でも目が慣れているおかげではっきりと見える。いつもの意志を表すような強気な瞳は今はしっかりと閉じられていて、長いまつげが影を落としている。どこか儚げな表情なのは胸に秘める想いに夢の中でも悩まされているからなのだろうか。

規則正しい寝息が聞こえるわずかに開いた唇から、赤い舌が覗いていた。


ドキン――!


陶器のようになめらかで柔らかそうな肌は、鎖骨の下まで露わになって、目を釘付けにした。

同じ男なのに、どうしてこんなにキレイなんだろう。


―――触ってみたい


無意識に伸ばした手が、そっと、その頬に触れた瞬間。


「っ!?」

時任が大きく身じろぎして、勢いよくこちらへ寝返りをうつ。
そしてベッドの端までゴロリと転がった時任は、そのまま止まることなく、――ドサリと、落ちた。


「――っ!!」


相浦は後頭部に軽い衝撃を受けながら、同時に絶句していた。
自分の布団に、それも自分の上に覆いかぶさるように降ってきた時任。まるで時任に押し倒されたかのような今の自分の状況に、一気に頭が真っ白になる。


な、な、な・・・。


ドクドクドク

突然の急接近に心臓のポンプがフル回転して血液を運ぶ。自分の首横にカオを埋める形で、密着する細いカラダが熱くて、相浦はただ硬直していた。

落ちてきた当の本人は未だ目を覚ます気配はない。今、目を覚まされても、どう説明すればいいものか、冷や汗まで流れ出す。
浅く息をつきながら、時任を起こそうと思い立った。が、少し身じろぎをしたせいで、今度はダイレクトに時任の吐息が耳元に当たり・・、ビリリと全身に熱が走った。


ヤバイ――――!・・・も・・、ダメだ・・・・・・。

思いがけない自分の欲求に呆然としながら、相浦は再び無意識に両腕をその細い背中に回そうとした。そのとき、

「・・・くぼ、ちゃ・・ん」

「!!」


消え入りそうな声に、相浦はハッと我に返った。

時任が求めている名前が、熱して真っ白になっていた頭を急速に冴えさせる。

触れる寸前でぴたりと止まっていた両腕をそのまま動かし、時任の両肩を掴んでゆっくりと上体を押し上げた。起こさないように優しく、布団に仰向けに寝かせると、時任の表情がよくわかった。

久保田の、どんな夢を見ているのか。どこか痛そうに歪んだ顔。切なげに何度となく呟くのは久保田の名。

やっぱり時任にこんな顔をさせる相手はこの世でただ一人なのだろうと、改めて思い知らされる。

こんな風に今二人に距離があっていても、それに何の意味があるのだろうというほど、二人はずっと、深く、繋がっているのだろうと。


相浦は布団をかけてやると、フラフラとしながら自分の本来の寝床へとよじのぼった。


―――そんなこと、分かっちゃいたんだけど・・・。


冷静なってみればそんなことは分かり切ったことで・・。それでも触れたいと願ってしまった自分がいっそ消えてなくなってしまいたい。
自分にこんな命知らずな衝動が芽生えるとは、信じられないくらいの驚きだった。

「・・・・はぁ・・・・・」

相浦は頭までかぶった毛布の中で一人、急激な胸の内のアップダウンに受けたダメージを表すような、大きなため息を吐いたのだった。



総受け・・まずは相浦君v やっぱりそうでしょう(笑)

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