キミの虜【2】

 



「相浦君、風邪でも引いたのかしら」

昼休みの執行部で、昼まで授業を受けていたはずの相浦が早退したと聞いて、桂木は首をひねった。昨日時任を泊めた相浦は、今朝きちんと学校に来ていたのだ。

YES,分かりませんが、体調不良みたいデスよ。眠れなかったみたいで朝からゲッソリしてましたし、何かブツブツと呪いの言葉を唱えてましたヨ」
「ハァ?なによそれ」
「うむ、オレも聞いたぞ。”気の迷い”だとか”改心するから許してくれ”だとかつぶやいていたな」
「・・・ふーん、なるほどね」

室田の補足話を聞いて桂木はなんとなく飲み込めたらしく苦い笑みを浮かべた。
あんな状態の時任と一晩過ごしたんだもの、まさかとは思ったけど、一気に自覚したのかしら。おおかた気づいてしまった想い人の背後にいる人物にでも許しをこうていたのかしら、と今日も元気のない時任の後ろ姿をチラリと盗み見た。

強固な絆で結ばれているように見える二人を毎日見ていれば、自分の想いなんてちっぽけすぎて気づきもしなかった気持ちはよくわかる気がした。
今日もまったく口も聞いていない相方の様子をちらちらと窺いながら、しゅんとうなだれている時任を見れば、自分も少なからず母性本能をくすぐられるからだ。

・・それにしても久保田君ったら、一体なにを考えてるのかしら。平気で人の家に泊まらせて、気が気じゃないだろうに・・。

本に目を落として煙草をふかしている男に目をやれば、自然と同じ方向を見つめている時任の姿も目に入って、ふっと笑みがこぼれる。

―――
まったく、普段のギャップもあって、まさかこんなに時任が可愛く見えるなんてね、私もヤキが回ったのかしら。
・・・ううん。たぶん、もし久保田君がいなかったら・・。
私もつい、・・・惹かれていたのかもしれない。

そんな自分の思考にくすりと笑みをこぼして、桂木は今日もいつも通りに公務にとりかかったのだった。




「松原、今日泊めてくんねぇか?」


その日の放課後、時任が再びそんなことを口にしたものだから、桂木は目を丸くした。


「時任、アンタ人んち泊まり歩く気?」


ちらりと窓際を見るが、ちょうど久保田は席を外しているらしく、今度はその隙を狙っての交渉のようだ。


Oh,no、申し訳ありませんが、今日は親の客人が来ておりまして。――そうだ、室田の家はどうですか?ねぇ室田いいですよね?」

「う、うむ、松原が良いというなら俺は一向に構わんが、・・しかし良いのか、時任。久保田は・・」

「そうよ、そろそろ久保田君ちに帰ったほうが・・」

「久保ちゃんは関係ねぇの!」


少しムキになって顔をしかめる時任に、桂木はため息を吐いた。すると間もなく久保田が戻ってきたためか、時任はフイと目をそらす。そしてしばらく間をあけて、くるりと久保田の傍へ寄った。


「久保ちゃん、俺今日は室田んち泊まるから」

「・・そ、分かった。」

「・・・じゃ、室田そういうことでよろしくな」


数日ぶりに交わした会話はそっけないもので。ロクに目も合わせずにすぐに離れてしまった二人に、桂木と室田は不可解に顔を見合わせた。







「時任、一体久保田とどうなってるんだ?」


その夜、室田の家にあがりこんでいた時任に、室田は正座をし真剣に向かい合って聞いた。


「・・・どうって、べつに」

「しかし・・」

「なんでもないって」

「・・・・・」


なにを聞いても「なんでもない」の一点張りの上、元気なくうなだれる時任の姿に、室田はふぅと息を吐くと、突然その腕をガシリと掴む。


「な、何だよ、室田」

「風呂に入るぞ。男同士汗を流しながら語り合えば、悩み事などすぐに吹き飛ぶというものだ」

「お、俺はいいよ、一人で入るし」

「いや。せっかくだから俺が背中を流してやろう」

「ちょ、ちょっと!」


「お湯加減はどう?」と室田の母親の声がすると室田は「ちょうどいい」と大きく声を出す。

室田家では男同士で一緒に風呂に入ることが多く、銭湯好きな一家でもあった。それが男の社交場であり、人間関係を密にするのだという。

そういうわけで強引に風呂につきあわされた時任は2人で入るには少々手狭な風呂場で、ちゃぷんと湯につかっていた。


「・・誰かと一緒に風呂に入るなんて、久保ちゃん以外じゃ初めてだ」


ぼそりと呟いた時任に、室田は洗い場で体を清めながら笑みを浮かべる。室田でなく聞いたのが藤原であったなら卒倒しかねないが、室田にはそんな不純な思考もないようだった。事実、時任が久保田と一緒に風呂に入ったのも不純なことではなく、時任が怪我を負った時に洗ってもらったというだけであったが。


「たまにはいいもんだろう。こうやって汗を流しあえば、すっきりするし、自ずとわだかまりも解けるというものだ」

「・・・そっかな」

「ああ。明日はちゃんと帰って、久保田とも向き合ってみるといい」

「・・・・・・」


湯の中で、体操座りをするように縮こまり、膝に顎を乗っけている時任を見て、室田はまるで子供を相手にするかのように優しく笑いかけ、頭をなでてやった。


―――天真爛漫元気印の時任がこんな顔をするのだから、きっとよほどのことがあったのだろう。


その見た目からは想像もつかないような慈愛や母性本能にあふれる室田にとって、元気のない時任は放っておけないものだった。時任は頭を撫でられるのが心地よいのか、しおらしく目を閉じてじっとしている。
室田は自分がしてやることは何もないと思うが、少しでも元気になってくれればと思いながら、狭い浴槽のスペースに大きな体をねじ入れる。豪快に肩までつかると、ザバーンと大量のお湯があふれ流れていった。


「せまっ・・」


体が触れ合い、さすがにぎょっとした時任だが、室田は気にする様子もない。


「まぁ、そんな時はがむしゃらに何かに没頭するというのもいいかもしれないな。たとえば俺のように筋肉を鍛えるとか」


そう言って自慢の右腕と胸筋に空気送り込んで膨らませると、むきむきと音をたてるように逞しく盛り上がる。時任は唖然として目を大きくした。


「す・・げー、室田ってこうしてみるとマジいい筋肉してるよなー」

「そうだろう。毎日鍛えているからな。日々鍛錬だ」


どうやら筋肉に食いついたらしく、マジマジと胸板を見つめる時任。そのうち遠慮なくペタペタと触りだした。


「腕もすげーけど、ここらへん、腹とかかなり割れてっし。どうしたらこんなんなるんだ?」

「それは・・・」


自分の腹と見比べて感嘆している時任はさっきよりも密着していることに気づいていなかった。

料理という乙女趣味を持ってはいるが、室田は男の中の男。元々恥じらいなど持ち合わせてはいなかったのだが、急激に様子が変わり始めた。

じっとされるがまま動かずにいた室田だが、時任の手は室田の肩を触り続けている。次第にのぼせたように体が熱くなっていた。


「・・・、と、時任?」


いつまでも触れたまま手をどかさない時任を不審に思って見てみれば、ゆらゆら揺れている頭。どうやら眠くなったらしく、こくりこくりと湯船の上で船をこいでいた。


「な、なんだ。眠いのか。こら、風呂で寝てはいけな・・」


言いかけたとたんバシャンと時任の顔が湯にもぐる。室田はトッサに時任の肩を引き上げた。湯から顔を出した時任はそれでも目を閉じたまま。


「ああ、驚いた。本気で寝てるのか・・」


と呆れながら、そこで室田は一気に顔を赤らめた。

自分の今の状態を見て、体がピシリと凍り付く。

狭い浴槽でトッサに動いたうえに、未だ眠っている体を支えているためか、室田は自分の膝の間に時任の体を引き寄せ、抱き寄せるような体勢で、ぴったりと密着する体は、男同士にはない距離間だった。

なにせ二人は丸裸。隠すものがない上に、触れたのは直肌なのだ。ただでさえのぼせそうな室田に、時任のしっとりとした高温の肌が、より熱く感じる。

力を抜くにも抜けず、体中が熱くなりながら室田は固まっていた。コテンと頭を室田の肩に乗せて眠る時任の吐息が首筋にかかってビクリとする。


―――ど、どうしたというのだ!これではまるで俺が時任を・・意識・・・、い、いや違う。違うんだ松原!!


思考の中で、想い人を思い浮かべて今度は冷や汗を流す。思いもよらぬ己の動揺に、一体
どうすれば、と固まったまま、だらだらと汗を流していたとき、突然ガラッと風呂場の扉が開いた。


「失礼、母さんが石鹸切れていないか聞いてこいと・・・」


突然登場した室田父だったが、父は言いかけたまま、ピシリと固まった。

どうやら母親に言われ、石鹸を持ってきてくれたらしいと察するが、室田は今の自分の状況に、一気に青ざめた。


「お、お、親父、ち、ちが、これはっ・・」

「・・・・・・・・・」


とんでもない誤解を受けかねない場面を実の父親に見られたショックで、正常に口がまわらない。すると父親は顔面蒼白、無言のまま、カラカラとゆっくり扉をしめたのだった。

するりと腕の力が抜けて時任の腕を離すと、再び湯に頭を落とした時任が今度は目を覚ます。


「・・がはっ、ゴホゴホッ・・・・ん、あ・・れ?何だ、俺寝てた?」


眠気眼の時任が可愛らしく目をこする様子を見ながら、室田は盛大に叫んだのだった。


「誤解だ―――――――っっ!!!」




総受け・・今回はちょっぴり桂木ちゃんと室田v 室田はお風呂に入る時もサングラスをしているのでしょうか・・

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